6、入学までの日々と入学式当日
忙しく過ごす内に就学まであとひと月と迫っていた。
改良馬車の素材はモーリスによって、ようやく南部の島々にあることが判明し、いくらかは仕入れて試作に入っている。
ヘチマはこちらではタミシと呼ばれ、現物は同じもの。
現地では既にスポンジとして活用されていたので、加工の仕方も現地で学べたらしい。
ゴムの木はディアゴという名で、現地では特に見向きもされていなかったようだ。
だが、見向きもされていなかった分タダ同然で大量に入荷することが出来た。
「ようやく改良馬車作成に着手できます!馬車内部に張る予定の刺繍生地は既に発注してございますので、あとはお嬢様の考えてくださった内部機構の作成のみが課題となっております」
(本当に同じものが実在していたわね……寒暖地域では似たような植物の進化をするものなのかしらね?)
「現物があってよかったわ」
今居るのはモリス商会が提携している工房の工房室。
そこには現存馬車と、改良馬車の為の新素材、馬車作りに必要な木材や鉄などが揃えられていた。
「ここにある素材。使っていいかしら?」
「使っ……え?それはどういう……」
「素材分は払ってもいいわ。ちょっと試させて」
私はそう言うと、改良馬車の為の素材が揃っているエリアで錬金術を発動させ、瞬く間に想像通りの改良馬車を作って見せた。
「なんとお嬢様は錬金術を習得なされていたのですか!?」
「ふふ、ええそうよ。それより、改良馬車の内部を確認してちょうだい」
見た目では隣に並ぶ現存馬車と同じだ。
改良されたのは内部機構、モーリスは改良馬車に乗り込もうとして、スプリングにより若干沈む車体にビクリとする。
そして、馬車内部の座席に座ってみて今までの羊毛のみで柔らかさを保っていた座席との座り心地の違いに驚く。
「馬車本体に付けてあるスプリングと座席に仕込んであるスプリングによって、走る時の衝撃をだいぶ和らげられるはずよ?」
「あ、あの!お嬢様っ!今すぐに御者を用意致しますので試乗してもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんよ。その試乗、私もご一緒できる?」
「もちろんでございます!」
そして、改良馬車の試乗が行われモーリスだけでなく御者までもがその乗り心地に驚き絶賛した。
「こんなに素晴らしい乗り心地になるとは、想像を遥かに超えておりました!」
「想定通りのものが出来上がってよかったわ。モーリス、この馬車を元に新しいものを3台ほど造って欲しいの。2台は皇城に献上するつもりよ」
「残り1台はお嬢様の分で?」
「ええ」
「かしこまりました。直ぐに着手致します」
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他の変化としては帝国立修学院の制服を仕立てたくらいで、いつも通り公爵令嬢としての生活と冒険者活動を両立させながら過ごしていた。
ガミルダは初めのうち、素手で魔物を殴ったり蹴ったりして倒していたのだが、さすがにいつまでも丸腰のガミルダを冒険に連れ回すのも目立つため、ラズベリーさんの店で武器を仕立てた。
ガミルダの意見を元に作ったのはハンドクロー。
元々ドラゴンの姿時は爪で戦うこともしていたので、剣などよりそちらの方が立ち回りがしやすいらしい。
使い慣れた今ではハンドクローに魔力を纏わせて爪を長くしたり、ハンドクローを媒体にするように魔法を放って魔物討伐をしている。
その方が見た人が『魔術具で魔術を使っている』と勝手に誤解してくれるので都合がいいのだ。
忙しく過ごす日々も白妃が疲労を癒してくれるため難なく過ごし、翡翠達も時々冒険者活動に参加させたり、魔法訓練場で魔法研究を手伝ってもらったりしていた。
ヴァシュロンともあの後何度か皇城で会い、その度お互いに近況報告をしあったりして充実した毎日を送るうちにひと月はあっという間に過ぎ去った。
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そして、帝国立修学院入学式の日となった。
学院の入学年齢は6歳からとなっており、6歳から9歳までの3年間が初等部。
その後の3年間が中等部で最後の3年間が高等部だ。
高等部の最終学年は成人とされる15歳なので、卒業式と成人式が城で同時に盛大に行われる事となる。
帝国立修学院初等部の制服は、白地に黄緑のラインがあるワンピース型だ。
制服ワンピースは膝丈、それにケープを纏って編み上げブーツを履き制服が完成する。
(白が1から学ぶことを意味していて、黄緑は若葉を意味していて初等部である証明なのよね)
「フィリスならば上手く修学院生活を送れるものと思っている。励みなさい」
「元気に楽しく過ごすのよ?何かあればお手紙でも書いてちょうだいね?」
「行って参りますお父様、お母様」
門出の日に一同総出で公爵家の前で見送りをしてくれた。
その一同を私は今一度見渡し満面の笑みになる。
「行って参ります皆さん」
「「行ってらっしゃいませお嬢様」」
私は帝国立修学院へと向かう為、3日前に届いた新型の馬車にリリアと共に乗り込む。
修学院行きの馬車にリリアが共に乗っているのは、修学院が全寮制な為だ。
寮には専属の侍女や侍従を3人まで連れて行っていい事になっている。
私はリリアしか連れて行かないが、恐らく他の上位貴族はきっちり3名連れてきている事だろう。
帝国立修学院の初日は実力試験。
貴族の令嬢令息は皆、地位と金さえあれば自動的にここへ入学することになる為、平民達のように入学試験は受けていないのだ。
平民出の入学者達は既に入試の時の実力試験でクラス分けが済んでいるので、今日は別行動となる。
(平民も貴族も受け入れる学院。その点は素晴らしいわよね)
平民も貴族も入り交じって学ぶ事になる学院の中では、権力を振りかざすことを規則で禁じられている。
もちろん上下関係をまるで気にせず気楽に接するようなことはさすがに出来ないのだが、それでも普段関わることの無い地位の人間と触れ合い親しくなる事が可能だ。
修学院で能力の高い平民に目をつけて、最終学年になって声をかけそのままお抱えにという事もある。
それを目的として修学院に入学したがる平民もいるとか居ないとか。
馬車に揺られているうちに見えてきた修学院は、まるで自然に囲まれた城だった。
「……皇城ほど豪華なわけではないけれどすごい迫力ね」
「立派ですよね〜。実際、広さだけなら皇城をも上回りますし、ただの石造りの建物ながらその存在感は圧巻!私もここに入学しに来た時は驚いたものです」
皇城は城壁にもラピスラズリと土魔術による白壁の美しい外観だが、修学院は土魔術による白壁の外をさらに石壁で覆ってあるので見た目はかなり地味だ。
「白壁だけの方が綺麗なんですけれど、あえて表面を石で覆うのは『確固たる意思を持ちこの学院で学ぶ』という意味と『貴族も平民も共に学ぶ場』という意味があるんだとか」
「そう言われると、何となく味わいあるように思えるから不思議ね」
「あ、城壁の壁が二重でも快適に過ごせますから安心してくださいね?修学院はいつだって最新の魔術技術を施されていますから、空調も完璧です!」
「生活に則した魔術技術か……そういうのも興味あるわ」
修学院の周囲にもぐるりと城壁が巡らされ、正面入口となる門は石造りの大扉だった。
リリアが入場手続きをすると馬車が進み出し、それに合わせるように石造りの大扉が魔術により開いていく。
(とうとう修学院生活が始まるのね……)




