42 薬屋の弟子 濃厚接触者の疑い
リーリスさんは、そう釘を刺すと、手際よく新鮮なキーノを串に刺して焚火の傍でこんがりあぶる。
「か、かしこまりましたぞ!」
炎がほどよく弱まり、むしろ、炭火のような調理に向いた火が、キーノの素肌をやわやわと舐める。
……じりじり、じじじ。
あああ……すんごい、いい匂い~!
マツタケの香りにほのかに林檎の甘いフレグランスが、かくれんぼしているような香りだ。しかも焦げる匂いも混ざって空腹にクリティカルヒットですよ。
「じゃ、先ずはレイニー。ハイっス!」
「わぁい!!」
そう言って、リーリスさんは、ほど良く焼けて、キノコ繊維の上に水分と、うま味が混ざった汁がぷつぷつ、と湧き出た所に、白いバターのようなものを乗っけたキーノの串を手渡してくれた。
おおおおお、バターがうっとりと、とろけて行くぅ~!!
「いただきマス!」
はぐぅっ!
齧りついた瞬間、じゅっわぁ~と口中に広がるキノコのうま汁!!!
ほどけるバターのコクと塩味が、あっさり香ばしいキーノと絶妙マリアージュ!!
お口の中から、いっそ官能的とまでいって良いくらい暴力的な香りが鼻の奥でガツンと爆発する。
しかも、この、コリュン、コリュン、シャクッ、シャクッ、という心地よい歯ごたえ!!
あっはぁ~、おいしぃ~!!
お口の中が超絶幸せじゃぁぁぁぁぁ……!!!
「お……おいひぃ、れふぅ!」
「ん~、やっぱり、採れたての焼きキーノは美味しいっスね~」
「香ばしさが違いますな!!」
見れば、リーリスさんも、ロレンさんも、薫り高い焼きキーノを幸せそうにほおばっている。
「にゃはは~、レイニーは青っぽくなるんスね。でも、瞳は赤いっスよ」
「へ?」
あ、そう言われると、肌の感じが青白い……つーか、何か……コレ、死体の肌色じゃね?
瞳が赤いって話だけど、目より何より、皮膚の青白い中に赤いマダラ模様が浮かんで来ていて……まるで新種の毒で死んだヒトみたいなんですけど?!
「んんん? レイニー殿は皮膚が水玉模様ですな?」
「肌が二色に変色するのは珍しいっスね」
たしかに、焼きキーノを持つ手がどんどん気色悪く変色している。
「でも、一気に皮膚が二色に、瞳と、三色も変わるなら、戻る時間は速そうっスね」
リーリスさんのいう通り、僕の変色は食後数十分で元の色に戻っていった。
よ、よかった……!!
あんな気色悪い色合いの肌はごめんだ。血の気のない青白い皮膚に朱色のブツブツだよ?!
うん、でも、戻るのは、案外速いみたいだ。ラッキー! これなら気軽に食べられるぞ!!
しかし、身体の色がどんな明後日な色に変色しようとも、毎年味わいたくなるのが分かる!!
味は最高だから、さっさと変色が戻ってくれるのは、ありがたい。
「いやー、最高ですぞ~!」
「ふぅ、満腹、満腹っス」
「美味しかったデス~……」
そんな訳で、がっつりキーノを楽しんで、食後の小休止をした後、ロレンさんとは別れたのだが……僕たちは知らなかったのだ。
「皮膚死病」に感染の疑いがある人と接触してしまうと、自分たちもダリスの街へ入れなくなる、という事を。
「お前たち、その冊子はまさか……!! あの変態と接触したのか!? だったら、街へ入れる事は出来ないぞ!」
「「えええええッ!?」」
僕とリーリスさんの悲鳴が響き渡る。
ダリスの街の出入口には、とおせんぼをするような大きな丸太の検問所が設置されていた。
そこでは、カンガルーによく似たもふもふ系の獣人のお兄さんが、中世の図案にあるペストマスクとガスマスクを足して割ったようなマスクを顔面に装着している。
も、ものものしいッ……!
あれぇ? おかしいな、今朝、キーノ狩りに出かけていくときはこんなに厳重警備はしていなかったのに……
どういう事かと問い詰めると、返って来た答えが『皮膚死病感染疑いのある人間と接触した者』、『外の街から来た者』、そのいずれもダリスへの入場を拒否している、という厳しい現実だった。
「で、でも! ロレンさん……あ、あの変態紳士のお兄さんデスけど、僕が【鑑定】した時、正常でしたよ?」
「あの状態が『異常』ではないだと!? 貴様、正気か?」
う……う~ん、そう言われてしまうと回答に窮するなァ……
「いえ、あの、変態紳士的な行動異常は常時発生してマスけど、感染症の面では異常が無かったんデス!」
「それを証明できる証拠がないだろう!! 疑わしい場合でも街に入れる訳にはいかないんだ! ほら、さっさとあっちに行け!」
ぐ、ぐぬぬ……
「おう、リーリス、レイニー! どうしたんだ?」
ふと、声をかけられた方向を見ると、そこに居たのは同じようなマスクをかぶったもふもふのキーウィさん。
おお、キーウィのなが~いクチバシにはピッタリだな、このマスク。
「あ! オズヌの兄貴! 何で兄貴がここに?」
「いや、実は今朝方、ウチの姫さんの所に、ウォーレンから急ぎの通信が入ってな」
オズヌさんがそう言いながらクチバシをくいっと引き上げた。
それが合図だったのか、カンガルーの獣人さんは、もふもふのキーウィさんに向かって敬礼をすると、僕たちの元から小走りで去って行く。
おそらく、別の旅人の対応に向かったのだろう。
「その内容がウォーレンに、感染力の高い伝染病が発生した、というモノだったんだ」
「皮膚死病っスか?」
「ああ。お前だって、一応エシル姐さんの弟子みたいなモンなんだから、名前くらいは聞いたことがあるだろ?」
「ん~……? にゃははは~」
リーリスさんが「聞いたことは、あるような気がするっス」と言いながら目を泳がせている。
オズヌさんは一瞬、ジトーっとした目つきでリーリスさんを見つめると、小さなため息がマスクから漏れた。
「ま、そんな訳で、大至急、伝染病が下火になるまで街を閉鎖すると、ウチの姫さんが言い出してな」
都市封鎖!?
お姫様、決断力スゴいな!!
「で、どうしてお前たちが足止めを喰らってんだ?」
「実はっスね……」
僕たちは、キーノ狩りで出会ってしまった某紳士の特徴を説明した。
「……ああ、なるほど。あの珍しい変態トラップに引っかかる旅人は居ないと思っていたが……リーリス、お前さん達が居たかぁ……」
ロレンさんの事はトラップ扱いなんですね。
……何か、分かりみが深いな……
「悪いが決まりが決まりでな……入れる訳にはいかないんだ」
「あの、これ……いつ頃解除されるんデスか?」
「まだ何とも言えないんだ。一応、特例措置で皮膚死病の薬やその原料を持っていて、尚且つ発病していない場合に限り、何日か隔離した後、街への入場が許可されてはいるんだが……」
皮膚死病とは、相当恐れられている病気のようだ。
僕たちの他にも、旅商人のキャラバンらしきグループが足止めを受けており、彼等の話題は皮膚死病一色だ。
「えっ!? 旅人の受け入れ全面停止だって!? み、港町なのに?」「ウォーレンはそろそろヤバイらしいぜ?」「皮膚死病は、いっぺん罹ると例え助かってヒデェ顔になっちまうからなぁ……」「これからどうしよう?」「もっと内陸のエルズの街へ行くか?」「それよりは中央だろ? あそこなら、薬があるらしいぜ」「どうせそんな薬が使えるのは貴族達だけで、俺たち庶民には手が出ないって」「『おでき』が膿んで腐って潰れて……しかも高熱で死ぬらしいぞ」「いや、もっとひどいって噂もあるって聞いたぞ」
うーん……どうやら、相当コワイ病気みたいだな。
その時だった。
「おい! この街道の少し向こうで皮膚死病で死んでいるヤツが居たぞ!!」




