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76 薬屋の弟子 小さな親切大きな……


「おお、助かったよ、兄ちゃん!」


「この辺りは、小さな小川が雪に埋もれてルマ車は走りづらいっスよ。あっちの杭……見えるっスか?」


「ああ。」


「あの辺りからは、道が整備されてるはずっス」


 そういうと、リーリスさんは、おっちゃんとルマ先導して、荷車を走りやすい道へと誘導する。


「すまねぇな、兄ちゃん達、助かったぜ。ああ、そうだ、これ、礼だよ。使ってくれ」


 おっちゃんが、ひょいっと一枚の皮用紙のようなものを懐から取り出し、リーリスさんに手渡す。


「三日月島の『空色温泉』割引券っスか?」


「ああ! 友人がそこで働いていてなー、割引券がたくさん有るんだ。」


「でもこれ、『男女ペア特別割引券』って書いてあるっスよ?」


 おっちゃんは笑いながらロレンさんにも皮用紙を手渡す。


「何だ? 兄ちゃん達、どっかに良いコレ、いねぇのか?」


 おっちゃんは左手の小指を立てて、ちっちっち、と小さく横に振る。

 どうやら、これ『彼女』を指すフィンガーサインらしい。


「にゃはは、居ないっスよ~」


 リーリスさんがあっけらかんと笑う。

 そっか。……リーリスさん、モテそうなのに。


「そうかい? じゃ、それでも使って気になる子を誘ったらいいさ」


 おっちゃんは、豪快に笑うと、お礼を言いながら去って行った。


「ん~。これ、どうするっスか?」


「むむむ、ワタクシ、実家に帰れば結婚を約束した幼馴染が居ますが……」


「ええええええ!?」


 ロレンさんの衝撃発言に、思わず絶叫する。

 いや、この事実は驚いて良いはずだ。


「ろ、ロレンさん……婚約者が居るんデスか!?」


「ええ、おりますぞ」


 なお、リーリスさんは既に知っているのか、それほど驚いた様子は無い。


「そ、それってドSの女王様なんデスか!?」


「ドエス……? それはよくわかりませんが、女王などではありませんぞ? ですが……色々ありましてな? 変態紳士の称号を得た時に、ワタクシめは、彼女の親から町を追い出されてしまったのですぞ」


「あー……」


 それは……まぁ、親のお気持ちも分からんでもない。


「しかし、三日月島ですか? その程度の低温では最近物足りなくて……」


 なんでも、大昔この辺りにデカイ火山島が有ったらしいのだが、島の住人が、神の怒りを買ってしまったため、大噴火を起こして島のほとんどが吹き飛び、海に沈んでしまった火口の一部が三日月島……という伝説があるらしい。


 どこまで本当か嘘か分からないけど、三日月島には、温泉施設が豊富だし、温かい海水が湧く湾もあるし……ダリス側にだって熱い海水が湧いている銭湯があるから、近くに火山があった、という話には信憑性がある気がする。


 ただ、ロレンさん的には三日月島の温泉はかなりぬるいようだ。

 この人、素肌に火の粉ぶっかけプレイとか、エシル姐さんの炸裂弾を尻の穴の中で爆発させたりとか、真っ赤に焼けた鉄の棒で打ってもらったりとか……常軌を逸した刺激を是としているから、100℃程度のお湯はぬるま湯なのだろう。

 

「ロレンさん……たまには皮膚の細胞さんに、優しい温度を体験させてあげても良いと思うんデスけど……」


「サイボウ殿とは?」


 あー、そうか……こっちの世界は、そういう概念が薄いんだっけ。

 説明するのも面倒くさいな。


「いえ、何でもないデス……」 


 その時に、チケットをまじまじと見つめていたリーリスさんが、口を開く。


「ねぇレイニー、せっかくだし、俺と一緒に温泉行くっスか?」


「へ!? い、良いんデスか??」


 思わず声が裏返ってしまった。


 だって、だって、だって!

 リーリスさんみたいなカッコ良くて若い男の人が、僕みたいなちんちくりんのガキのお守りで温泉、なんて! 普通、嫌ですよね!?


 いや、僕は温泉行きたいですけど!!


 でも、彼女が居なければ、若い男友達だけで遊びに行き、ナンパして可愛い女の子と、ひと冬の熱いアバンチュールをぶちかます夢を見るのが男子って生き物じゃないんですか!?


 幸か不幸か、ロレンさんだって顔面造形は良好な部類だし!


 僕が挙動不審でわたわたしていると、リーリスさんが小首をかしげて微笑んだ。


「だって、レイニーお風呂好きじゃないっスか~」


 にこっ


 バシュゥゥゥンッ!!


 ちょ!? 僕の心停止中な乙女心さんに自動体外式除細動器《AED》を施術するのはヤメテ!!!

 蘇っちゃう、蘇っちゃうから!!! 


 顔面の流血量が増大するのを自覚しつつも、僕が答えに戸惑っていると


「ね?」


 と、ダメ押しの仏も惚れるリーリスさんのアルカイック・スマイル、炸・裂ッ!!

 一本に縛られたミルクティー色の髪が、雪を舞い上げた風に揺られてキラキラ輝く。

 はちみつ色の瞳がとろりとやさしく蕩けた気がした。


「行きマス! 行きたいデス!」


 僕は、もろ手を挙げて賛成していた。


「ロレンも、特に行きたい人が居ないなら、姐さんを誘ってみんなで温泉に行くのはどうっスか? 多分、温泉なら、姐さんも行きたいと思うんスよね~」


「そうですな。エシル殿にはお世話になっておりますし、ちょうど、4人分ですからな」


 あんたら、本当にそれでいいのか!?

 僕は温泉に行きたいから別に良いんですけどぉぉぉぉ!!


 え? お二人とも性欲とか無いの?


 男性は15歳超えたら、爆発しそうな股間と心にどうにか折り合い付けて日々暮らしている生き物だって、元の世界の先輩から聞いたんだけど?


 違うの??

 エルフって種族のせい?

 それとも変態紳士になると性欲も変質しちゃうの?!


「レイニー、温泉、楽しみっスね~」


 だが、リーリスさんの言葉に、ごちゃごちゃと混乱していた思考回路が一瞬で吹っ飛んだ。


「は、ハイ、楽しみ、デス……」


 リーリスさんの楽しそうな言葉に、ゲンキンな僕は、何だか雪の白が全部虹色に光輝いて見えるような気がしたのだった。



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