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39 薬屋の弟子 変態紳士と出会う


 翌日、キーノを狩るべく近くの山までピクニックだ。

 ポポムゥさんがいう通り、ココはあまり危険なモンスターも現れない上に、落ち葉で地面がフッカフカ! これなら、多少転んでも全然痛くないから、歩く練習にはピッタリである。

 義足も最初は危なっかしかったけど、杖を使いながらだったら、結構そつなく移動できますよ! ふふ~ん! 流石に走ったりするとバランス崩すけど。

 うふふ、僕は、結構運動神経が良いようですな!!

 自画自賛、自画自賛。

 良いのよ、自画自賛でも! だって、楽しいんだも~ん!!

 いやぁ、ちゃかちゃかスムーズに移動できるって良いね!! 歩けるってすばらしい!!

 僕はちょろちょろとリーリスさんの後をついて進む。


「あ、有った! レイニー、これがキーノっスよ」


 しばらく進んだ所で、リーリスさんが朽ちかけた木の幹から毟り取ったのは、一見、マイタケによく似たキノコだ。

 ただ、元の世界のマイタケに比べると、色がほんのりピンクっぽいし、匂いがもっと香ばしい。


「あ、もしかして、この辺の……全部そうデスか?」


 見回せば、その特徴的な茶色に薄ピンクの花弁のようなキノコがモリモリと生えている。繁殖力高ッ!!

 僕の手の届く範囲にもいっぱいあるし、触れるとぷちん、と奇麗に木から剥がれ落ちる。これは、収穫も楽ちんだ。


「そうっスよ~! ……あ! そーだ、レイニー、ちょっと見てて欲しいっス!」


「どうしたんデスか?」


 リーリスさんは、一旦毟り取ったキーノを大きな木の裏に置き、その木の反対側に立つ。

 その位置からだと、キーノは全く見えないはずだ。


「にゃっはっは~! 【引き寄せ】キーノ!」


ぐわんっ!


「おお?」

 

 リーリスさんの力ある言葉に答えて、大木の裏に置かれたキーノがぐにょん、と大きくCの字を描いてリーリスさんの手に飛び込んできた。


「ふっふ~ん! どうっスか? 俺の【祝福】もレベルアップしたんスよ~」


 曰く、元々【引き寄せ】は基本的に直線距離でしかモノを引き寄せられなかったらしいのだが、今は密閉されてさえいなければ、C字でもS字でも……迷路になっている所でも、対象物を引き寄せることが出来るようになったのだそうだ。


「これで、レイニーが迷子になっても、閉じ込められていない限りは平気っス!!」


「おお!!」


 何でも、僕が以前、エシル姐さんとの勝負で早とちりをして家を出て行った時に、自分の手元に【引き寄せ】出来なかった事を結構、気にされていたのだ。

 仮に、あの当時、そのまま強引に引き寄せた場合、対象である僕と術者であるリーリスさんの間に壁でも有ろうものなら、僕は壁にぶつかって、潰れておしまい、だったそうな。


「すごいデス!」


 そんな会話を交わしながら、僕たちはあっさりとお昼ごはん用のキーノを手に入れることができた。

 エシル姐さんはキーノが苦手なので、お土産はポポムゥさんとオズヌさんの分だけだ。

 さらに、保存食用を含めても十分すぎる量が収穫できた。


「それじゃ、あっちの日当たりの良い所でキーノを食べるっスよ!」


「はい! 楽しみデス!」


 ところが……少し日当たりの良い場所を探すために、移動した所で「デイ・キャンプで、美味しくキーノを食べよう!」と、いう僕たちの計画を打ち砕く奇声が響いた。


「あふ~んっ!! もっと、もっと激しくぅッ!!」


 びたん、ばちん!


 声の方を見れば、明らかに喜びの声を響かせながら、全裸(?)のお兄さんが男根を引き延ばしたような触手を持つモンスターに嬲られている。


 目の前に広がる光景は、さながら地獄絵図。

 実に……実に、画が汚い。

 うわぁぁぁ……絵ヅラのインパクトが突き抜けすぎてて、逆に無になっちゃうな。


 何で全裸の後ろにカッコハテナが付いているかというと、要所・要所に何故か「モザイク」が掛かっていて、辛うじて猥褻物陳列罪を免れているのだ。

 ホント、ギリギリだけどな。

 え? なにこれ? どういう状況??


「……これ、一応、助けた方が良いんデス……よね?」


 僕は戸惑いと困惑の瞳をリーリスさんに向ける。


 ちなみに、このモンスター、男根のような触手を生やしたバカでかいイソギンチャクみたいな形状をしている。


 あの、ヌメヌメっと怒張した触手が生殖管でもあり、獲物を拘束し、嬲って弱らせると、その直腸や子宮内に卵を産み付けるタイプの魔物だ。

 体内で卵が孵化すると、大き目のバナナ大のナメクジのような幼生体を出産しているように見える事から「ナメクジ産み(スラグバース)」と名前が付けられているそうな。

 獲物はヒト型であれば、特段、性別・種族を問わない。


 なお、一度卵を産み付けられたからといって、別に直ぐに死ぬような事もない。

 また、一回につき、1個の卵しか産まないので、内部から破裂~……みたいな恐ろしい事にもならない。

 だが、卵は数分程度でサクっと孵化するので、一度、捕らえられてしまうと、簡単には離して貰えない。

 なので、ナメクジさんを産み落とすと、また、卵を産卵され、再度ナメクジさんを……と、エンドレスリピートで、何度も体内に産卵されては、出産し~をくりかえす内にメンタルをヤられちゃう人が一定数いるそうな。


 なんかもう、生態系そのものが「変態の皆さまご推薦! ザ・R指定の魔物」って感じだよね?


 こんな生態だが、実は、危険が少ない有益な魔物なのだ。

 念のため、もう一回。


 危険が、少ない、有益な、魔物、なのである。 


 限りなくヤバそうなのに、なんで危険が少ない有益なヤツなのかというと、スラグバースは、特に強い毒や魔法を使う訳でもなく、また、それ程器用って訳でもないので、ごく普通に防具を着用さえしていれば、襲われたとしても卵を産みつけられることは、ない。

 ビキニアーマーや、ふんどし一丁、もしくは下半身丸出しで山野を闊歩するような事が無ければ大丈夫なのだ。


 そして、自ら触手の届く範囲に近づかなければ、攻撃もしてこないので、全く危険はない。


 さらに、僕みたいな体の小さい小人族や人の子供は産卵用の獲物に向かないので、例え近づいても襲われない。


 昔は小人族を苗床にしている「ヒメスラグバース」って名前の魔物も居たらしいんだけど、小人族自体の数が減ってしまった事で、そちらも絶滅の危機に瀕しているそうだ。


 そのうえ、あのヌメヌメした分泌液に悪い精霊を寄せ付けない働き……元の世界だと、抗菌作用とか防虫作用みたいな成分を分泌させているらしくて、変な病気になることも、寄生虫の心配もない、実にクリーンな触手なのだ。


 実際、かなり生理的嫌悪感の強い外見だし、こんなに町の近くに生息しているのに「退治」されてしまわないのは、このヌメヌメが良い薬やら便利な道具やらの材料にもなるからに他ならないのだ。


 とはいえ、このモンスターさんに人が捕らえられていたら、まぁ、助けるのが一般常識では、ある。

 

 いや、でも、こういうのってさ……

 大概、可愛いお姉さんや、ツンデレ美少女が捕らえられていて貞操の危機!

 そこを危機一髪、イケメン主人公が助けてロマンスが始まる……っていうのがセオリーじゃないの?


 僕は女の子だけど、リーリスさんなら、そのセオリーから、そこまでかけ離れていない。ただ……


「ん”ん”ん”っ! いっぱい打たれて体が熱いっ!! 熱いですぞォォォっ!! うほ~っ!」


 べちんっ! ばちゅんっ!


 セオリーを無残に叩き潰すお兄さんの声。


 うん。……ここまで来たら、いっそのこと、バーコードハゲのおっさんが~……くらい突き抜けていただければ、一種の芸人さん的なノリで笑いも取れるというのに、それなりに見目麗しい外見なのが、また絶妙に何とも言えない雰囲気を醸し出している。


「……」「……」


 びしーっ! びちん! ばちん!


 うん。触手モンスターさん、頑張ってる。頑張ってるよ……

 獲物である、あのお兄さんが弱っていってるのかどうかは、ちょっと判断がつかないけど……


「うほほほほほほ!」


 むしろ元気になってるようにも見えるもんね。

 だから、その、頬を蒸気させながら、半分よだれ垂らした恍惚の笑顔は止めようぜ。

 噂好きのお客さんが、一度スラグバースに卵を産まれてしまうと、その快感にハマって止められなくなる人がいる、といってたのが、ふと、頭の片隅に蘇る。


 あーあ、イケメンの部類に属する顔面偏差値を所持しながら、この惨状。


 リーリスさんが、ちょっとポンコツな『残念なイケメン』だとするならば、こちらのお兄さんは性癖がアレすぎる『無残なイケメン』といったトコロだろうか。

 実に……実に現実は残酷である。


「……あのー、そこの黒髪のお兄さ~ん、助けた方が良いっスかー?」


 このまま、この地獄絵図を僕たち二人で眺めていても仕方がない。

 リーリスさんが代表して、その囚われの……否、特殊性癖を堪能しているお兄さんに声をかける。


 そもそも、僕たちは日当たりのよい所で美味しくキーノをいただこうと思ってこちら側まで足を延ばしたのだ。

 特に助ける必要性が無ければ、さっさと無視してキーノ汁を作りたい。


「あふんっ! お、お願いしますぞ!! お助けくだされ! アッ、アッ、こ、これ以上は、新たな扉が開いてしまいますぞぉぉ~!」


 いや、もう新たな扉全開だよ。それ。

 これ以上ないくらい開き切ってるよ。


「じゃ、レイニーお願いできるっスか?」


「はーい。」


 リーリスさんが一旦抱き上げていた僕をひょいっと地面に降ろす。

 僕は、念のため杖を片手に、ひょこ、ひょこ、と、そのイソギンチャク触手モンスターさんに近づき、自分の腰回り以上の太さがある触手をかき分け、中心部まで進む。

 だって、このメンバーの中では僕が唯一の守備範囲外だもんね。


 ……なんだろう? 

 別に襲われたい訳じゃないけど、こんな18禁の権化みたいなモンスターさんからも「おまえは狙わない(アウト・オブ・眼中)」って態度をされると、それはそれで女の子として微妙な気分になるのは。


 そんな事を考えながら、中央部の色の変わっている所に、手にしていた杖を振り下ろした。


「えいっ!」


 ぽこっ!


 ふしゅるるるっ……ぺっ!


 モンスターさんはつつかれたイソギンチャクみたいに、しゅるるっと、その触手を縮こまらせる。

 その際に、捕らえていたお兄さんをペッ、とばかりに手放した。


「た、助りましたぞ!! ありがとうですぞっ!! お礼に靴を舐めますぞ! んん?! 義足ですな? これは素敵な形のおみ足っ! ……じゅるり。ハァハァ……!」


「いや、要らないデス、要らないデス!!」


 モンスターさんに嬲られて喜んでいたお兄さんが、自ら進んで靴をしゃぶろうとするのを、必死に止める。

 つーか、この人に舐め回されたらせっかくポポムゥさんに作ってもらった大切な義足が自然法則を無視して一気に錆びそうだ。

 ヤメテー。



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