17話 雨時々少女
千代さんの家跡地から離れてしばらく、百眼百手なる者の追跡を気にしながら自転車を走らせる。
途中、千代さんの孫らしき声がした場所へ赴いたが、その声はもう聞こえなくなっていた。
声の主が千代さんの孫だという確証はないけれど、もう声がしないということは、その子の目的は果たされたのだと、都合良くそう思ってしまう。
……二人共、無事天国へ昇ってくれただろうか。
なんてことを考えながらペダルを漕いでいると。
「あ……雨」
荷台にいるミコトが呟くと、ピチャピチャと俺の頭に冷たい雫が落ちてきた。
「くそ、天気予報士、雨なんて聞いてないぞ」
とか、気象の確率に敗れた腹いせに、テレビで晴れと予測した方に文句を垂れる。
だが、そうこうしているうちにも雨雲は本気を出し始めた。
「とりあえずコンビニ入ろう」
一先ず俺達は近くにあったコンビニへ避難する事に。
入口付近で濡れた髪を適当に払い、タオルと温かい飲み物を買う為中へ入ろうとした時。
ふと横へ視線を移すと、いつからいたのか、コンビニの外で小学生くらいの女の子が立っていた。
その子はただじっと、降りしきる雨空を眺めている。
「…………」
家がお金持ちなのか、ドレスのような作りの洋服を着飾って、呆けたように一点を見つめていた。
傘も持たずに雨に打たれ、高級そうな服がずぶ濡れになっている。
少し心配になった俺はその子に声をかけてみた。
「君、お父さんとお母さんは?」
少女はゆっくりと俺のほうを見ると。
「お兄さん、だれ?」
と、逆に質問返しをしてきた。
「近くに住んでる者だよ。誰かを待ってるの?」
俺の問いに少女は、何とも素っ気ない返事で返す。
「誰も。ただ暇だから普段来ない場所を散歩してたの」
身なりの良い子がたった一人で?
「ここにずっといると風邪引くよ?」
「別にいい。家にいてもつまらないからここにいる」
家出……なのか?
「お父さんとお母さん心配するよ?」
「パパもママも今はいないもん。だから、別にいい」
複雑な家庭事情なのか、もしくは親より先に他界してこの島に来た子なのか……。
俺はこれ以上踏み込んだ話をやめ、「ちょっと待ってな」と言い残しコンビニへ入る。
そして少女に温かいお茶と、レインコートを買ってきた。
「これ飲んで。あと、せっかくの服が濡れちゃうからこれ着なよ」
少女に渡すと、目を丸くしながら言うのだ。
「これ、私に?」
「うん。ダサいかもしれないけど、傘よりかは防水効果期待できるし」
「……ダサい」
「ごめんって」
手に取ったレインコートを広げながら正直な感想を述べる。
「でも、ありがとう」
だが、不満を漏らしながらも少女は濡れた服の上からレインコートを羽織った。
思いのほか寒かったのだろう。
レインコートのビニール素材がしっくりこないのか、モゾモゾ袖をまくったり伸ばしたりしながらベストな位置を模索している、と。
「ねえ、お兄さん達は何してるの?」
どうやら俺とミコトに興味を示したらしい。
俺はミコトを指差し目的を告げる。
「このお姉ちゃんの観光ツアーだよ。まだこの島に来たばっかりで地理を把握していないから」
そう言うと、少女はミコトを見て不思議そうな顔を浮かべ。
「お姉さん、なんだか不思議な感じ……」
と、一目見ただけでミコトが変わった女だと認識したらしい。
なかなか良い目をしているな、この子。
するとミコトは子供相手にも変わらずの態度で小難しく問いかける。
「そう。あなたには私がどう見えているの? 直感で答えて」
もっと優しめのトーンで喋れないものかと、俺は軽く息を吐く。
そう思っていると、少女は変わった返答をミコトに返した。
「お人形さん。木製のお人形さん」
日本人形みたいなのをイメージしているのだろうか?
たしかにミコトの容姿はアジアンビューティー枠に入るだろうけど。
「…………あなた」
言われた側のミコトはあまり嬉しくない様子で複雑な表情を見せる。
そして少女は俺の服をクイクイと引っ張りながら。
「ねえ、私も一緒に見て回りたい」
甘えるように、子供らしくおねだりしてくる。
お面女も何処かに行ったし、少しくらいなら構わないけど……ただ。
「いいけど、この雨じゃな……」
と、鳴り止まぬ空を見ながら言うと、少女は思い出したかのように「ああ」と軽く漏らし。
「ちょっと待ってて」
そう言いながら、コンビニ備え付けの公衆電話で誰かにテレホンし始めた。
もしかして迎えの車でも手配するのか? 服装から見るにお金持ちそうだし。
そして通話を終えた少女が俺の元へ戻ってきた。
「五分くらい待てば大丈夫」
と、自信あり気に微笑む。
やはり送迎の車だったのか。専属ドライバーとか雇ってるタイプの人か。
そう思っていた。
しかし、俺の予想は大いに外れたようだ。
「ほら、雨止んできたでしょ?」
少女が天を指差し、俺も釣られて見上げると。
その空は、先程まで容赦なく荒ぶっていた天候と打って変わり、穏やかな空へとシフトチェンジした。
っていうか何で晴れるって分かった? この子、天気の子か?
「これでいいでしょ?」
少女は微笑を浮かべながら俺に問う。
たしかに、これで断る理由はなくなったわけだ。
こうして成り行きで出会った少女も加え、俺達はミコトの島観光ツアーもとい、島の調査を再開した。
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