40 薬屋の弟子 変態紳士に紳士を説く
「それより、さっさと服を着てくだサイ!」
「ふふふ、ご安心めされよ! ワタクシ、【倫理魔法】の【祝福】を持っていますぞ!!」
お兄さんは、それを宣言すると、ドヤァ! とばかりに仁王立ち。……何故か股間は、もやっと視界が遮られている。
り、倫理魔法? ナニソレ??
思わずお兄さんを【鑑定】する。
【鑑定】
名前:ロレン・ツォルク
特性:人間
称号:変態紳士
祝福:
【倫理魔法】……半径10メートル以内の任意の場所に「モザイク」を表示させることが出来る。
【被虐嗜好】……ダメージを受けると快感と耐性を得る。他者のダメージを引き受ける事ができる。
も、モザイクッ!!!……こ、これが、魔法だったんですね!?
ホント極めてるなァ……色んな意味で。
だから、あのモンスターさんも、変態紳士様のエクスカリバー様も、色々と他人の視界に入れてはいけない部分は、モヤッとしてて見えなかったのね。
何か、色々と衝撃的すぎて霞んじゃったけど、【鑑定】を使った際に、読み取れる内容が増えている気がするぞ。
もしかして、僕の【鑑定】も使い込む事でレベルアップをしているのかな?
「あの、でも、その姿だと、お腹……冷えないデスか?」
「やややっ!? 何と優しいお言葉ッ!! だがご安心くだされ! ワタクシ、イエス・ロリ! ノー・タッチ!! ですぞっ!! たとえ、どんな醜い欲望を抱えていようとも、それを相手にぶつけない! それが紳士たる男の矜持ッ!!」
お、おう……
わ、悪い人ではないみたいだけど、会話が微妙にかみ合わない……
一緒にいると胸やけしそうな人ではあるな。
「ワタクシ、このような愛らしい小さな乙女を目の当たりにするのは初めてですぞ!! 是非とも、じっくり、ねっとり罵っていただきたいものですな!!」
はンふッ、はンふッ、と、興奮したような荒い息を吐きながら四つん這いでこちらに近寄って来る変態紳士。
「リ、リーリスさぁんっ!!」
僕は思わずリーリスさんの足元に泣きついてしまった。
ここは、もう、リーリスさんにバトンタッチだ!
「ところで……こんな所で何をしていたんスか?」
リーリスさんは、それを受けると、人の良さそうな笑みを浮かべて首をかしげる。
リーリスさん! あなた、この人の生態に疑問は無いの?!
まあ、僕は、その感性に救われたんだから何にも言えない訳なんだけどさ!
さすが、お人好し!!
結局、僕とリーリスさんは、直ぐ近くに張られていたロレンさんのキャンプ付近で、キーノ汁をつくりながら話を聞くことになった。
「あ、そうっスよ、えーと……お兄さんは?」
「おお、申し遅れましたな。ワタクシ、ロレン・ツォルクと申しますぞ」
両膝をつき、立膝のようなポーズで大きく一礼するロレンさん。
その所作は、ある種の洗練された執事さんみたいな流れるような優美さを持っていた。あくまでも『所作』だけな。
「あー……ロレンさん。火を熾す必要性があるっスから、その恰好だと危険っスよ。俺の着替えを貸すから服を着た方が良いと思うっス! 是非、着るべきっス!!」
リーリスさんも流石に股間モザイク全裸男に、このまま話を聞くのは、よろしくないと思ったようだ。
普段のリーリスさんからすると少し強引な感じに自分の着替えを渡そうとする。
「ははは! 問題ありませんぞ!! こう見えて、ワタクシ、ダメージを受ければ受ける程耐性を得ることができるのですぞ! 素肌に火の粉ぶっかけプレイ……なかなかそそりますな。……じゅるり」
あ。ダメだ。この男。
リーリスさんの言い方だと服を絶対に着用しねぇな。問題があるのはロレンさんの皮膚じゃなくて僕やリーリスさんの精神衛生なのだよ!
う~ん……あ、そうだ。
「あの、ロレンさん……ロレンさんは、『ただの変態』じゃなくてプライド高き『変態紳士』なんデスよね?」
「むむむ!? 左様ですぞ! よくぞご存知で!!」
「であるならばッ! 年端のいかない異性である僕の前で全裸モザイクはあまりに紳士度が低すぎマス!!」
ずびしぃ!
僕は変態紳士の急所を突く。
「な、なんとぉ!?」
僕の指摘に対し、雷に打たれたかのように衝撃を受けるロレンさん。
なんと、じゃねぇよ。思い至ってくれよ、紳士さんよォ……
「せめて『素肌に亀甲縛りの上に、上着を着用する』なりしてもう少し露出をおさえ、紳士度を上げるべきデス!!」
「素肌に亀甲縛りとなッ!?」
「ちょっと待って、レイニー!? なんでそんなに変態の生態に詳しいんスか!?」
あ、僕、一応、前の人生ではカトリック系の女子高出身なもんで、結構、全裸の変質者とかがウチの学校の周りに出没してたりしたんだよね。いや、マジな話。
つーか、リアル女子高の実態を知っていると、何であんな腐女子や猛者ばかりのリスキーなトコロに近づきたいのか……大いに疑問なんだけどね?
おかげ様で、その手の行動パターンをお持ちの人種には詳しいんだよな~。だって、朝礼時にシスターから「こうこう、こういう変質者が~……」って注意喚起されるんだもん。
ちなみに、全裸コートからの見せつけ型変質者の襲撃にあってしまった先輩が居たんだけど……勇猛な先輩はソイツの粗品に向かって、偶然近くに転がっていた握りこぶし大の石を全力投球・クリーンヒット!
痛みに悶える変質者をすぐさま通報し、鉄格子の向こう側へ送りつけた武勇伝を持っていらっしゃいました。
あ、変質者に同情心など湧きませんよ? 自業自得です。
なお「恐ろしく無かったのか」と問う女生徒たちに向かい、先輩が言い放った一言は「むしろ、みすぼらしくて汚かったわ。」で、ある。
勇者過ぎるぜ、先輩……。
ちなみにそれ以降、我が校の女生徒たちは、下校時に握りこぶし大の石をポケットに入れて帰るのがめちゃくちゃ流行った。
「昔、僕の住んでいた近くに変質者が出た事があって、それで注意喚起を受けていたから詳しいんデス」
「……そうだったんスね。そっか……小人族は色々と狙われやすい種族っスからね……」
リーリスさんは、ロレンさんと僕を順番に見比べると、強く生きろ、という眼差しで大きく頷くと、優しく僕の頭を撫でてくれた。
まぁ、亀甲縛りの知識については、くされおなご歴が小学校から脈々と、な生粋の腐女子友人からの受け売りだけどね?
でも、普通は、腐女子と言えども『亀甲縛り』の結び方なんて知らないじゃん? しかし、ほら、そこは僕の友人だよ?
コスプレ用に、見た目はちょっとアレだけど、実際はそんなに締まらないし痛くない、割とライトな結び方からハードコアにガチなヤツまで、いろいろレクチャーしてもらったのだ。
ライトな方なら、多分、覚えている。
僕が覚えている縛り方って編み込まれた縄の形がひし形だから、本当は『亀甲縛り』じゃないらしいんだけど、別に良いでしょう。
いや~、ホント、人生、何処で何が役に立つか以下略。
「リーリスさん、腐っても良いロープとかってありマスか?」
「んんん! 可愛いお顔で、サラリと『腐っても良いロープ』と指定する辛辣さ! たまりませんな……!」
やかましいわ。咄嗟に本音が出ちゃったんだよ。
期待に満ち満ちた顔で悶えないでください、ロレンさん。
「うーん……ロープは結構、使うっスからねぇ……」
しかし、リーリスさんは、そんな小さなことは気にも留めていないらしい。
ごそごそ、と荷物を確認し、困ったようにミルクティー色の髪を掻く。
ロープは足場の悪い移動に良し、簡易テントのようにターフみたいな布を張るのに良し。さらに、こっちの世界だと、紐で円陣を囲んで簡易的な結界を張るのにも使えるんだとか。
「では、ワタクシのロープを使って欲しいですぞ!」
ナイス! ロレンさん!
そんな訳で、二つ折りにしたロープを首にかけ、すでに結び目をいくつか作っておいた輪を広げるような形で、くるくるっと胴体に縄をかけて完成!
「スゴいっス! レイニー! なんか、お高いボーン・ハムゥみたいっス!!」
ちなみに、ボーン・ハムゥは、お肉をタコ糸で縛ってから加工するチャーシューみたいな料理らしい。
なお、これでようやく納得してくれたのか、ロレンさんは、リーリスさんの衣類を着用してくださいました。……やれやれ。
……うん、普通に服着ていると、涼やかな目元に貴公子然としたイケメンなのが、まるで空腹時に出来立てのハンバーグをゴミ箱にガンガン叩き込まなければならない苦行のような、やるせなさを増長させる。
人様のキューティクルに対してこんなにも無駄だ! と感じたのは初めてだ。
「じゃ、改めて、ロレンさんはどうしてこんな所で……何をしていたんスか?」
「うぅ、実はですな……」
ロレンさんは、事情を説明し始めた。
しかし、この惨状のお兄さんが語る内容としては、実に想定外なものだったのだ。




