60 薬屋の弟子 お姫様の本性を知る
「「な?!」」
実にあっさり「帰る」と宣言したリーリスさんの言葉に、首脳陣は三人揃って絶句した。
「そんなに条件が悪いなら、お金は要らないっス。別の方法を考えるから、いいっスよ。じゃ!」
何の躊躇も無く、さっさと立ち去ろうとするリーリスさんを焦った様子で止めに入ったのは若い宰相さんだ。
「お、お、お待ちください!」
相当焦ったのか、声が裏返っちゃってる。
「ダリス領主であるイサーク家の【回復魔法】は、傷や怪我の治癒には長けているものの、病に対しては、あまり強くありません! 薬学については、在野の薬師に敵わない事は承知しております!」
へー? 【回復魔法】って、病気系には弱いんだ?
魔法をかけると、病原菌まで回復しちゃうから、逆に悪化させちゃう~とか、そんな感じなのかな?
「では、税として納める分が4割、残りの6割については、そちらの提示価格でダリスの買い取りとさせていただくのはいかがですか? そうすれば、町全体の薬屋等で一気に販売できますし、買い取り方式なので、作成者殿は、在庫を抱えるリスクが無くなります」
んー……それなら、まぁ、良いかな?
どのみち、ソフィの薬屋だけで販売するより、ダリスの町全体で一気に売りさばいて貰った方が、助かるし。
どうやら、リーリスさんも、宰相さんの提案なら悪くない印象を受けたご様子だ。
(それなら、受けて良いと思いマス)
(そうっスね)
しかし、僕たちが小声で打ち合わせしていたのが、リーリスさんが悩んでいるように見えたらしい。
「……納税分は、3割で……!」
条件が、さらに良くなったでござる。
「分かったっス、それなら……」
「ちっ、亜人なんぞをそんなに優遇するから、付け上がるのですぞ……」
忌々しそうに舌打ちする監査役のおっさんを後目に宰相さんは弾んだ調子で
「では、詳細は別途ご説明しましょう」
と、安堵の息をついている。
「あら~、そういうことになったのね。じゃあ、今日は、おしまいね。」
お姫様が、あくびを噛み殺しながらチリリン、と鈴を鳴らす。
こうして、僕たちの初めての謁見は幕を閉じたのだが、むしろ、本番はこれからだったのだと、その時の僕たちは知るよしも無かったのである。
衝撃が走ったのは、宰相さんに案内されて一緒に別室に入った時だった。
ぱたん、と扉が音を立てると同時に、宰相さんは体型を覆い隠すようなローブを脱ぎ捨てる。
「流石ね!! こんな短期間であの凶悪な皮膚死病の予防薬を作り出すなんて! すごいわ!」
少し前までの敬語をかなぐり捨て、そう言い放った宰相さんは、妖精の皇女様が裸足で逃げ出すくらい神秘的な美少女だった!
腰まであるクリーム色のストレートヘアは、部屋の窓から差し込む光を反射してキラキラと七色の光を放っている。
まるで、髪も、瞳も、まつげの一本まで、宝石のオパールで出来ているみたいだ。
しかも、その華やかな色彩に全く負けない整った顔立ち!
うわぁ……めちゃくちゃキレイな子だあぁぁぁ!
こう言っては少し失礼だが、あのお姫様の……明らかに染めました! って感じの髪色とは、比べ物にならないくらい、こちらの方が断然、かわいい。
「こ、これは……フード姿じゃないと、完全にアローア姫が、霞んじゃいマスねぇ……」
僕が思わず呟いてしまった言葉を宰相さんが拾う。
「ッ?! ……だ、誰かいるの?!」
警戒の声を上げた瞬間、
ばたん!!
部屋の壁が忍者屋敷のどんでん返しのようにひっくり返った。
かとおもったら、ドレス姿のお姫様が長剣片手に、宰相さんを護るように飛び込んで来ていた。
「うわぁっ?!」
目にも止まらないとは、この事か。
思わず、びっくりして小さな悲鳴をあげちゃった。
「ご無事ですか!? イサラ姫様っ!!」
「うわぁっ!? 俺たち敵じゃないっスよ!」
「イサラ姫様? 宰相さんじゃないんデスか? 」
「こ、小鳥が喋った……?」
四者四様の驚きの声がぶつかり合う。
……まずは、全員、現状把握が必要であるようだ。
とりあえず順番に情報交換した結果、実は、あの謁見の際に中央の席に座っていたこちらの女性……どうやら彼女は、こちらのイサラ・イサーク様の護衛兼侍女であるらしい。
つまり、僕がお姫様だと思っていたアローア・ヒメさんはいわば影武者。
そう言われて、【鑑定】でキチンとアローアさんの職業まで確認してみれば、「侍女」って出てたわ……
あの時は、中央で一番エラそうに座っていたし、てっきりお姫様だと勘違いしていて、わざわざ職業を【鑑定】しようと思っていなかったから、表示されなかったのね。
で、こちらの宰相の位を兼任しているのが、正真正銘お姫様のイサラ姫。
何でこんなにややこしい事になってるのかというと、あの監査役の目を誤魔化すためらしい。
「でも、どうしてアローアさんにお姫様のフリなんてして貰っているんデスか?」
「アローアなら【回復魔法】も使えるし、ヒメ様、と声をかけてもウソにはならないわ。だって、アローアの家名は本当にヒメだもの。」
あ、確かに。【鑑定】した時にフルネームがヒメなんだな~って、思ったっけ。
「それに、私は正式に、この街の宰相職に就任しているもの!」
イサラ姫がそういいながら自信たっぷりに胸を張る。
「私たち、イサラ様に仕える者としても、あの監査役が姫の配偶者となるなど、耐えられませんわ!」
なんと、あのおっさん、子爵位であるダリスの姫君が【回復魔法】の扱いに抜きんでた才能を持ち、尚且つ、七色に輝く髪の美少女……という噂を聞きつけ『4人目の嫁として娶るか見極めてやるから、視察をさせろ』と、今回、無理矢理監査役に就任したというのだ。
えぇー!?
あの監査役、どう見ても、40~50歳近いジジイだよ!?
下手したら、そろそろ孫が居てもおかしくない感じなのに、どう見ても10代の少女を嫁に?
しかも四人目?!
キ、キモすぎる……
「だから、アローアも他の皆も、アイツを騙すのに協力してくれているの。アイツの部下に【傀儡】の祝福を持っているヤツもいるのよ。万が一にでも、アイツに気に入られちゃったら、【傀儡】で操られて婚姻証明書にサインさせられちゃうわ」
それだけはゴメン、と愛らしい唇を尖らせるイサラ姫。
そりゃ、協力するわ~……つーか、心底協力してあげたくなるわ……同じ女の一員として。
ちなみに、現在、アローアさんがわざとらしく髪を七色に染め、獣人や亜人に対しては好意的な発言をくりかえし、それ以外は無気力に振る舞ったり、空気を読めない行動をする事で、監査役の『ダリスのお姫様』に対する好感度はダダ下がりしているらしく、作戦は一定の成果を上げている。
最近では「噂など当てにならない。こんな田舎はもう嫌だ、すぐにでも中央に帰りたい」との意見を全く隠さなくなっているそうだ。
もしも、皮膚死病の流行が終われば、直ぐにでも中央に戻ってくれるだろうと確信を得ているらしい。
「あの、先程は、失礼いたしました。その……要領を得ない話し方で困惑されたでしょう?」
アローアさんが申し訳なさそうに悲壮感すら漂わせ、頭を下げる。
「エルフ族の髪の色について、ああいった場で言及するなんて、非常識で破廉恥だとは存じ上げていたのですが……申し訳ありません」
「あー、そんなの気にしないで欲しいっス。俺、この色、結構気に入ってるんスよ~」
リーリスさんがキャラキャラ笑いながら明るい調子でアローアさんをフォローする。
どうやら、あの謁見室のやる気の無さそうな態度やアホっぽい口調は必死に演技していただけみたいだ。
アローアさんは「姫様はいつも無理難題が過ぎます!」と呟き、まるで苦悩するラオコーン像が女性になったような顔を浮かべている。
謁見の途中では、宰相さんって若いのに苦労人だな~、と思ったけど……違うな。
本当の苦労人はアローアさんだわ。
確かに【鑑定】した時、宰相さんの方が【回復魔法】のレベルが高いじゃん? とか思ったけど、そっか~、こっちが本物のお姫様だったのね。そりゃ、高い訳だ。
恐縮しまくりのアローアさんを後目に、イサラ姫が、この話はこれでおしまい、とばかりに話を変える。
「それにしても、喋る小鳥なんて、珍しいわね?」




