86 愛玩奴隷 筋肉令嬢の事情を知る
それより、このティキさんが、どうしてこんなところにいたのか? の方が気になる。
「あの、こんな事を聞くのは失礼かもしれないんデスけど……ティキさんは、どうしてココへ?」
「私? 私は……」
聞けば、彼女、ある町の貴族の娘なのだとか。
その町は珍しく精霊樹の丘が、すぐ近くに二本立っており、双樹丘街と呼ばれている。
だが、どちらの精霊樹の丘も、高さはあまり無いため、貴族としての身分は低く、高所に自生する薬草類には恵まれていない。
その代わり、魔力米という、食べると魔力容量を増やす事ができる穀物が特産品であり、また、近くに魔鉱石の鉱山が存在している農業と鉱業の街だ。
そして、普通は一つの街を治める領主は一つの家なのだが、ソロルジアは、二つの貴族家が協力して、一つの街を治めている。それが、この街の最大の特徴だ。
ティキさんのナージャ家が、その二つの家の内の一つだそうだ。
「ティキさんって、獣人なのに貴族なんデスか?」
亜人の貴族って、エルフやドワーフみたいな異人種以外は、珍しいんじゃなかったっけ?
「本当の両親は赤炎狐族の平民よ。ソロルジアで川魚を獲る漁師を営んでいたんだけど……」
ティキさん曰く、彼女が幼い頃、両親はご病気で亡くなってしまったのだとか。
ただ、ティキさんは深緋狐という赤炎狐種から稀に生まれる魔力の高い希少種だったこともあり、ナージャ家の養子になったそうなのだ。
だが、やはり獣人を貴族の一員として迎える事を快く思っていない奴らも多かったらしい。
特に、ソロルジアを治めるもう一つの貴族家の方が大反対しているとのこと。
「……やっぱりティキさんが、獣人だからデスか?」
「それもあると、思うけど……あっちは、嫌なんじゃないかしら? 私と結婚するのが」
ティキさんは、いたずらっ子のような笑みを浮かべ、右腕の力こぶをお餅のようにパンパンに脹らませた。
なんでも、ソロルジアの二つの貴族家は、お互いに最も魔力が高い男女が結婚する事を半ば義務付けているのだとか。
ナージャ家で最も魔力が高いのが彼女であり、もう一つの家では、2つ年上の男性が、最も高い魔力を持っているそうな。
貴族では10歳程度の年齢差がある夫婦は珍しくない。
そんな中で、これだけ年の近い男女が共に最も高い魔力を持っているケースは割と珍しいのだとか。
ただし、そうはいっても、お互いの相性があまりに悪い場合はその限りではないそうだ。
「私もあんな許嫁は嫌だったから、断られるように……と思って、この身体になるまで鍛えたの。だけど、婚約をご破算にするために、わざわざ私を愛玩姫妓として売り払うとは思わなかったわ。あの男……短絡的でプライドばっかり高くて、愚かだとは思ってたけど、ここまでだとはね。恐れ入ったわ」
ティキさんは、まるで中二病時代の自分自身のアルバムでも覗き込んでいるような自嘲気味な黒い笑みを浮かべた。
な、なるほど……
仁王な彼女がココに来たのは誘拐ではないようだ。
「あんな奴に騙された自分にも腹が立つけど……」
可愛らしい氷壁色の瞳に、めらり、と何かの炎が煌めいたのが見えた。
筋肉へと養分を送る血管が、ぼこり、と盛り上がったのは気のせいではない。
「でも、アイツに任せていたら、ソロルジアはあっという間にダメになっちゃうわ。ナージャ家や町のみんなを助けるためにも、私は戻らないと!」
「そうデス! 僕も戻らないと……リーリスさんやエシル姐さんに心配されマス!」
僕だって一応『暴虐のエシル・ソフィ、破壊神の右目から生まれた薬剤師』の弟子なんだから!!
絶対、ダリスへ……リーリスさんの所へ帰ってやるんだっ!!
となると……まずは、現在地であるこの『楽園』の位置を確認しなければ!
「ティキさんは、この『楽園』がどこにあるのかわかりマスか?」
「そうね……もっと見晴らしの良い所に行けば、【千里眼】で分かるかもしれないわ」
聞けば、千里眼とは、元の世界でいうところの「望遠鏡」だ。遮る物さえなければ、かなり遠くまで見渡す事ができるらしい。
元の世界と違うのは、その視界を3人まで同時共有することもできる点だろう。
「ここに来る途中に、庭園のようなところがありマシた!」
「行ってみましょう」
僕とティキさんは、危険ドラッグまみれのお菓子類を放置したまま、席を立つ。
改めて、この応接間でくつろぐ少女達を見ると、お菓子を口にしては幸せそうにぼんやりしている娘や、少女同士でイチャイチャしている娘が妙に多いように思えた。
……これ、出て来る食事が全部この手の汚染食品だとすると、餓死するか、あっちの仲間入りか……
早く抜け出さないとヤバイぞ……!
僕たちは、その甘く柔らかな地獄に背を向けて廊下を進む。
目を付けていた庭園には、すぐに出ることができた。
やわらかくて、ほんのり温かい大地には、南国で育つようなシダっぽい植物が元気に葉を伸ばしており、中にはヤシのように背の高い植物もある。
建物は直線的な総2階建て。壁は鮮やかなモザイクタイルで彩られ、つい、今が冬であることを忘れさせていた。
だが……
「なに? これ……?」




