51 薬屋の弟子 変態紳士の加護
コマ送りの世界。
高い空から、僕の瞳に映ったのは、ドラゴンの頭に刃を突き立てるリーリスさんの雄姿と崩れ落ちるドラゴンの躯体。
吹っ飛ばされた最高点まで達したであろう僕の身体が、ふわり、と優しい力で再度、リーリスさんの方へ【引き寄せ】られる。
だけど、僕は、さっきの衝撃で……全身に痛みが、ない。
え? まさか……感覚そのもの、の損傷?
ぱすっ!
「リーリス……さん……」
リーリスさんに抱きしめられたのに、腕も、胸も、お腹も、足も……感覚が……感覚が……
あれ?
……普通にあるなぁ?
両腕でガードしたはずなんだけど?
特に痣すらない両腕を撫でる。
「レイニー! 大丈夫っスか?!」
「あれ? 何処も痛くないデス……普通に動きマスし……?」
ぶんぶん。ぷるぷる。手首や肩を回してみても何の違和感もない。
どういう事だ?
いや、時速何十kmの車に吹っ飛ばされたって、普通の人は死ぬよ?
さっきの速度や衝撃は、あの転生した自転車事故にも匹敵するものだったと思ったけど……?
「いやぁ、間一髪でしたな!!」
「ロレンさん!! そちらも大丈夫だったっスか? ……ってえええええ??」
リーリスさんが僕にタオルをかけつつ振り返ると、ぼろっぼろの衣類の残骸とモザイクを体に纏わせ、つやっつやに輝く笑顔の変態紳士さん。
もう、背景に『ぺっかぁぁぁぁ!』と後光が差しそうな勢いである。
「ふぅ、流石に今回はレイニー殿のお陰で良い汗をかきましたぞ!」
「へ? ぼ、僕のお陰?」
「んんん!! 【変態紳士の加護】の発動があと少しでも遅かったら危なかったですな!」
「「へ?」」
「ワタクシめの【被虐嗜好】に、他者のダメージを引き受けることが出来る、というのがあるのですが……」
あ……あったなぁ!! 確かに!!
「えっ!? じゃぁ、あのザビドラゴンの攻撃のダメージはロレンさんが……?」
「肩代わりをしてくれたんスか?」
あの衝撃を受けて、全く傷も痛みもないから「おかしいな……?」とは思っていたけど!
「左様ですぞ!!! いやぁ、あの最後の激しい一撃! リーリス殿の【祝福】による全身の拘束感ッ!……今思い出しても、身体の芯が熱くなりますな!!!」
ほんのり頬を染め、うっとりとした様子で答えるロレンさん。
えええええ!?
「しかし、あの発動には【変態紳士の加護】が必須でしてな? やはり、おみ足を舐めさせていただいておいて、よかったですなぁ!」
あ! あの時、僕を守るためのものって……そ、そういう事か!!!
まさか、あの奇行にそんな意味があったとはッ!!!
あ、ありがとう変態紳士ッ!!!
すごいよ変態紳士ッ!!
さすがだ変態紳士ッ!!
「ありがとうございマス!」
「ロレンさん、本当にありがとっス、でも、ロレンさんは……ダメージはないんスか?」
「んんん! 全然問題ございまうぼぁー……」
唐突に口からモザイクを吐き出すロレンさん。
「「わあああ!?」」
「はぁはぁ……さ、流石に、少し、休憩が……必要ですな……!」
少しの休憩で済むのがスゲェよ!! マジで!!
「ロレンさん、これ、回復薬っス! 飲んで!! あと、新しい服を着たら、少し休んで欲しいっス!」
リーリスさんが、テキパキと新しい衣類を取り出し、簡易ハンモックを組み立てる。
「レイニーも、はい、着替えっス」
「ありがとうございマス」
そんな訳で、しばらくロレンさんが休んでいる間に、僕とリーリスさんで、倒したザビドラゴンを解体する。
ザビドラゴンの魔蓄石は、握りこぶし大のサイズで、これ一つで結構な収入になる。
小鳥に変身した僕より大きいでござる。
……ま、僕は変身すると、雀サイズだからな……
牙や爪は矢じりの材料としても優秀らしく、リーリスさんが刃でサクサクと切り取って行く。
……冷静に考えると、あの剣、何で出来てるんだろう?
「にゃはは~、使った矢よりもたくさん作れそうで助かるっス~」
実力のある冒険者にとって、ドラゴンとは割と美味しい獲物だそうだ。
特にそう言われている理由が、胃袋に当たる臓器を切り開いた時点で分かった。
「うわぁ……キラキラした石がいっぱいデス……」
「このザビドラゴンって魔力の高いものを、この胃袋の前にある蓄魔袋にため込む性質があるんスよ。」
まるで、生きた宝箱だ。
でも、そんな生態をしていたら、狩りつくされてすぐに絶滅しそうなのだが?
「えー……どうっスかねぇ? 宝石や魔蓄石だけが目的なら、もっと危険が無くて、効率の良い魔物が何種類かいるっスよ? ザビドラゴンが狩られ過ぎて数が減った、なんて聞いたことがないっス」
意外と、繁殖力の面でタフな種なのかな?
なお、肉食の魔物が、食べた獲物の魔蓄石を内蔵にため込んだりする事は珍しい事ではないらしい。種族によっては、合成して強い魔蓄石に変えるような魔物もいるらしい。
ドラゴンのお肉も、リーリスさんがブロック単位にカットし、僕が保存用のラップみたいなもので包み、時空袋に詰め込む。
この異世界版のラップ、原材料はあのナメクジ産みが分泌する透明な液体を加工して作るらしい。
……気色悪い割には有益な魔物とは聞いてたけど、こんな使い道もあるんだね……
「このお肉って冷やしたりしなくて大丈夫なんデスか?」
「ほへ? ドラゴン種のお肉は普通のお肉と違って、常温で半年くらい熟成させないと食べられないっスよ?」
「ええっ!? じゃぁ、今日の夕ご飯とかには……」
「あはは……流石に無理っスよ~。でも、オーミソに漬けておけば、この冬くらいで食べられるっスよ。ふふふ~、ドラゴン肉のオーミソ漬け……美味しいっスよ~」
オーミソとはキーノ汁にも使ったお味噌風の調味料だ。
見た目も味も、お豆の一種であるヒメヒヨマメを使って作るのも、日本の味噌によく似ている。
「おおお! どらごん……おいしいんデスね……!」
リーリスさんとは、味覚の好みが一致しているのが地味に嬉しいんだよね。
リーリスさんが「美味しい」って言うモノにハズレはない。
だいたい、半年ぐらいして、肉の色が薄いピンクになったら食べごろだそうだ。
確かに、この、切りたてのお肉……薄っすら紫がかって見えるもんな……
残念ながらドラゴンを味わうのは少し先になりそうだが、それでも、この特徴がドラゴンの肉が高値で取引される原因の一つでもある。
ザビドラゴンのお肉は、大体半年の熟成期間を経て、常温で1年間程度が食べ頃、さらに保存処理をすれば5年は美味しく食べられるらしい。
ちなみに、色の名前がついたドラゴン……レッドドラゴンとか、ブラックドラゴンとかのお肉はさらに長持ちで、熟成に約3年~5年、常温で10年間程度は軽々持つそうだ。
そんな、長持ちお肉さんを時空袋に詰め込んで、解体作業は終了。
ドラゴンの解体作業は終わったものの、ロレンさんは回復薬のおかげで、未だにぐっすり眠っている。
ザビドラゴンが倒された事によって、この辺りを縄張りとする肉食の魔物が減ったせいなのか、散り散りに逃げて行ったはずの、サクラ竜の群れが少し向こうの平原でまた一つに集まっていた。
「あ、さっきの群れ、あんな近くにいるっス」
「どうします? 早い段階で『竜種痘』のサクラ竜からワクチンの材料を入手した方が良いデスよね?」
「そうっスね。そうすれば、すぐにでもダリスに戻れるっス」
僕と、リーリスさんは大きく頷き合うと、ロレンさんが爆睡しているここに、例のロープで結界を張り、コソコソとサクラ竜の群れに近づく事にした。
 




