15話 救いの言葉
ミコトの言葉で動揺する千代さん。
「私の……過去……」
その最中ですら、家中に火が燃え広がる。
「おいミコト、話してる場合じゃねえだろ。避難しないと」
「大丈夫、この世界で死ぬことはないから」
しかしミコトは依然としてその場を動こうとはしない。
それはここが死者の島だから? これ以上死ぬことはないって意味か?
そう考察する中、千代さんは何かを理解したように呟いた。
「ああ……思い出したわ……あれは私が買い物に出かけている時だったねえ」
ぐらぐらと建物が揺れ、火の粉が舞う室内。
しかし、思いの外熱くも息苦しくもなかった。
「しょうちゃん、自分でお料理しようとしていたんだろうね。お父さんもお母さんも仕事で出かけていて……」
やがて天井が崩れ出す中、千代さんは寂しそうな表情を浮かべながら昔を思い出す。
「私がもっと注意しておけばよかった……私が帰る頃には火が家中に広がっていて……」
静かに涙腺から流れ落ちる涙をそのままに。
「ごめんねぇ、しょうちゃん。助けてあげられなくて……一緒にいてあげられなくて……ごめんね、ごめんね……」
そして千代さんは翔太という子に向けて、何度も謝罪を繰り返す。
するとミコトは立ち上がり、俺に向け言うのだ。
「この人からは『後悔』の言葉が強く浮き出ていたの。きっと、塗り替えられた記憶の奥底で、この思いだけが根強く残っていたのだと思う」
そこで俺は思った。
「それが、この島に縛られる原因……なのか?」
「多分……。この島にいる人達は皆、何かしらの『想い』に囚われて出られなくなっているんだと思う。だから、私達で閉ざされた扉の鍵を開けてあげるの」
その役回りが、彼女の言う解放というやつなのか。
なら千代さんにとっての解放条件は……。
俺は途端に千代さんの前で頭を下げた。
「千代さん、すみません。俺、あなたの孫の、翔太君じゃないんです」
ミコトに言われるがままに演じた束の間の翔太君を否定すると。
「知ってるわよぅ、あなたは圭ちゃんでしょ? だってしょうちゃんはもう、何年も前にこの世を去って行ったのだから」
分かった上で俺の話に合わせていたの? それはそれで恥ずかしいんだけど……。
「ありがとね、おかげで全部思い出せたわ。どうして私がここにいるのかを」
千代さんは怒ることなく俺にお礼を言うのだ。
俺は何もしていないのに……。
「あの日、しょうちゃんを助けようとして私も家の中に入ったのだけれど、手遅れでね、そのまま私も崩れた柱の下敷きになって……。けれど私はしょうちゃんの元へは行けず、いつの間にかこの島で暮らしていたんだねぇ」
孫を助けられなかった後悔、罪悪感、そうして自分を卑下する中で、この人はたどり着いてしまったのだろうか。この島に。
孫と一緒にあの世へ向かうことも出来ずに……。
「千代さん、俺、あなたのお孫さんの声を聴いたんだ」
自然と、俺は口にしていた。
「しょうちゃんの?」
「うん。翔太君、千代さんのことを気にしていたよ。あなたと同じで、ずっと謝っていたよ。千代ばあちゃんのせいじゃないって、僕が火の元を見ていなかったからだって」
茂みの奥で聞こえた声を、千代さんに打ち明ける。
「だから、もう一緒に行こうって……そう言ってたんだ」
すると……。
燃え広がる炎は一瞬のうちに掻き消え、今の今までそこに在った千代さんの家は、何もない更地へと変貌した。
「そうかい……しょうちゃんが……」
千代さんは穏やかな表情を浮かべ、そして。
「なら、早く行ってあげないとねぇ」
千代さんの体は薄っすらと透けていくのだ。
「千代さんっ、体が!」
驚きのあまり俺は大声を発するが、千代さんもミコトも動揺することなくありのままを受け入れている様子。
「ずいぶんと待たせてしまったからねえ、心細かったろうに」
するとミコトは千代さんに近づき。
「『後悔』の呪縛が解かれた今のあなたなら、きっとお孫さんの元へ行けるはず。私がその手助けをしてあげる」
そう言って、千代さんへある言葉を贈るのだ。
「【迷える人の魂よ、在るべき場所へ還りなさい】」
彼女の、人の感情を揺れ動かす言霊の力。
千代さんはミコトに頭を下げ、最期の言葉を残す。
「感謝します。……圭ちゃんも、今までありがとうね。この島にいる間、まるで本当に孫と過ごしていたようで嬉しかったわ。あなたもいつか、あなたを待つ人の元へ帰れるといいわね」
可愛らしい笑顔を浮かべたおばあさんは、そのまま静かに消えていった。
「……いなくなった?」
突然、ぱったりと。そこにあった千代さんの家ごと綺麗さっぱり……。
俺が……千代さんを消した?
そう思っていることを見透かしたのか、ミコトは俺に告げる。
「圭、勘違いしないでね。あなたは島に囚われた一人のおばあさんを救ったの。本来行くべきところに向かっただけ。だからあなたが責任を感じる必要はないわ」
これが正しかったのか、俺にはわからない。
辛い過去を忘れて、傷つくことなく日々を過ごせる環境。
それも一つの救いではないのか……。
だから、その選択肢を消してしまった俺は、もしかするとありがた迷惑だったのかも知れないと、そんなことを思ってしまう。
この島の住民は皆、何かしらの『想い』に縛られているとミコトは言っていた。
だとしたら、俺の生前にはどんな過去があったのだろうか。
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