26、サランディアのお披露目会4
レストルーチェ公爵邸のお披露目会に参加しなかったダビッド殿下とサランディア令嬢は、私がバリシテを得意としていることを知ら無かった。
皇城のお披露目会では、特技披露でバリシテを使わず歌と踊りを披露したので2人とも私がバリシテを弾けないのだとばかり思っていたのだ。
だからこそ2人ともこのお披露目会の席で私にバリシテを弾かせ恥をかかせるつもりでいたが、私が完璧に披露して見せたものだから殿下が激怒。
サランディア令嬢から借り私が演奏していたバリシテを床に叩きつけて壊し、その勢いのまま退場して行った。
大切なバリシテを壊されて泣き崩れるサランディア令嬢を置いてーー
(流れを思い返してもどう考えたって本当に最低男っ!!)
このままではサランディア令嬢があまりにも哀れ……。
なので私は、仕方なく覚悟を決めて彼女の傍らにあるバリシテに近付く。
私がバリシテに少し近付くとサランディア令嬢は、バラバラになったバリシテを即座に掻き集めて胸に抱きいた。
「何をしようというのですかっっ!!」
サランディア令嬢は拾い集めたバリシテの破片を抱きながら、異様なほどの剣幕で私にそう言った。
(目は殺意でも籠っていそうなほど鋭いのに、バリシテを抱いている手は震えているわ……)
下手に近づけないなと私が思い立ち止まっていると、ライダンシェル公爵がサランディア令嬢を庇うように前に出てきた。
「……フィリセリア嬢のお怒りはお察し致しますが、娘は既に傷心の身。これ以上は……お許しください」
(状況をわかっていた上で放置していたということですわね?……恐らく、この場にいる他の方々もわざと様子見していたのでしょう。父様と母様も含めてですけれど!)
内心憤慨しながらも『大人の事情なんでしょうね?』と自分の感情は押し留めて、先程決意した事を実行すべく、公爵と向き合った。
「サランディア様を害するようなつもりはございませんわ。ただ、私はそのバリシテを直してみようと思うのです」
「嘘おっしゃらないでっ!!」
私は公爵に向けて発言したのだが、即座にサランディア令嬢に否定された。
「これ以上粉々にされたら私はっ!」
「既に壊れているのにそれ以上壊そうなどとは思いませんわ。まぁ、ちゃんと直せるかはやってみなくては分かりませんけれど」
サランディア令嬢は私を睨みつけ、私はどうしたものかしらとただ立ち尽くし、しばらく沈黙の時間が続いた。
同じく沈黙を守っていたライダンシェル公爵は、少し俯いて何事かを考えるとサランディア令嬢の方を振り向いて彼女に話しかけた。
「……サランディア、どの道その状態ではバリシテを直すことなど出来ぬのであろう?」
その言葉にサランディア令嬢の剣幕は一瞬にして解かれ、悲しみに昏れる表情となり涙を滲ませた。
「ええお父様。無理ですわ……割れたバリシテは繋ぎ合したところで元のバリシテにはなりませんもの……」
「なら、フィリセリア嬢に託してみなさい」
「お父様っ!?」
ついさっきまで自分の味方をして庇ってくれていた父親が態度を翻したのを見てサランディア令嬢は驚きに目を見開いた。
ライダンシェル公爵は、私の方へと振り向き直して私に告げる。
「このバリシテが今以上の惨事になるようならば、正式にレストルーチェ家へ損害賠償請求をする。その上、このバリシテの代わりとして嬢には、同額のバリシテを設え贈ってもらおう」
「ええ。わかりました」
悪化するようなことをする気は毛頭ない私は、ライダンシェル公爵の提案を即座に了承した。
サランディア令嬢はそのやり取りを見て、家に関わるならば悪い事はしないはずとひとまず信じる事にしたのか、恐る恐るライダンシェル公爵に自らのバリシテを渡した。
そして、バリシテはライダンシェル公爵により私の手に渡る。
サランディア令嬢は、心配そうな表情でバリシテを目で追い続けていた。
(出来るかしら……まぁ、失敗しても悪化はまず無いけれど)
私が試みようと思っているのは錬金術だ。
皇城でのお披露目会の晩に見た夢で、私は確かに錬金術を使っていた。
この国は錬金術士が未だ存在しない。
遠い国、アルケミティク国には錬金術士が多く、魔道具も独自の進化を遂げておりとても便利な国だと聞くが、我が国には一人もいないのだ。
(私が錬金術を使えたら大騒ぎになるでしょうね……。けれど、見過ごせないもの)
私はバリシテをそっと床に置く、この時にどの破片も必ず接しているように気を払った。
立ち上がってバリシテに向けて両手を翳す。
錬金術で主に使う属性は、本質的に変化をもたらす水属性と、構築分解を本質とする土属性だ。
私は土と水の魔力を意識しながらバリシテに魔力を送り、それを構築し直す。
(バリシテの構造はよく知っているもの。それを壊れたところ同士を繋ぎ合わせるように意識して魔力で修復すればーー)
はじめての人前での錬金術に慎重になって色々細かく意識しながら行ったが、時間としては1分とかからずにバリシテは元の姿に戻った。
「本当に……戻った。私の、私のバリシテが!」
そう言ってサランディア令嬢はバリシテに飛びついた。
だが、素直に感動を覚えたのは令嬢だけだった。
その場に残るもの皆が、目の前で起きた事に喜びを覚えるよりも困惑と動揺を身に覚えたようだった。
(……周囲の反応に少し心が痛みますね。でも、やってよかったと令嬢を見れば素直にそう思えますわ)
サランディア令嬢のお披露目会はダビッド殿下が早々に帰られ、バリシテが私の錬金術によって直されてからは落ち着きを取り戻した。
サランディア令嬢はバリシテが直ったことには感動していたが、私に礼を述べることも無くずっと距離を置いてこちらの事を様子見していた。
(まぁ、今さら素直になどなれないという事でしょうか?いいですけれど)
その代わりにライダンシェル公爵が私に礼と損害賠償云々言ったことを謝罪してくれて、その後何事も無くライダンシェル公爵家のお披露目会は終わった。
「フィリセリア嬢」
「レン様。明日はレン様のお披露目会を楽しみにしていますね」
「はい。是非。私もフィリセリア嬢が来てくださるのを楽しみにしています」
私はレン令息との別れの挨拶を済ませると父様母様と共に家の馬車に乗った。
「レン殿と随分親しいようだな?」
「そうですね。レン様は、皇城のお披露目会でも我が家のお披露目会でも親切にしてくださいました」
「クスクス。シディスの思っている親しいとは少し違うようね?ヴァシュロン殿下にレン令息ねぇ〜……」
「殿下といえば、明日のガルマ公爵家のお披露目会にはヴァシュロン殿下がご出席なさるという話だったな」
(ヴァシュロンならダビッド殿下のように騒ぎを起こすことも無さそうねっ!)