16話 突然の奇襲
更地となった千代さんの家の前で、俺達は黙祷を捧げた。
「……近所の人達、急に千代さんの家がなくなって驚くかな?」
ミコトは首を振った。
「多分だけど、直里ちゃんの話が本当なら、いずれまた島の住民の記憶が書き換えられると思う。おばあさんが存在しなかった記憶にね」
つまり今までの千代さんとの記憶も、忘れてしまうのか。
それはなんか……寂しいな。
「それにしても、どうして家ごと消えてしまったんだ?」
「それは、この島の建造物が人の記憶で出来ているから……だと思う」
自信なさ気にミコトは答える。
つまり、千代さんの記憶から生み出された家は、本人がいなくなる際に一緒に消えてなくなったということだろうか。
「なら千代さん同様、島の住民全員が解放されれば、この島自体が消えるのかな?」
まあ、そんな途方もないこと、俺達だけで出来るわけないけど。
「その可能性はあるかもね。……まあなんにせよ、今回の件で島から出る方法があると分かった。これは大きな成果よ」
と、ミコトは微笑を浮かべながら手ごたえを感じている様子。
「ともかくこの島に来る原因となった『想い』の内容が分かれば、直里ちゃんも解放してあげられるかも――」
しかしその時だった。
ゾクリと、背筋が凍るような気配を感じた。
ミコトもその気配を感じ取ったらしく、俺達は同時に路地の奥へ目を向ける。
すると……遠目からでも分かる、ただならぬ視線が俺達を襲うのだ。
「百眼百手っ! しつこいわね」
昨日出会った、鬼のお面を付けた着物姿の女性。
だが昨日とは違う、睨まれるような息苦しさを視線の先から感じた。
「島の住民を勝手に外へ出したから怒っているの?」
ミコトは鬼の女性を睨み返しながら堂々と正面に立つ。
が、そんな強がっている場合ではないだろう。
「ミコト、今はとにかく逃げよう」
俺はミコトの手を取り自転車のところまで足を運ぼうと……。
「いっ……?」
その時、視覚では確認出来ないが、足元が何かの手に掴まれる感覚に襲われた。
一本だけじゃない。何本もの手に掴まれる感覚。
俺は身体中を見えない手に拘束され、身動きが出来ない状態。
「【離しなさい】」
そんな時、ミコトは鬼の女性に向かって言霊を言い放つ。
おかげで一時身体中の拘束が解き放たれるも……。
「なっ……?」
一度放した透明な手は、再び自身の体に絡みつく。
「私の言葉が、効かない?」
ミコトも予想外だったらしく、見えない手に拘束された彼女はバタバタともがいていた。
さらに鬼のお面を被った女性は、鳥肌が立つ程の視線を浴びせながら俺達の元へゆっくりと近づいてくるのだ。
じわじわと、獲物を捕らえるように。
捕まったらどうなるのか……、おそらく話し合いで解決とかは無理だろう。
必死に振り解こうとあがいてみるが、あまりの手数の多さにもたついていた……そんな時だった。
「あら圭ちゃん、こんにちは」
ふと、俺の背後から聞き慣れた声。
振り向いた先には、買い物かごを持った巴さんの姿があった。
「こんなところでどうしたの?」
と、笑顔を浮かべながら近づく巴さん。
すると、そんな彼女を見た鬼の女性は急に驚いたような素振りを見せ、途端、俺達の拘束を解き一目散に背を向け走り去っていった。
「あら、行っちゃった……。圭ちゃんの知り合い? あの、個性的な姿をした人」
個性的っていうか、不気味な姿だと思う……。
「いえ、知りませんけど、昨日から俺達のことを付け回しているようなんです」
「やだ、ストーカー? 警察に通報したほうがいいんじゃない?」
巴さんの案を聞き、たしかにと、俺は頷いた。
後で久須見さんに連絡してみるか。
「ありがとうございます。知り合いの警官に電話してみますね」
「それがいいわ。……ところで」
と、巴さんはミコトを見つめ。
「圭ちゃんも隅に置けないわね~」
頬に手を当てながら、またしてもミコトとのカップリングにニヤつく人の反応をされた。
「彼女じゃないですからね」
俺はクスクスと笑う巴さんを否定すると、「照れなくてもいいのに」などと、まるで聞く耳を持ってくれない雰囲気で返してくるのだ。
そして巴さんは言うだけ言うと。
「それじゃあ私は買い物があるから、またね」
手を振りその場を去ってゆく。
……巴さん、気づかないわけないよな?
さっきまであった千代さんの家が目の前でなくなっているのに、巴さんは気にも留めず去って行くのだ。
俺は少しショックを受けた。
二人はわりと仲が良かったはずなのに、だ。
この島から人が出て行くと、その瞬間からその人の存在はなかったことにされてしまうのだろうか……。
俺は巴さんの後ろ姿を目で追いながら。
……真意を確かめること無く、ただ見送った。
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