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59 薬屋の弟子 お姫様に謁見する


(リーリスさん、部屋に入ったら頭を下げたまま、中央の発言台の前まで進み、その前で膝立ちになってくだサイね)


(了解っス!)


 この世界の作法として、このような公の場で平民は、発言を許されるまで顔を上げてはいけないのだそうだ。

 僕の場合は小鳥の姿なので、床を見つめざるを得ないリーリスさんに代わり、直訴室の様子をうかがう。


 室内は、裁判所みたいな飾り気のない質素な部屋だ。

 おそらく、正面……裁判長の座る位置の柔らかそうな椅子に座っている女性が例のお姫様なのだろう。


 お姫様のイメージどおりの白ベースの割とシンプルなドレスを纏っているのだが、地味なのは服だけで、腰まである、ゆるくウェーブした髪の色は虹色だ。

 いや、正確には、虹色というより七色? そ、染めているのかな?

 お姫様と呼ぶには、なかなか斬新なファッションモンスターぶりである。


 ただ、退屈を噛み殺している眠そうな表情は、せっかくの美少女の魅力を1割くらいは損なっている気がする。


 そのお姫様を中央に、右に立っているのが、黒っぽいローブを纏い、自分の身長よりも長い杖を持っている華奢な青年だ。

 目深にフードを被っているので顔立ちは認識できないけれど、多分、こっちが苦労性の宰相さんだろう。


 そして、左に立っているのが、でっぷりふとった水色の髪のおっさんで、こちらはお姫様より煌びやかな衣装に身を纏っている。

 金糸・銀糸はもちろん、宝石らしき物まで縫い付けられている。

 た、高そう……

 こっちのおっさんは、リーリスさんを見た瞬間、顔をねじ曲げて「ふん、亜人が我々に謁見するなど……これだから田舎は……」と、ブツブツ文句を垂れ流していたのが僕の耳に届いたから、間違いなく中央の監査役だ。


 室内には、他にも槍を携えた二人の兵士さんが立っている。

 一人は、セイウチの獣人さんで、もう一人は、普通の人間さんに見える。だが、彼らが会話に加わる事は無さそうだ。


 僕が中に居た人々を観察する間に、リーリスさんは発言台の前で膝立ちの体勢で首を垂れる。膝立ちの位置に、きちんとクッションを置いてくれている配慮はありがたい。


(リーリスさん、顔を上げて良いって言われたら『お初に御目文字おめもじつかまつりマス』と前置きしてから、『わたくし、薬師として働いておりマス、リーリス・リンと申しマス』って自己紹介してくだサイ!)


 こそこそと、リーリスさんの耳にささやく。

 了解の意で、リーリスさんの耳がぴこん、と小さく跳ねる。

 

「次、おもてを上げよ。」


 監査役のおっさんのエラそうな声が響く。


「はい、お初に御目文字おめもじつかまつります。わたくし、薬師として働いております、リーリス・リンと申します」


「あら~、最後の謁見は、エルフさんなのね。ヒメは獣人けものびとも好きだけど、変わった毛色の亜人も好きよ~。ヒメの親衛隊にも、もふもふさんや、ぬめぬめさんがたくさんいるのよ~。茶髪のエルフさんも仲間になったら、きっと、ヒメは気に入るわ~」


 あ、お姫様の一人称、ヒメなんだ……それにしても、ちょっとアホっぽい話し方をするお姫様だな……

 その言葉に、監査役のおっさんが、ギロリ、と中央に座るお姫様を睨むと、酢にタバスコをぶち込んで圧縮した汁を口に流し込まれたような嫌そうな顔をする。


「で、亜人風情が今回は何用だ」


 僕は、エシル姐さんやオズヌさんからアドバイスをもらったやり方で言葉を耳打ちする。


「はい、現在流行しております皮膚死病ヴァリオラについてのご提案です。実は、我が師である薬師の手で、予防薬を作り出すことに成功いたしました」


「なにっ!?」「本当ですか?」「あらまぁ」


 それは、首脳陣にとって、待ち焦がれた吉報なのだろう。

 全員が、少し前のめりに声を上げる。


「ん~、『それは本当なの~?』」


 声こそはのんびりとしているものの、お姫様の眠そうな瞳に力が宿る。

 あれ? この雰囲気……何か、エシル姐さんの【嘘発見】の時に良く似ている気が……?


 思わず、お姫様に向けて【鑑定】を発動させる。


 【鑑定】

 名前:アローア・ヒメ

 祝福:【嘘発見】・【回復魔法】階位:2


 やっぱり。お姫様も【嘘発見】持ってるんだ。

 そして、お姫様の名前って、フルネームでも姫なのね。

 これこそ正に、名は体を表す、というヤツなのだろう。


 でも、こちらの話は嘘ではないし……むしろ、本当だと分かってもらえれば、より、融資を受けるのに有利なはずだ。


(リーリスさん、アローア姫は【嘘発見】も持ってマス。ここは信用してもらうためにも、しっかり『はい』って伝えてくだサイ!)


 僕の助言に、リーリスさんは少し驚いたように瞳を揺らして小さく首を傾げたものの、ひょいっと、耳でうなずく。


「はい、間違いございません」


 リーリスさんの答えを聞くと、アローア姫は、右の人差し指を可愛く右のほっぺに当てると、チラリと宰相さんを見つめる。


「ねぇ、宰相、本当かしら~?」


「はい、【嘘発見】を使って確認したところ、この者は嘘を言っていないようです」


 あれ? もしかして、ここにいる人って、皆【嘘発見】を持っているのかな? 

 

 【鑑定】

 役職:ダリス領宰相

 名前:イサラ・イサーク

 祝福:【回復魔法】階位:8

 

 役職:中央監査役

 名前:ツルート・ハゲヌン

 祝福:【土魔法】階位:4・【水魔法】階位2・【嘘発見】

 

 あ、宰相さんだけは【嘘発見】持ってないのね。

 それなら、お姫様もわざわざ確認しなくても良さそうなものだけど……

 このやりとりも貴族的なマナーにあたるのかな?


 しっかし、この宰相さん……【鑑定】してみたら、お姫様より【回復魔法】のレベルは高いわ、【嘘発見】持ってないわで……何か、ホント……苦労してそうだな。お疲れ様です。


(リーリスさん、そろそろ本題を切り出してくだサイ)


 僕の指示に、ピクンと耳を揺らし、リーリスさんが、訴え始める。


「ありがとうございます。ですが、一つ問題がございまして、薬の作成には成功していますが、量産体制を整えるには、ある程度、まとまった費用が必要になります」


「ふぉふぉふぉ、たいした【祝福】を持たぬ亜人程度ではそこまでが限界ですな。よろしい、薬の作り方を開示し、材料を納めるがいい。後は慈悲深き我等が作成してやろう。特別に貴様には優先的に我々の設定した価格で販売してやるぞ」


 うわぁぁぁぁぁぁぁ、面の皮、ぶ厚ッ!!

 ココまで直球で「美味しい所は全部俺によこせ」って明言する輩も珍しい。

 これ、絶対、独占販売で暴利を貪る気、満々じゃねぇか!

 最近じゃ、漫画の悪役だってこんなに分かりやすく悪人してくれないよ!?


 流石のリーリスさんも図々しさにびっくりしたみたいで、ぽかん、とした顔しちゃってる。

 

 こういう場合、身分の低い平民が「嫌です」と、直球を伝えた所で聞き入れて貰えない事はエシル姐さんからも事前に聞いている。

 なんとか、この提案を蹴り飛ばさねば。

 だけど、【嘘発見】持ちの監査役のおっさんに、嘘はつけない。


(リーリスさん、こういう感じで伝えてくだサイ)


 僕は、断る口実を耳打ちする。

 

「残念ですが、この薬の作成には、かなり珍しい【祝福】を扱う紳士に協力をいただいております。他所で作成するのは、少々難しいかと愚考いたします。」


「珍しい【祝福】? ふぉふぉふぉ、我々は、御柱みはしら様、ひいては、英雄アールルス様の大いなる加護を受けておる。【祝福】を4つ以上持つ者も珍しくはない。そして、我がいとこの妻の兄弟の親友のはとこには【時空魔法】の【祝福】を持つ者さえいるぞ。その珍しい【祝福】とやらを申してみよ」


 【時空魔法】って、名前だけで、なんか凄そうっていうのは分かるけど……

 でも、いとこの妻の兄弟の親友のはとこって、かなり遠くないか?


「はい、【被虐嗜好】と【倫理魔法】です。更に、その祝福を駆使し、【変態紳士】の称号と、多くの耐性を持つ必要があります」


「なっ……!? そ、そんな使い道のないイロモノを駆使するだと!?」


 不快そうに顔を歪める監査役のおっさん。

 

 よしよし、ヤツの手駒に【変態紳士】は居ないようだな!

 まぁ、エシル姐さんもオズヌさんもロレンさんみたいな人は珍しいって口をそろえて何度も繰り返していたから、多分、これで断れると思ったんだよね。


 ……あんな特殊な人材がウジャウジャ居たら、それはそれで世も末すぎるわ。


「ふぉふぉ、仕方がない、今回は緊急時。作り出した薬の販売資格は、我々と、ダリスと、作成者である薬師の三者。故に、3分の2を、税として納めるならば、金を用立てよう」


 えー? 緊急時とは言え、6公4民よりアコギって酷くない? 

 これじゃ、江戸時代の農民以下だよ。

 本当は、お姫様と話をしたかったけど、この監査役のおっさんがぐいぐい来るから、まともな会話も出来ないし……


(リーリスさん、ここまで条件が悪いなら、別の手を考えた方が良いデス。帰りましょう。)


 これなら、冒険者ギルドとか、ポポムゥさん達、一般の生産者から、小口の融資をしてもらった方が遥かにマシかもしれない。


(ん、分かったっス)


 いままで、膝立の姿勢でかしこまっていたリーリスさんが、あっさり立ち上がる。


「?!き、貴様、何を!」


 うろたえる首脳陣に、リーリスさんは既婚女子ですら、ときめきの爆弾を破裂させてしまうようなクリティカル笑顔で言い放った。


「帰るっス。」


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