3話 ライトな霊感体質
商店街を抜け、チャリで帰路を爆走する。
ミコトと別れた後、俺はご立腹であろう真奈の電話に出るのを躊躇い、代わりに一秒でも早く家へ向かう事にしたのだ。
多少の遅れであれば、しこたま謝れば何とか緩和出来るはず。
そんな安直な考えでペダルを漕いでいると……。
『ばあちゃん……千代ばあちゃん』
どこからともなく声がした。
声質から察するに子供のようである。
『早くこっちに来て』
声は聞こえど姿は見えず……。
しかし、この現象に俺は心当たりがあった。
「…………またか」
どうやら俺には霊感があるらしい。
どこかしこで誰かの声だけが俺の耳に聴こえてくる現象。
最初は幻聴なのかと疑ったが、何年もこの声を聴いているとさすがにスピリチュアル的なものであると信じざるを得ない。
声の種類は日時と場所によって様々で、アニメ声な女性の時もあればイケボな男性の時もあり、そして今日は子供……おそらく男の子だ。
声だけで大体の人物像が浮かび上がる程ボイスマイスターに磨きをかけている昨今だが、俺自身ホラー的展開はご免被りたいビビりなわけで、この長所を引き換えに何かを交換出来るなら早急に売っ払ってしまいたいくらいのお荷物能力だ。
それにしても……。
「千代ばあちゃんか……」
ちょうど近所に同じ名前のおばあさんが住んでいる為、縁起でもないがその人を重ねて想像してしまう。
死者の声が千代さんを呼んでいるとか……マジで縁起でもない。
あの人には小さい頃からお世話になっていたから、ぜひ末永く長生きしてほしいと思い、今の記憶を忘れることにした。
数十分後、漕ぎ疲れでパンプアップした太ももに明日訪れる筋肉痛を予感し溜息を吐きつつも、ようやく自宅へ到着した。
玄関の扉を開けると焼き魚の香ばしい香りが漂い、真奈が先に二人分の夕飯を作ってくれている事が分かる。
「あっ、圭! 遅かったじゃん。もう、帰る時連絡してって言ったのに」
台所へ向かうやいなや、真奈は不機嫌な様子で俺に不満を漏らす。
「ごめん……、実はさっき商店街で島の外から来たって言う女の子に会ってさ」
俺が言うと、真奈の動きがピタリと止まる。
「……それで?」
俺は真奈の反応に一瞬戸惑った。
いつものように聞き流し半分で受け答えするものかと思ったが、隣りにいる真奈はビックリするくらいの真顔。
「なんでその子と知り合ったの?」
「えっ、目が合ったからそのまま流れで……商店街を案内してました」
真奈は大きく溜息を吐いた。
「なるほど、女の子をナンパして帰りが遅くなってたわけだ」
耳障りが悪いな……。
「ナンパじゃねえよ。この町の事を知りたいっていうから案内しただけだよ。しかもその子記憶喪失的な感じで、自分がどうやって来たのか覚えてないらしい」
すると真奈はキツイ眼をしながら。
「何それ、怪しくない?」
疑るように俺に問うのだ。
「怪しい?」
「気を引いてもらいたくて嘘ついているのかも」
「いや、それは悪い風に捉えすぎだろ。第一俺に気を引いてもらう需要ないし。自分で言うのもアレだけど」
軽く自虐に走る俺だが、真奈は至って真剣な面持ちだった。
「で、その後は?」
「ああ、なんか港を見に行くって言ってそのまま別れたよ」
俺がそう言った直後、真奈は手に持っていた食器を滑らせ盛大に割ってしまう。
「おい、大丈夫?」
真奈は「ごめん」と謝りながら床で割れた皿を慌てて拾おうとする。
「バカ、素手で触んなって……ああ、ほら、血出ちゃってんじゃん」
案の定、真奈は皿の破片で手を切ってしまった。
「居間に救急箱あるから絆創膏貼っとけ。ここは俺が片付けとくから」
「ごめんね。今度新しいお皿買って返すから」
「いいよ、高い物でもないし。けど珍しいな、お前が皿割るなんて」
と、何気なく真奈の表情を窺うと、皿を割ったくらいで妙に深刻そうな顔をしていらっしゃった……。
そして真奈は……。
「ねえ、その子とまた会うの?」
絆創膏を張りながら、横目で俺に問いかけてくる。
「いや、約束はしてないけど……まあ、この島に滞在するならまたどこかで会うかもな」
なんて適当に返すと、真奈は「そう……」と小さく発し。
「そろそろご飯にしよう。お味噌汁温め直さなきゃ」
切り替えるように微笑を浮かべ、夕飯の支度を再開した。
その後、食事をしながら日常会話で盛り上がる俺達だが、終始真奈は普段よりもテンション三割減な態度に、俺は少し心配になった。
食事を終えて自分の家に帰る際も、ぎこちない笑顔を添えて別れる真奈。
まるで何かに気を取られているようで……。
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