77 薬屋の弟子 温泉街はアンダーワールド
そんな訳で、やって来ました三日月島~!!
わー、パチパチパチ~!
ダリスからは東の港から船で2時間程度。
この海、富山湾みたいな地形で、石川に当たる位置に割と高い山がそびえ立って居るため、冬の突風が遮られている。そのため、かなりの悪天候以外は船の航行が可能な穏やかな海なのだ。
「ふぅ、着いたっス~!」
降り立った三日月島は冬だというのに、地面には雪が一切積もっていない。
立ち並ぶ建物はまるで古代ローマみたいなコンクリートっぽい白い石で出来ていて、その建物の上には雪が積もっている。
至る所から源泉が湧き出しているみたいで、街のあちこちから湯気が噴き出している。まるで、元の世界の別府温泉みたいだ。
おそらく、地面は地熱で温かいのだろう。
ダリスではとうに葉が落ち、寒々しい枝だけになっている木々も、ここではまだ、葉を茂らせている。
さすがに、その葉は黄色に色づいているけどね。
そして、至る所から温泉がわき出しているのだろう。
建物の隙間に、いくつも源泉のようなものが立ち並び、シュワシュワと湯気を噴き出している。
おぉ……この場に立って居るだけなのに、ほんのり硫黄の香りがするような気がする。
同じタイミングで船から降りたお客さん達が口々にどこの温泉が一番おススメか、とか、どこの酒場の給仕娘さんが可愛い、とかそんな事を言い合っている。
と、何処かのお兄さん方が言い合っている声が耳に飛び込んで来た。
「だけど、最近、この島に来た若い女性が消えるんだと」
「そりゃ、ミナミの歓楽街には『人魚狩り』や『籠鳥起し』が出るのは当然だろ。若い女は高級宿から出る方が間違ってるって」
「いや、それが、宿から直接、姿を消すらしいぜ?」
「そんなのは、世間知らずのお嬢様が興味本位で自分から宿を抜け出したりしてんだろ? だから、女衒に捕まったりするんだよ」
人魚狩り? 籠鳥起し? 女衒?
なんじゃそりゃ?
「ふん、三日月島も物騒になったもんだね。リーリス、チビ助をちゃんと抱いときな」
「ハイっス~」
それを聞いたエシル姐さんが、リーリスさんへ指示を飛ばす。
聞けば、人魚狩りも籠鳥起しも女衒も、要は、若くて可愛い人を捕まえて性風俗関係の労働に強制的に従事させる人身売買の仲介業者の一種だそうだ。
一応、亜人を扱うか否か、とか、親の承諾を得るか否か、とか、男性も扱うか否か、で多少呼び名が違うらしい。
そんな物騒な話をするお客は、僕たちとは逆の道へと進んで行ってしまった。
どうやら、港から北側が高級宿街、南側がアンダーグラウンドのようだ。
「ふん、最近はココも物騒になったって聞いたけど、相変わらずの賑わいじゃないか」
エシル姐さんが蒼銀色の髪にさしている、いつもの青い花の髪飾りを弄りながら不敵に笑った。
「んんん、三日月島と言えば湯治のイメージだったのですが……」
「ハンッ! 正確には湯治よりも花と色の街だよ、変助」
エシル姐さんは、ロレンさんの事を時々、変態じゃなくてて変助って呼ぶんだよね。
これも彼女なりの親しみを込めた呼び方なのかな。
ちなみに、僕は「チビ助」、リーリスさんは「ポンコツ」、そしてオズヌさんは何故か「ヘタレ」なんだよね。
きょろきょろとリーリスさんの腕の中から街を見ると、明らかにその手のお店……とでもいうのか?
たぶんエッチなイラストを看板に彫り込んだお店が点在している。
何で、「たぶん」なのかというと、絵の質が元の世界とは違い過ぎて、僕の目には軽く前衛美術に見えているせいだ。
エジプトの壁画とロシアのイコンを足して割ったというか……
女の人と思われる横向きの裸体(?)の胸部についたお椀に、顔面をくっつけて、股間のキノコ雲に手を伸ばしている男性の絵、とか、男性器に直接猫科動物の手足が付いた一見すると魔物のような絵、とか……
あ、あっちの看板はパブロ・ピカソのゲルニカ風?
しかし、よくよく聞けば、チャラい感じのお兄さん達が、声高らかに呼び込みをしているからお色気系のお店に間違いはないのだろう。
「ウチのお店は全員可愛い男の娘ばっかりだよ~」「初めての触手プレイなら当店にお任せ!! 良い触手が揃ってるよー!」「赤ちゃん体験プレイおススメですよ~! 年下ママにおしめを替えて貰おうキャンペーン実施中!」「女の子同士で新たな扉を開きませんか? 女性半額! 百合見学10%引でーす」
いきなりニッチな品揃え!!
こっちは、まだアンダーグラウンドの世界じゃ無いはずなんですけど!?
しかも、どこも案外賑わっている……!
見れば、鼻の下を伸ばしたお兄さんやおじ様方が、かなりピンポイントな性癖をピックアップしている店内へとガンガン吸い込まれて行く。
吸引力に定評のある掃除機を思い出すなァ……
こっちの世界の人は性にチャレンジャーな方が多いのかなぁ?
変態文明として世界に名高い元・日本人を驚愕させるとはッ……!
恐るべし、三日月島!!
エシル姐さんが何やらもぞもぞとしていたロレンさんに一瞥をくれると、「やれやれ」とつぶやきながら、声をかける。
「変助……アンタ、今ここで全裸で踊り狂っても構わないけど、その場合は金輪際、アタシの薬の被験者はお断りだよ!」
「んんん! か、かしこまりましたぞ!!」
ロレンさんは、何かを決心した様子で、少し緩んでいた服の襟を正す。
……うん、紳士、紳士。
そんな一癖も二癖もある歓楽街を抜け、僕たちが割引チケットを貰った施設は、三日月島の中でも北側、結構お値段の張る……いわば一流に属している宿だった。




