2話 ミコト
島の外から来たらしい彼女の頼みで、とりあえずはこの商店街を案内することに。
歩き始めて数分、聞きそびれていた事があった。
「なあ、そういえば君、名前は?」
「名前?」
俺が聞くと、何故か少女は空を見上げながら考える素振りを見せる。
まさか自分の名前も忘れてしまうほど記憶喪失は深刻化していたのだろうか。
そう考えていると、彼女は静かに頷きながら俺に返答した。
「……ミコト」
ぱっと出てこないあたり偽名なのかどうか分からないが、彼女はそう名乗った。
仮に偽名だとしても、状況が状況だけに今はそれでいいだろう、と思う。
「ミコトね、俺は時ヶ丘 圭。よろしく」
「そう……、よろしく、圭」
いきなり下の名前か、悪い気はしないけど距離詰めるの早いな。
そんなことを思いながら、彼女は相変わらずデフォルトでクールな表情を見せ、必要な事以外は特に口に出さずに黙々と商店街を見渡していた。
俺はツアーガイドばりに見所ある建築物を紹介するが、有名な神社や広大な景色をお届けするならまだしも、商店街にある飲食店や公共施設ばかりしか目に留まらない為、県外勢を案内するにしては全くと言っていいほど町の魅力は伝わらない。
そもそもこの島に名所と呼ばれる場所は存在しないのだから仕方ないが。
と、そうこうしている間に一通り商店街を一周してしまった。
「というわけで、この町で最も栄えている商店街ツアーはこれでおしまいだ。どうだった?」
俺の問いには反応せず、ミコトは口に手を当て再び思考中のポーズをとる。
……っていうか無反応だとなんか気まずい。
「あの、ミコトさん……何か気になった場所とかある?」
場の空気に耐えられず、再びミコトに問いかけると、口に当てていた手をゆっくり下ろし、ようやく俺に向き直った。
「この町、物資はどうやって調達しているの?」
ようやく口を開いたと思ったら、第一声がそれか……。
面白そうだとか、行ってみたいと思った場所を聞きたかったんだけど、えらく現実的な感想を述べてきたな。
「そりゃあ船だろ。こんな小さな島に空港なんかあるわけないし」
「船……港があるの? 場所は?」
急にグイグイ来るじゃん。商店街自体には興味なかったのか?
そんな事を思いながら、俺はミコトに港の場所を教えようと遠くを見渡すが。
「……えっとね……たしか……あれ、どっちだっけ?」
普段海側に向かう事がない分、久しぶりすぎて正確な位置が分からなくなっていた。
そんな俺の様子に見兼ねたのか、ミコトは軽く溜息を吐く。
「まあいいわ、海側を歩き続ければいずれ着くだろうし。じゃあ、ありがとね」
そしてそのまま商店街を後にし……え?
「いや待て待てっ、今から行くのかよ!」
「そうだけど?」
「もう日が沈みかけてるけど?」
「別に夜でも探索は出来るでしょ」
「危ねえよ。それに今日はもう船は動いてないだろうし明日にしたら?」
「あまり時間をかけていられないの。ちょっと歩いて何もなかったら帰るから」
という具合に、俺の静止にまったく耳を傾けない。
心配……ではあるし、もし港へ行くなら俺もついて行ったほうがいいと思うが、さっきからポケットに入れているケータイがやたらと主張してくる。
幾度となくバイブレーションがヴンヴン唸っているのは、おそらく連絡を寄越さない俺に真奈が鬼電をかけているからだろう。
そろそろ帰らないとまずい時間だが、このままミコトを放ってはおけない。
仕方なく真奈に事情を告げようとケータイを手に取った時。
「私は大丈夫だから」
と、俺の思考を読んだかのように、彼女はそう言った。
続けて彼女は俺の全体を捉えるように見つめ。
「あなたから『不安』の言葉が浮き出てる」
意味深に、そんなことを口にした。
「どういう意味?」
当然理解の追い付かない俺は彼女に聞き返すが。
「……今日は私のわがままに付き合わせてごめんね。もう大丈夫だから。それじゃあね」
理由を話してはくれず、一方的に彼女は手を振り、そして港があると思う方向へ去って行った。
無責任だったろうか。
俺は着信のかかるケータイをそのままに、釣られるようにして彼女に手を振り返し、別れた。
後ろ姿を目で追いながら、おそらく大丈夫であろうと自分に言い聞かせ。
ご覧頂きありがとうございます。