表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

124/168

12、殿下の剣術試験とその後

「私が代わりにやろう」



  そう言って前に出て来たのは、床に倒れている剣術試験の先生より明らかに手練と思われる体格の良い、薄いブルーグレーの髪に黒い眼をした老人だった。



「ウィスノリス騎士団長……?」


「覚えていて頂いて光栄ですな殿下。しかし騎士団長の座は降りて元騎士団長ですな。引退した後、修学院の剣術講師として指導してもらえないかと声がかかりましてな?今は修学院上級生達の剣術講師をしておるのです」



  剣術試験の先生の代打として名乗り出たのは元騎士団長スカルサン・ウィスノリス。

  若い頃から自領であるウィスノリス伯爵領で隣接する国との小競り合いに対処して実力を付けて、帝国の第一騎士団騎士団長に登り詰めた実力者だ。



(アイシャルネ令嬢のお爺様ね。お爺様が元騎士団長、そしてお父様が現騎士団長……きっとアイシャルネ令嬢もお強いのでしょうね……)



  宴席で凛とした姿をしていたアイシャルネ令嬢を思い出しながら、私はウィスノリス先生を見ていた。


  すると、ウィスノリス先生がこちらを向いた。



「先程の剣技、見事なものでしたな!ぜひ私とも一戦交えて欲しいものだ」


「い、いえ……元騎士団長様にお相手いただくなんて恐れ多いですわ」



  正直、これ以上脳筋令嬢の印象を周囲に持たれたくはない。

  推しの強そうなウィスノリス先生を何とか躱したいなと私が困っていると、ヴァシュロンが先生に声をかけてくれた。



「ウィスノリス先生?まずは僕の剣術試験をしてくれませんか?」


「おおっ!そうですな。申し訳ない。早速、行いましょうぞ」


(ありがとうヴァシュロン〜)



  心の中で感謝すると、ヴァシュロンがチラリとこちらを見て笑ってくれた。


  どうやら、私が困っていた為わざと先生の気を逸らしてくれたようだ。

  私は再度、心の中でヴァシュロンに感謝する。



  ヴァシュロンとウィスノリス先生が対峙した。


  2人とも件を構えると同時に走り出して激しい打ち合いを始める。


  思っていた以上にヴァシュロンの身体強化は上達しておりよく動けているが、彼は剣より魔法派。


  速さは身体強化のお陰で出ているが、剣術の方は先生の剣を力押しで受け止めて、攻撃に移るような動き。

  対してウィスノリス先生は、ヴァシュロンの剣を躱し、いなして隙を着くように剣を振るう。



(速さは追いついているけれど、明らかにウィスノリス先生に弄ばれていますわね)



  その後もしばらく剣の打ち合いが続いたが、ウィスノリス先生が1歩踏み出してヴァシュロンの木刀を跳ね飛ばしたことで、あっさり試合終了となった。



「……手も足も出ませんでした」



  ヴァシュロンは小さくそう呟いて悔しそうに顔を歪めた。


  それな彼にウィスノリス先生が歩み寄る。



「いんや。殿下の身体強化は無駄がなく本当に素晴らしかった。足りなかったのは剣術の技術面だけ。そこは努力で補えば良い。それに……」


「それに?」


「もしや、殿下は剣より魔術の方が適性が高いんじゃないかと。いや、まだ魔術は習ってないんでしょうが、身体強化の技量があまりにも素晴らしいんで、魔力の扱いに長けているのではと」


「あははっ!さすがは元騎士団長!いい目をお持ちだ。うん……うん。そうだね。剣術の技術はこれから磨く。けど、魔術と兼ね合わせるのもいいかもしれない」



  先程の悔しそうな様子など微塵もなく、ヴァシュロンは活き活きとした顔になった。



「ありがとうウィスノリス先生。僕自身の目指したい方向が決まった気がする」


「それはなによりですな」



  剣術試験も無事全員終わり、今日の日程は終わった。


  クラス発表は明日に行われるので、皆このまま各寮へと戻る事になる。



「フィリセリア様。この後、お時間は?」


「特に用事はありませんから大丈夫だと思いますわ」


「では、少しばかり僕に時間をくれませんか?」



  そう言ってヴァシュロンは片膝を着いて私に手を差し出した。



(そんな嬉しそうに見上げられると……なんだか、照れますわ!)


「公爵令嬢ごときに皇子が膝を着いてはいけませんわ!」



  恥ずかしさを誤魔化すように、そんな突き放すような言葉を言いつつ顔を赤くしながらヴァシュロンの手を取る。



「し、叱ったのになぜ嬉しそうですの……」


「フィリセリア様が可愛いらしいから」



  嬉しそうな顔でそんな事をヴァシュロンに言われ私はさらに顔が熱くなり、つい彼から手を離す。



「もう、私は婚約した身なのですよっ」



  言ってから後悔した……、ダビッド殿下と婚約したので他の男と手を繋ぐわけにいかないのは事実。


  けれど、その事実のせいで今までのヴァシュロンと私の関係も私の自由も壊された事が、今更身に染みたようだ。



「……もう、手など繋いではいけないのです。ごめんなさい」


「なぜフィリセリア様が謝るのです……。大丈夫ですよ。手は繋げなくても傍には居られますから」



  そう言ってヴァシュロンはいつもの笑みを私に向けてくれた。



「僕の方こそ不快な思いをさせてしまったようでーー」


「不快だなんてとんでもないですわ!本当は私だって……」



  私がそう言うとヴァシュロンは、自身の口に指を当てて『言ってはいけない』とジェスチャーした。


  そして、私のすぐ近くまで来て耳元で囁いた。



「それ以上言われたら、きっと僕は今まで以上に君に触れたくなってしまう」



  私は今度こそ顔から火を噴くかと思うくらい真っ赤になった。



(な、なななな!?何を言ってるのっ!この5歳児は!え?6歳児よね……私、何6歳児相手に……もーーーうっ!)



  収まらない自身の混乱をぶつけるようにヴァシュロンを睨むと、彼は心底嬉しそうに微笑んだ。



「クスッ。気を取り直して散歩しましょう?フィリセリア様」


「うう〜まだ顔が……。散歩?」


「ええ。修学院の散策です」


「それは、楽しそうですけれど」



  それからは、ヴァシュロンの案内で学院を周り彼に施設の説明をされながら散歩した。


  距離はちゃんと友達として普通の距離感で、手ももちろん繋がないが、それでも思ったより心地よく、寂しくなかった。



 ****


  ヴァシュロンとの学院散策を終えて、彼の手配してくれた馬車で上位貴族寮へと戻った。



「おぞいではありまぜんか〜グスン」


「ご、ごめんなさい。リリア」



  泣きまくるリリアが寮の玄関前に居た。


  寮に居た侍女は皆、部屋を整えた後、実力試験を終えた女生徒達を部屋へ案内すべく寮の玄関前で待っていたらしい。


  他の令嬢達が次々と馬車で寮に到着し、各家の侍女達に案内され部屋へ行く。

  寮の玄関前で待つ侍女も次々と各家の令嬢を出迎えて部屋へと行く中、私がなかなか寮へと来ないものだからとうとうリリアは寮の玄関前でひとりぼっち。


  日が暮れかかっても私が帰って来ず、ずっと寮の玄関前でひとりぼっちなのを他の侍女達にこっそり笑われながら心細いまま外で待っていたらしい。



「随分待たせてしまったようで……ごめんなさいね?」


「ゔっ……ゔっ……ちゃんと帰って来られだのでもういいです……。おかえりなざいませフィリセリア様」


「ただいまリリア。ここが今日から住む寮なのね?」


「はいっ!部屋もちゃんと整えておきましたよっ!こちらです!」



  やっと本来やるべき仕事が出来る!と張り切るリリアの目元は赤い。

  申し訳なかったなぁと思いつつ、家の魔法訓練場が出来た時も浮かれて魔法訓練を始めてしまい、リリアを外で長時間待たせたことがあったなぁと思い出してクスリと笑った。



(本当にリリアには苦労かけているわね……。何かお礼がしたいけれど)



  修学院で魔術の勉強が進めば、魔力付与を学び魔道具を作ってお礼の品にすることが出来るだろうか?と考えながらリリアと共に寮の部屋へと向かった。



 ****


  寮の部屋へ入ると実家の自室と対して変わりない配置をした部屋になっていた。

  違うのは壁紙の色がクリーム色になり、ラインが茶色になっている事くらいだろうか。



「全く知らない所で生活するのは疲れてしまうと思いまして、御屋敷のお部屋に似せてみました!……お気に召されます?」


「クスッ。ありがとうリリア。その心遣いがとても嬉しいわ」


「喜んでいただけて良かったです!あ、すぐにお食事の支度をしますね」



  そう言ってリリアは部屋を出ていく。



(リリアのお陰で初めて足を踏み入れた学院の中でも休める。本当にリリアが居てくれて良かった)



  大丈夫なつもりでいても初めての環境で早速、色々な事があり思っていた以上に疲れていたようだ。


  その日は就寝前の魔力操作訓練も休んですぐに眠りについた。



 ****


  (これは以前も見た夢ね……)



  私とシェイルとルカ。


  毎日、海の前で歌う祈りの歌。


  3人の旋律を合わせて最後まで歌うと祈りの歌が完成して、海の神に祈りが届く。


  物心着く前から修道院でこの歌を聴き、物心ついてからは3人で毎日歌い続けた歌。


 

 ****


  私は無意識に寝言でその歌を口遊み、その歌を影の中から希闇だけが聴いていた。



『……心地いい旋律だ。だが……歌う程、徐々にフィリセリアの魔力が膨張している……。安定した状態で、暴走する気配は無いが……』



  歌と魔力に関係性があるなど、闇の精霊である希闇でも聞いた事がなかった。



『無意識に口遊んでいるようだから本人に聞いたところで答えは無いだろう。危険は無いようだし、様子見だな……』



  希闇は寝言で歌い続けるフィリセリアの歌声に耳を傾け続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ