13話 千代ばあちゃん
直里は一通り身の上を話した後、商店街へ向かうと言って家を出た。
どうやら彼女が患っているらしい時間巻き戻り現象は、何か新しい建物が建ったり、地形が変化する前兆に起きるそうだ。
この島もケータイやパソコンのように、アップデートのようなものが必要なのか知らないが、俺達の気づかないところで島が新しくなると時間が逆行するのだとか。
それによって人々の行動にも変化が起きるらしく、直里はその変化をいち早く察知する為、島で一番栄えている商店街で道行く人を観察するのが日課らしい。
ここから出られる手掛かりがないかと……同じ年を繰り返しながらずっと。
現在、俺とミコトも直里に倣って町の探索に出かけていた。
とはいえ、俺は直里のような違和感など微塵もない為、主にミコトの島案内ツアーになる予定だ。
自転車を漕ぎながら、まだ行っていない観光名所……とも言えないが、神社や展望台などへ向かう……その途中だった。
『ばあちゃん、千代ばあちゃん』
また、この間の男の子の声が聞こえた。
……そういえば以前もこの辺りから声が聞こえてきたな。
後ろにミコトも乗せているし、気にしないフリをしようかと思っていると。
「冥府からの声……こんなところで」
ボソッと、ミコトは呟いた。
聞こえているのか? この声に。
「ミコト、今の声……聞こえるのか?」
「当たり前でしょ。こんなにはっきり聞こえてくるんだから」
俺以外で、この謎の声を聞き取れた人間は今までいなかった。
自分にしか聞こえない声だと思っていたから。
俺は自転車を止め、ミコトに尋ねる。
「ミコト、お前も霊感体質なのか?」
「え、別にそういうのじゃないけど……。逆に他の人は聞こえないの?」
仲間意識が芽生えた俺は同士が増えたことを嬉しく思うが、ミコトは依然ドライな反応だった。
まるで当たり前のように。
「俺以外、誰も聞こえないらしい。以前それで気味悪がられたから、友達にはひた隠しにしているよ」
「そう……」
そんな相槌を打ちながら、ミコトは荷台から降り、声がする茂みのほうへ歩を進めた。
そしてそっと耳を澄ます。
「おい、大丈夫なのか?」
心配する俺にミコトは「平気」と軽く返し、男の子らしき声をじっと聞いていた。
『千代ばあちゃん、ごめんなさい。僕がちゃんと火の元を見ていなかったから……ばあちゃんのせいじゃないんだよ。だから、もうこっちへ来て、一緒に行こう』
釣られて俺も聞いていると、次第にその声は謝罪の言葉を口にし始める。
切実そうな思いが、声を通して伝わってくるようだ。
そんな声を聞いていると、不意にミコトは俺に尋ねる。
「ねえ圭、千代っていう人、あなた知らない?」
……この子の願いを、叶えようとしているのか?
そう思いながら、俺は頷いた。
「同一人物か知らないけど、うちの近所に同じ名前のおばあさんがいるよ」
そう言うと、「連れてって」とミコトは言った。
そして、俺達は予定を変更して自宅への帰路を戻ることに。
着いた先は、古風な木造の家。
久しぶりに敷居をまたぎ、インターホンを鳴らす。
すると、奥から小柄の可愛らしいおばあさんが顔を出してきた。
「おや、しょうちゃんかい? 久しぶりだねえ~」
「あ、圭です。ご無沙汰してます」
いい人なんだけど、三回に一回の割合で名前間違えるんだよなぁ……。
「そうそう、今朝おはぎ作ったのよ。せっかくだから上がってきなさいな」
と、ニコニコと俺の腕を掴み家へ招き入れる千代さん。
「いや、でも……」
どうしようか迷っていると、ミコトは俺を横切り、「お邪魔します」と一言添えて家の中へ入っていくのだ。
思いの外図々しいな。
そして千代さんはお茶と共におはぎをテーブルに並べ、静かに正座をすると。
「それで、今日はどうしたんだい? 可愛いガールフレンドと一緒で」
「えっと、なんて言えばいいか……」
ミコトの要望で来たはいいけど、実際なんて言えばいいんだ?
俺が躊躇していると……。
「おばあさん、聞きたいんだけど、あなたにお孫さんはいる?」
淡々とミコトは千代さんに尋ねる。
「……孫…………私の、孫?」
すると、千代さんは何かを思い出すようにぼうっと上を向く。
しばらくして、千代さんは口を開いた。
「そうねえ……もう何年も会っていないけれど、翔太っていう孫がいるの」
過去を振り返るように千代さんは話す。
「元気な子でねぇ、昔はよく遊んであげてたのよ。……いつから別居するようになったのか、よく覚えていないんだけどね」
千代さんの様子を見た彼女は「もしかすると……」と呟きながら、俺のほうを向いて告げるのだ。
「圭、今からこの人を解放するわよ」
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