5話 海辺の考察
昨日見た少女の姿を確認し、俺は彼女の前で自転車を止め、安否確認を兼ねて声をかけてみた。
「おい、ミコト。こんなところで寝てると風邪引くぞ?」
俺の声にミコトの体はピクリと反応し、眠そうな目で見つめてきた。
「圭? なんでいるの?」
よほど疲れているのか、瞼は未だ半開きのまま俺に問う。
「なんとなく、心配になったから。まさか本当に会えるとは思わなかったけど」
いや、半分は思っていたけど、もう半分はいてほしいという願望だ。
「昨日会ったばかりなのに、随分優しいのね」
「お前が昨日海のほうへ向かわなきゃこんなとこまで来ないよ。ずっとモヤモヤして気持ち悪かったから来ただけ」
「そう、それは悪い事をしたわね。……~んんっ!」
言いながら、ミコトはゆっくりと上体を起こし間延びした。
「ねえ、今ケータイ持ってる?」
そしてようやくはっきりとした眼で俺に問う。
どこかで落としたのか元々所持していなかったのか、見たところ手ぶらの彼女は生活必需品を何も持っていないようだ。
「あるけど、どこかにかけんの?」
どこか当てがあるのだと思った俺はミコトにケータイを渡した。
「確かめたい事があるの。ちょっと借りるね」
そう言って、ミコトは俺のケータイをいじる……が。
「えっ、なにこれ、ボタンがないんだけど……どうやってダイヤル押すの?」
どうにもたどたどしい手つきでディスプレイと睨めっこしていた。
「そりゃスマホなんだからないだろ。いつの時代だよ」
「なっ…………いつの間にこんな使いづらくなったのよ。私が知ってるのは二つ折りで画面とダイヤルが分かれているタイプが最新なのに」
「ホントにいつの時代?」
時代の波についていけてないミコトを不憫に思い、俺は一からスマホの使い方をレクチャーした。
その後、何回か通話を試みたミコトだったが相手には繋がらず、難しい顔を浮かべる。
「なるほど……予想はしていたけどやっぱりね」
そして何か確信したように納得するのだ。
「どこにかけたの?」
「島の外。私が知ってる番号に片っ端からかけてみたの」
それで全滅だったと……。
「番号間違ってたとかじゃないんだよな? その、例の記憶喪失的なやつで」
「違うわよ。そもそも記憶が曖昧なのは、私がどうやってこの島に来たかだけ。他の事は鮮明に覚えているから」
なら海沿いだから電波が悪いとか、そんな感じだろうか。
「まあ、状況は理解したわ」
そう言って、再びミコトはベンチで考察モードに入る。
俺はミコトの隣に座り、巴さんからもらったクッキーをさりげなく二人の間に広げながら彼女の閃きを黙って待っていると。
ひょいっと、ミコトは横からクッキーへ手を伸ばす。
ポリポリとかじりながら、断続的にクッキーを拾い上げ口へ運ぶ。なくなったらまた拾う。そんな行動を繰り返していくうちに、小袋一杯あったクッキーはみるみる消化されていった。
よほどお腹が空いていたのか、もしくは考え事をしながら無意識で食べているのか、息を吸うように一連の動作が続くが……。
しかしそんなに頬張って喉に詰まらないのか?
「なあ……口の中乾かないか?」
ふと思った事を尋ねると。
「ふえっ……んむ!」
そこで我に返ったのか、ミコトは急にむせ出した。
先程コンビニで買ったお茶を渡して一命を取り留めたものの、喉が詰まるのも忘れるくらい夢中になる考え事ってなんだ? 巴さんのクッキーはたしかに美味しいけども。
気管支辺りが落ち着くと、ミコトは普段の表情に戻り、そして唐突に愚痴を漏らした。
「そういえば昨日、深夜まで海沿いを歩いたけど、港なんてどこにもなかったわよ」
夜通し歩き続けたのか……不屈のメンタルかよ。
「もっと先にあるのかも、後ろ乗る?」
と、俺は自転車の荷台を指差すが、ミコトは首を横に振った。
「……いえ、もう大丈夫。多分この先も港はないと思うから」
するとこの島に船は運航していないという事になるんだが……。
外部との交流皆無になるんだが……。
そして、ミコトは気持ちを切り替えるように立ち上がり「商店街に戻る」と言い出した。
「なあ、何か分かったのか?」
俺が問うと、ミコトは首を振り。
「わかった事はあるけれど、答えを出すにはまだ早いわ。もう少し島の事を調べたい」
そう言って、俺に詳細は伝えず彼女は立ち上がる。
その後、ミコトはこの島の地図が見たいと言い出した為、俺は彼女を後ろに乗せて商店街まで自転車を漕いだ。
結局真意は分からず、納得のいかないまま来た道を逆走してゆく。
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