26、メリーの魔術予習最終日
「ヴァシュロン様!今日も一緒に魔術の練習ができるのとっても嬉しいです!」
「はは……。僕もですよ。しっかり魔術の予習をしましょうね?」
ヴァシュロンが困り顔な事を気にも止めず、メリーは心底嬉しそうな様子だ。
「メリーさん今日もよろしくお願いしますね」
「あ、居たのフィリー様」
「フィ……フィリー様?」
「だって『フィリセリア様』でしょ?長いしめんどくさいし、もう私達友達なんだから愛称で『フィリー様』!」
さすがにあまりの無作法な態度に私の頬の筋肉が僅かにピクピクと痙攣する。
メリーは断られると微塵も思っておらず自信満々な様子だ。
「メリーさん、失礼が過ぎますよ。相手の了承も無く愛称で呼ぶなど。特に貴族間では余程親しくなければ愛称で呼ぶような事はありません」
「なにそれ。友達なんだから愛称で良いじゃないですか」
「貴族間においては愛称で呼び合うのは家族か恋人だけなのですよ。友人であっても愛称で呼び合うのは極稀です」
「はぁ〜。お貴族様って本当に面倒ね?『様』付けてるから良いじゃない」
「……」
懇切丁寧にヴァシュロンが説明しても話を聞き入れないメリーに、ヴァシュロンが無言で冷たい目線を送るとさすがのメリーも若干萎縮した。
「わ……わかりました。わかりましたよ!『フィリセリア様』!ちゃんとこれからも『フィリセリア様』って呼びますうー!」
「「はぁ〜……」」
呼び方を戻しても態度があまりにも酷いメリーに私とヴァシュロンが思わず揃って溜息を吐いたが、メリーはまるで気にしない。
メリーは闘技場の広いスペースに駆けて行くとこちらをくるりと振り向いて叫んだ。
「それより早く新しい魔術を試しましょうよー!私も新しいのちゃんと考えてきたんだからー!」
私が困り顔でヴァシュロンを見るとヴァシュロンは目線だけで『仕方ありませんよ』と少し困り顔で微笑んで返してきた。
私達もメリーのもとへ行き、先程まで試していた新しい補助語での四属性全ての組み合わせを彼女に教える。
「たーのしい!」
「メリーさんは本当に飲み込みが早いですわね……」
「難なく魔術を発動させますね……」
(一緒に魔術を学ぶ人間がこうも優秀だと尚更、既に中学年までの魔術を習得し終えてしまったとは思えないわね……)
補助語の組み合わせを一通り覚えるとメリーは自身の考えてきたという魔術語を見せると言い出した。
「まずはこれよ!「ピセピセ ラ トルタ ルタ」!!」
「「「………」」」
(さっきも似た展開がありましたよね?)
ちらりとヴァシュロンの方を見ると、彼は手をおでこに当てて軽くショックを受けているようだった。
(……メリーさんと同じ発想かまでは分かりませんが、同じ事をしてましたものね……)
「なんでー?火と火で炎〜って思ってたのに!」
「発想的には合ってそうなんですけれどね……。同じ属性を重ねることは無いということかしらね?」
「なるほど!「ピセレフィデク ラ トルタ ルタ」!!」
「「「………」」」
「なんでぇーー!全部一緒ならお得だと思ったのにー!」
(お得ってなんですか……)
結局、メリーが考えてきた魔術語はどれも不発に終わり『もう今日は調子悪いから嫌!帰る!』と言って彼女は帰って行った。
『全く困った子だ』と思いながら私とヴァシュロンは揃って溜め息を吐く。
「一緒に魔術の予習をするのは今日が最後だとわかってらっしゃるのかしら?」
「一緒に予習をした御礼も一言も言わずに帰っていきましたね……」
私達はどちらからとも無く同時に顔を見合せた。
嵐が去ったというか、ようやく周囲が静かになって2人きりな事になんだか安心感すらある。
「「ふふっ」」
2人揃って微笑み合って、明日からまた図書館に通う事を約束してその日は帰った。
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居室に帰るといつも通りリリアが制服を脱がして部屋着へと着替えさせてくれる。
疲れて帰ってきて既にお風呂の用意がされている事も嬉しい。
「いつもありがとうリリア」
「ふふっ。なんですか突然?これが私の仕事ですし、フィリセリア様の傍でお仕えするのは結構楽しいので好きでやっている部分が多いのですよ?日々とても幸せです」
「幸せ……?」
「ええ。フィリセリア様の傍でお仕えできるのは幸せです。聞くところによれば御家によっては使用人に対しての態度がとても酷いとか。フィリセリア様にお仕えできて良かったです」
そう言われると少し心がこそばゆく感じる。
(使用人……か、メリーさんは平民だから身の回りの事は全部自身でやっているのかしら?もしも……最悪、私が国を出て1人でどこかへ行く事になったならお金は冒険者業でなんとかなる。けど、身の回りの事は……?)
着替えは冒険者業で活動する時に自身で着替えるし問題ない。
お風呂は……1日くらいは良くても2日以上入らないなど想像したくないし、食事は前世の知識をもってすれば出来るような気がするが挑戦しないと分からない。
(まぁ、食事は外で買い溜めて闇収納に保管という手があるけれど……。生活力を鍛えるのはもしもの為に必要な事ではないかしら?)
公爵家で私が厨房を借りて調理するなど、なかなか認めてもらえないだろう。
だが、私に理解のあるリリアしか居ない学院でならば、気軽に生活力を鍛える為の訓練が出来るのではないか?
(うむむ……)
「リリア……」
「はい。なんでしょうか?」
「私、お料理を覚えたいの。調理室を借りて練習する事は出来ないかしら?」
「おりょ……え?フィリセリア様がお料理をなさるのですか??」
「ええ。覚えておきたいなって……」
貴族令嬢、まして公爵令嬢が使用人の中でも下っ端が回されることの多い厨房に立つなど違和感しか感じない様だ。
だが、リリアは怪訝な表情はしたが駄目などと言わず『必ず私もお傍で控えますからね?』と約束させて許してくれた。
「早速明日からでも挑戦し始めたいわ!」
「けれど、フィリセリア様がお食事を作るとなるとお食事のお時間が遅くなってしまいますが……」
「食事の時間が遅れることくらい構わないの。そうね……昼は忙しくしている事が多いから、朝と晩だけ私が料理するわ」
「朝もですか!?そうなると朝が早く……」
「いつも朝は早いじゃない。朝の自習の時間を朝食作りにすればいいだけよ?問題ないわ」
文武両道な上に魔術、魔法の才もあり、その実力は騎士団をも凌駕して、さらに生活力を身につけようという6歳の少女。
既に規格外な存在になっている事などまるで気にも止めず『未来で何が起こっても大丈夫なように』ひたすら必要だと思う事を吸収していく。
今はただ、新しい事を覚え身につけていくことを心から楽しんでいた。




