14話 解放のキーワード
千代さんを解放する。
ミコトはそう言うと、俺に耳元でごにょごにょと……。
「はっ? マジで言ってんの?」
不意に訳分からんことを抜かすのだ。
「さすがに無理あるだろ……」
「試しにやってみて。ダメだったら他のやり方を考えるから」
と、否定する俺に、ミコトは構わず強要する。
ポカンと俺達を眺める千代さんに、俺は一度咳払いをし準備を整える。そして……。
「あ~、千代ばあちゃん、今まで黙っていたけど、実は俺が翔太なんだ」
「……へ?」
千代さんは急に何を言い出すんだという表情を俺に向けた。
そりゃそうだろうよ。無理あるもん絶対。
一応形だけは、先程の男の子のような口調を真似したつもりだけど、いや、知らんもん翔太君のプロフィールとか。
どうやらミコトは、先程聞こえた声の主が千代さんの孫だと予想したらしく、俺に千代さんの孫役を演じてほしいと囁いた。
だがしかしだ。……なんてガバガバな作戦を押し付けてくるんだこいつは。
そんなのでごまかせるわけないだろうし、気分的にオレオレ詐欺の実行犯みたいで気が引けるわけだ。
少し罪悪感に苛まれながら千代さんの顔を窺うと。
「おやま~、あんたしょうちゃんだったのかい? 全然気が付かなかったよぅ」
普通にごまかせたぁ……。
え~ごめんなさい、俺違うんです、圭なんです。
と、心の中で何度も謝罪しながら千代さんと向き合った。
「どうして今まで他人のフリなんてしてたんだい?」
「その……久しぶりの再会だったからさ、なんか、照れくさくて」
もう言い訳が下手過ぎて、いつボロが出てもおかしくない状態だ。
「しかしまあ、いつの間にかおっきくなったねえ。こんなに近くにいたのに全然会いにきてくれなくて私ぁ寂しかったよ」
「ご、ごめん。これからは定期的に会うようにするからさ」
……いつまで続ければいいんだろ、この茶番。
そう思っていると。
「おばあさん、お手洗い借りてもいい?」
ミコトは突然席を外すのだ。
こんな状況で。
「はいはい、廊下を出て右にまっすぐ行くとあるからねえ」
ホントに行っちゃったよ。俺を残して。
などとミコトに苛立ちを覚えていると、ふと、千代さんが尋ねてきた。
「しょうちゃん、そう言えば、料理は続けているのかい?」
「へ? 料理?」
「物心がついた頃からお母さんの隣でよく夕飯の支度を見ていただろ? 自分もやりたいとよくせがんでいたじゃないか」
そうなんだ……、俺チャーハンとカレーしか作れないよ?
「危なっかしくてねえ、一度火の近くにいて火傷したこともあったねぇ」
そりゃ幼い子が火の周りに立ってちゃ、そういう危険性もあるだろう。
なかなか親泣かせの子だったらしいな、翔太君。
そんな思い出話に花を咲かせていると。
程良いタイミングでミコトが帰ってきた。
「おまたせ。おばあさん、この家ってIHのクッキングヒーター使ってるのね」
……人んちのトイレ借りた流れで家のキッチン詮索すんなよ。
「ええそうなの、うちはオール電化なのよ。ガスは危ないからねえ」
……千代さんも無許可で自分ち調べられてるんだから文句言いなよ。
そんな止まぬツッコミを心のうちで唱えていると。
「はて? でも、いつからリフォームしたんだったかね~、昔は台所もガスストーブだったんだけど……」
何やら深く考え込むような素振りを見せる。
その様子を見ながら、ミコトは質問を続けた。
「たとえば……以前ガスが原因で失態を犯したとか?」
「……失態…………」
と、そんな時。
突如地震が起きたのか、家の中がガタガタと揺れだした。
「おい、この地震、結構デカいぞ。千代さん、一旦外に……」
危機を察知した俺は、一度二人の会話を中断して避難を優先させようとするが。
「ここは……私が何十年も前から住んでいる家……けれど……違う……本当の家は…………」
揺れる地震など気にも留めず、自らの思考に没頭する千代さん。
「千代さん! いいから早く!」
ともかくこの状況はまずい。そう思い、千代さんの腕を掴み無理やり外へ避難させようとした時。
「え…………」
突然だった。
発火要因など何もなかったはずなのに、突然家の中が炎に包まれる。
「なんで……急に……」
理解が追い付かない俺は、ふと悠長に正座しているミコトへ目を向けた。
彼女もまた火事に地震に……厄災コンボの渦中でも逃げようとはせず、落ち着いた様子で千代さんを見続ける。
そしてミコトは千代さんに向け言うのだ。
「思い出して、あなたの過去。逃げずに、まっすぐ見据えて」
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