19話 交番に彼女の姿はなく
璃羽は一通り目的を達成したらしく、俺に向かい。
「今度はお兄さんに付き合ってあげる。どこ行きたい?」
と聞いてきたので、ミコトとの落ち合う予定である交番へ行く事に。
子供には退屈だろうから俺が用を済ませる間、猫カフェのはしごを推奨したが、フルフルと首を横に振りぴったりとくっついて来るので仕方なく共にお巡りさんの元へ向かう。
交番に着いた俺は、ミコトが先に来ていると思っていた予想が外れ少し心配になった。
「おう、圭じゃねえか。どうした?」
入って早々声をかけてきた久須見さんにミコトが来たか尋ねても、知らぬ存ぜぬと首を振る。
だから現在、一先ず鬼のお面を付けた女性についての情報を久須見さんに説明しているのだが……。
「お前な、その歳の差はさすがに犯罪だからな。よくノコノコと俺の元へ来たな。え? おい、わざわざ自首しに来たのかよ? 言っとくが部署違うからな」
なんか知らんが、いつの間にか話が違う方向へ飛んで行った。
最初は璃羽を連れて来た俺を見て「迷子か?」と心配そうにしていたのだが、璃羽が久須見さんを否定し「お兄さんとデートしてたの」と、余計な事を言った所為で久須見さんは逆に俺を心配し出したというわけだ。
「だから久須見さん、俺はたまたま出会ったこの子に付き合って遊んでただけだって」
「二人で仲良くな。世間じゃそれをロリコンと呼ぶんだよ」
くそ、なんで俺が冤罪かけられなきゃいけないんだ。
「いや、ちゃんと聞いてくれよ。昼間近所に怪しい奴が現れてさ」
「お前の事じゃねえか」
話進まねえ……。
「あんたはどうしても俺を犯罪者に仕立て上げたいらしいな。だが俺に在らぬ罪を着せている最中にも、近所に現れた女はリアルタイムで罪を重ねているかも知れないんだぜ」
俺は強引にでも事情を打ち明ける事にした。
「女? どんな容姿だった?」
「顔は分からなかった。鬼のお面で顔を隠してたから」
「なんだそれ。そんなんでよく性別が分かったな」
久須見さんに言われて確かに、と、納得する。
女性っぽい着物を着ていたからてっきり女だと思っていたけれど、もしかしたら面を外すとゴツイ男の顔が現れるかも知れない。
だけど……ただ、身体を見る限り……。
「スタイルはどんな感じだった?」
俺の胸の内を察したかのように久須見さんは尋ねる。
そうだな、身近な人物で言うと、真奈か直里……俺と同年代くらいか?
巴さん程の完璧なスペックではないと思う……って、なんで俺不審者のボディ評価してんだ?
そう思いながら。
「……発展途上だけど出るとこは出てる感じ?」
「OK、なら女で間違いなし! 思春期の観察眼は当てになるからな」
なんの話をしてるんだっけ?
というかこんな話を少女の前でする事こそ害悪だよ。久須見さんも同罪さ。
そんな事を思っていると、璃羽のほうから話に入ってきた。
「それ、『百眼百手』でしょ?」
この子の口からその名が出てきたことに、少し驚いた。
「ひゃくがん……なんだって?」
一回で聞き取れなかった久須見さんはリピートを所望する。
「百眼百手。誰かが悪い事してないか監視するのがお仕事なんだってさ」
俺はミコトから聞いた名だったが、何故璃羽も知っているんだ?
そんなにこの島で名の知れた者なのだろうか。
隣にいる久須見さんも聞き慣れない言葉に首を捻り。
「それって俺の役目なんじゃ……」
己の役職を奪われたみたいな、どこか寂しそうな表情で呟いた。
しかし、璃羽は何故、どこでその情報を知ったのだろう。
「なあ璃羽、その人ってお前のお仕えの人か何か?」
俺の問いに璃羽は首を横に振る。
「この島の治安を守る為にいる人だから、ボランティア活動……する人?」
璃羽も詳しくは知らないらしい。
「だからそれって俺の役目じゃね? しかも無償って、給料貰ってる俺の存在意義は?」
皆無だ。と、久須見さんの呟きに無言でツッコむ。
それはさておきだ。
「璃羽、それどこで聞いたんだ?」
「私の同居人から。長いこと一緒にいるから色々教えてもらったの。島にとっても詳しいんだよ」
島に詳しい……それは、ここが死者の町だという事実も知っているのだろうか。
もっと言えば、お面女と知り合いなのだろうか。
一体何者なのかは知らないが、その同居人に会う事が出来れば彼女の正体と、もしかするとミコトが知りたがっている情報も聞けるのではないか。そう思った。
「璃羽、もし良かったら今度その人紹介してくれよ。ミコトがこの島の事を知りたがっててさ」
俺が璃羽に頼み込む姿を見ながら、久須見さんは「お前それって昨日の……」と、呟きかけたが、急に口を閉じて入り口のほうへ視線を移した。
どうやら誰か来たらしい。
そして、俺の言葉に璃羽はニコリと笑い。
「いいよ。っていうか、もうすぐそこにいるけど」
と、璃羽も入り口へ視線を向ける。
ガラガラとガラス戸を開けて入って来たのは、久須見さんより少し年上と思われる男性の姿。
「璃羽、迎えに来たよ」
そう言いながら、男性は優しく微笑み手を広げると、璃羽は嬉しそうに駆け寄りその人へ抱かれに行った。
この人が璃羽の同居人か。口ぶりから、どうやら彼女を迎えに来たらしい。
ただ、一つ疑問が残る。
……璃羽、いつの間にこの人を呼んだんだ?
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