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78 薬屋の弟子 温泉の誘惑



「「「いらっしゃいませ」」」


 居並ぶ従業員さんのお出迎えの声が響き渡る。

 そのほとんどが普通の人間だ。亜人は少ないみたいだけど、特に問題無く歓迎して貰えている。


「ひ、広いっスね……」


 確かに。

 まるで、温泉のテーマパークだ。

 元の世界のスーパー銭湯を思い出す。


 僕たちはチェックインを済ませると、宿泊用の一部屋へ通された。


 さぁ! ここから先は、存分に温泉を堪能するのだ!


 ……と、思ったのだが、どうやら、このクラスの高級旅館になると、部屋に着いてすぐに訪問式ルームサービスがあるらしい。

 扉をコンコンとノックされ、人の良さそうな青年がワゴンを押して入って来た。


「ようこそ、空色温泉『月の雫亭』へお越しくださいました! 当宿では、ご入浴の前に甘いフルーツとアルコールのサービスを行っております」


「お酒っスか!?」


 リーリスさんが両耳をぴん、と立てて瞳をキラキラさせる。

 このサービスだけで、酒飲みエルフのハートをガッチリ掴んだご様子。


 入浴前に甘いモノはともかく、お酒は良くないんじゃなかったかなー?

 まぁ、せっかくココまで来たんだから、無粋な事は言うまい。

 お酒が抜けてからの入浴だって別に構わないはずだし。

 

「へぇ~。あ、これはブダウかい? ……アタシは少し休憩してから行くよ。アンタ達は好きにしな」


 エシル姐さんはそう言うと、サービスワゴンを押して訪問してきた店員さんから、オレンジ色の葡萄のような果物を受け取ると、窓際の景色の良い席でそれを食べ始める。


「この季節にブダウなんて珍しいっスね~」


「ありがとうございます。この三日月島は、大昔、炎の神の怒りに触れ、島のほとんどを消し飛ばされたと伝わっていますが、それを哀れに思った大地の女神様が特別に加護を与えてくださったのです。そのため、常に大地が温かく、特殊な野菜や果物の栽培が盛んなのです」


 店員さんはにっこりと微笑んで解説してくれる。


「ほう? このブダウは良い味してるよ。白甘藍ネージュキャビジ族でも、この季節にココまでの味を出せるヤツは珍しいんじゃないかい?」


 エシル姐さんが関心した様子でオレンジ色のフルーツを口へと運んでいる。


「お客様も、是非、ご賞味ください。こちらのブダウより作りましたブダウ酒は当宿でも自慢の一品でございます」


 とろり、と器に注がれた琥珀色の液体に、リーリスさんの喉がゴロゴロと音を立てている幻聴が聞こえた気がした。


「じゃ、ちょっとだけ……あー、美味しいっスね~」


「んんん、意外とアルコールがしっかりと感じられますな」


「はい、酒の精霊に愛された特別な湧き水を使用しております」


 僕もエシル姐さんからブダウを貰って嚙り付く。

 薄皮が裂けると、ぷちゅっと、甘く、瑞々しい果汁が口いっぱいに広がる。

 元の世界の食べ物で例えると、シャインマスカットとびわを足して割ったような……全く酸味が無く、皮ごと食べられるけど、中央に結構大きな種が一つ入っている。

 甘さはシャインマスカットよりもさらに強烈に甘く……僅かに炭酸みたいなシュワっとする風味がある。


 これは、美味しい!


 しかし、僕は、こっちの世界に来てから初めての本当の温泉が楽しみすぎて、気もそぞろだ。


 うん、ブダウも良いけど、温泉ですよ! 温泉!

 それに、冷たくて甘いフルーツは、風呂上りに食べた方が絶対美味しい!


「エシル姐さん、温泉行きましょうよ~、ブダウはお風呂上がりの方が美味しいデスよ!」


「チビ助、アンタ行きたければ、先に温泉に入っておいで。ただし、この宿から外に出ちゃいけないよ?」


「レイニー、のぼせないようにするんスよ? のぼせそうになったら、お風呂にいる湯女ゆめさんに声をかければ大丈夫っス」


 この手の施設では、「湯女ゆめ」「湯男ゆを」と呼ばれるサービス要員の人が常に風呂場に数人待機しているらしい。


 浴室でも白いワンピースのような湯着を着用し、青いタスキをかけているのが特徴だそうだ。

 のぼせたり、気分が悪くなった、というような緊急時だけでなく、背中を流して欲しいとか脱毛や髪染めサービス、髭剃り、あかすり、マッサージなんかもお願いすればやってくれるのだ。

 ……無料で。


 いや~、日本のスーパー銭湯より至れり尽くせりかも……

 まぁ、その分宿泊費に上乗せされるんだろうけどね~。


 リーリスさんとロレンさんはすっかりブダウ酒が気に入っているみたいだし、エシル姐さんも珍しくお酒を嗜んでいる。


「お嬢様、湯舟はココを出て、つきあたりを右手でございます」


 まぁ、この宿の中なら、一人でも平気か。


「じゃ、お先にお風呂いただいて来マスね~」


 この判断を、僕は深く後悔する事になるのだが、この時点では、お湯につかりたい、の一点の欲望のみが全身を支配していたのだった。



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