25、魔術実践3
翌日、私はヴァシュロンと共に闘技場へと赴いて各々が考えてきた魔術語の組み合わせを試していた。
「ひとまず補助語の『トリル(回転)』『ピシュ(収縮)』『マラ(膨張)』はそのまま組み込むことが出来ると確認済み。それ以外で下調べが済んでいた補助語をまずは試したいと思っています」
「それ以外の補助語……『ウォリエ(壁)』『ピン(座標指定)』『トュラ(追尾操作)』『ボン(爆破)』ですわね」
「そうです。一応魔術語を組み上げて来たのでそれらを試してみようと思います」
ヴァシュロンが組み上げてきた魔術語はどれも問題なく発動し、魔術語の並びとして間違いは無いことを私達は確認した。
それぞれ各属性で『ウォリエ(壁)』を作り、そのまま置いておける土属性の壁を的にして『ボン(爆破)』を『ピン(座標指定)』した上で行い。
私が適当に放った火の矢をヴァシュロンが水の矢に『トュラ(追尾操作)』を付けて追撃を行った。
「魔術の予習もこれでもう来学期分まで済んでしまいましたわね」
「ここまで予習すれば既に中学年の範囲まで終わっていると思いますよ?」
「あら。そうなのですか。あまり学院では難しい事まで学ばないのですね?」
「……一般の人々には補助語を付けての魔術発動すらできる者が6割居るかどうかだと思いますが……」
(あらあら。半数近くは魔術語を学んでもまともに攻撃手段として使えるほど魔術を扱えないのですね……)
思っていた以上に私達の魔術習得は早い方なのかもしれないと思いながらも、わざわざ周囲の習得の速さに合わせる気のない私はどんどん次の魔術を習得していくつもりでいる。
「フィリセリア。事前に図書館で調べていた範囲まではこれで全てだと思うのですが、他に何かありますか?」
「ええ。試したい事がいくつかありますわ」
私が試したいのは複数の属性を掛け合わせて魔術を行う事。
魔法でなら氷や雷を出す事も既に出来るのだが、事前に学んだ魔術の属性は火水風土の四属性のみ。
だが、恐らく魔術でも何らかの方法で氷や雷なども再現出来るだろうと思うのだ。
(その属性専用の魔法語があって、その単語でないといけないならそれまでですけれど。単純に火と水を合わせて水蒸気など……火がピセ、水がセレ……合わせて……)
「『ピセレ(火水) ラ トルタ ルタ』なんて」
ジュオッ
「うあっ」
「ふぇっ!?」
思い付きで魔術主語を組み合わせた術語は問題なく発動し、その場で蒸気を発した。
「……今のは……なんですか?」
「えっと……火のピセと水のセレを合わせて水と火を合わせた属性が出来ないかと……試したのですわ」
私が今試した事を説明すると、ヴァシュロンは少し怪訝な顔をして悩む仕草をした。
「どうなさいましたの?」
「……つまり知らない名詞語を偶然に感で当てたと?」
「え、ええ。そう……なのではないかしら……?」
「……実は僕、フィリセリアより先に魔術習得をしたくて、この前と昨日の二晩ほど学院長の元で魔術を学んでいたのです……」
「まぁ!ずるいですわ!私も一緒にその授業受けたかったです」
私がそう言うとヴァシュロンは少し困ったように笑って謝罪した。
「それは……すみません。僕も少しは格好いい所をお見せしたかったのですよ。ですが……まさか、フィリセリアが魔術語を造語なさるなんて……」
「造語……?」
「『ピセレ』という魔術語は存在しないのですよ。僕は学院長に火と水を掛け合わせた属性は『カリピセリタ』だと学びました」
そう言ってヴァシュロンは、私にも見やすい方向に手をかざして魔術語を実演して見せた。
『カリピセリタ ラ トルタ ルタ』
ジュオッ
その魔術語で起きた現象はまさに私が『ピセレ』で行ったのと同じもの。
「え……つまり、他にそれに当たる魔術語があるのに私が新しく造ってしまった……という事ですの?」
「恐らく……」
私はその時、お父様に魔術士と魔法士の違いを聞いた際に『魔術を創造する者を魔法士という』と説明された事を思い出した。
「『魔術を創造する者を魔法士という』……」
「え?」
「以前、お父様に魔術士と魔法士の違いを聞いた際にそう説明されたのですわ……。こういう事ですの?」
「魔法士は新たな魔術を生み出す事が出来ると……?もしそれが本当ならば、尚更その存在価値は計り知れませんね……」
魔術創造ができる存在。
古い文献から魔術語を拾い出して、それらを流用することしか出来ない魔術士達の中でその存在はかなり貴重だ。
「フィリセリアが独自に魔術語を生み出すことで魔術の弱点とも言える長い魔術語を簡略化していく事も、より複雑な魔術や効率的な魔術を生み出すことも……」
「ヴァシュロンも同じ魔法士ではありませんか。きっとヴァシュロンにも出来ますわ」
それを聞いてヴァシュロンは首を振る。
「とても出来るとは……」
「やる前から諦めるものではありませんわ。やってみましょう」
「クスッ。久しぶりのフィリセリア先生ですね。わかりました!挑戦してみます」
ヴァシュロンは一呼吸置いてから右手を前に翳した。
「セレセレ ラ トルタ ルタ」
「「………」」
「発動しませんわね?」
「……そのようです。水と水で氷にならないかと思ったのですが……」
氷は水が圧縮され個体化したものだという認識がこの世界には無い。
氷属性は水属性の上位という認識くらいしか無いのだ。
「氷でしたら掛け合わせるのは水と風ではありませんの?」
「水と風?飛び散る想像しか出来ませんが……」
「んー……こういう事ですわ」
私は言葉で説明するより見せた方が早いと思い、魔法を使って水を作り出した上でそこに風を送り水をどんどん冷やしていく様子をヴァシュロンに見せた。
想像としては冷凍庫に入れた水が氷になっていく感じだ。
「氷が……このように氷は作られるのですか……。……セレフィス ラ トルタ ルタ」
「「………」」
「なぜ発動しないのかしら……」
「行けると思ったのですが……」
私もヴァシュロンも今度こそ出来ると思ったのだが、上手くいかなかった。
私は何となく納得が行かず同じ魔術語で挑戦しみる。
「うーん……『セレフィス ラ トルタ ルタ』」
パキンッ!((ビクッ))
ヴァシュロンはもちろん、まさか出来るとは信じ切っていなかった私も魔術の発動に驚いて肩をはね上げた。
「……出来ましたわね」
「……フィリセリアは本物の魔法士でも僕は違うようですね……」
「え!?いえ、きっと氷に対しての理解度などが関係しているのでは?ほら、ヴァシュロンはつい先程まで氷がどう出来るか知らなかったのですし」
「……フィリセリアはなぜ知っているのです?」
「!………」
前世の世界は科学の発展がめざましく、身近な事に関しては知っているのが当たり前な程だったなどと説明出来ない。
私はヴァシュロンになぜそのようなことを知っているのかと言われて答えられなかった。
私が何も答えられずに居ると、ヴァシュロンは困り固まってしまった私にいつもと変わらない笑顔を見せた。
「答えにくければ良いですよ。少し気になっただけですから」
「あ……はい」
いつの間にかに時間が流れていたようでその後直ぐに、授業を終えたメリーさんが闘技場へとやって来た。
私は闘技場に登場したメリーさんに気を取られて気付かなかったが、ヴァシュロンは少し俯き悲しそうな顔をしていた。




