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37 薬屋の弟子 義足を手に入れる

 鉱物を加工する事が容易になりそうな、重厚そうな道具やレンガ造りの密閉できる窯のような物が鎮座している。

 うわ……このハンマー、僕の身体くらいの大きさがある……


「こ、ここは、共同工房なんだな。ちょっとした加工やサイズ変更はココで作業するんだな」


 ポポムゥさんは、大きな石のこね鉢のような物の上に魔法鉄を置くと、ねりねりと、お蕎麦でも練るように、その大きな手でこね始めた。


 みるみるうちに魔法鉄の塊の色が朱色に変色……いや、鉄が溶けるような感じの発光するオレンジに変わって行く。

 その鉄の塊は、ところどころに黒い星のような粒が入っている。

 ポポムゥさんは、それを器用に練り寄せて、黒い星だけをぷちぷちと鉄の塊から除去する。

 魔法鉄は、すっかり滑らかなオレンジの発光する水あめのようになってしまった。


「うん。こ、これに使用者の魔力を馴染ませるんだな。レイニーちゃんの魔力、ちょっとココに入れて欲しいんだな」


「へ!?」


 えっ? 魔力を入れるってどうするの?


「あ、あの、僕、魔力を入れるってどうすれば良いのか分からないデス」


 僕は、ポポムゥさんの所へ僕を連れて行こうとしていたリーリスさんに訴える。


「あー……そっか【鑑定】って自分自身に使うタイプの【祝福】なんスよね。ねぇ、ポポムゥ、レイニーの魔力タイプは『内側消費うちがわしょうひ』なんスけど、どうしたら良いっスか?」


 このタイプだと、自分の外に魔力を放出するのが苦手なんだとか。

 ちなみに、リーリスさんの【引き寄せ】みたいに外部に対して干渉するタイプを外側消費というらしいんだけど、むしろ【祝福】の大部分はこっちのタイプらしい。


「う、内側消費? そ、そうなんだな……こ、これを舐めてもらっても良いんだけど、ぜ、全部舐めるのは大変なんだな。だったら、ココに、血を一滴でも良いから付けて欲しいんだな」


「了解っス」


 リーリスさんは、ナイフの先でちょん、と僕の指先に小さな傷をつけると、そのまま、輝く魔法鉄にその血を付ける。

 てっきり、こんなオレンジに発光している鉄だから、ヤバい位熱いのかと思っていたが、ありがたい事にそれほど熱さは感じない。

 ……それでも、指が触れた瞬間、ジュッ! と肉が焼けるような音がしたんだけどね。

 驚いて指先を見つめても、特に火傷の跡は増えてはいなかった。

 ただ、その触れた瞬間、一気に魔力を引き抜かれたみたいで、急激に世界がぐるぐる回る感覚が襲ってくる。


「……っ!」


 ぽふっと、リーリスさんの腕の中に全身を預けると、ぎゅっとまぶたを閉じて、くらくらする視界をシャットアウトする。

 小休止、小休止。

 あー……うん。何か、抜かれた感……あるわ。


「レイニー、大丈夫っスか?」


 リーリスさんが心配そうに、ぐでっと力を失った僕の身体をやさしく揺する。


「だ、ダイジョブ、デス……」


「ま、魔法鉄の量が多かったから、れ、レイニーちゃんの魔力を吸い過ぎちゃったんだな。そ、そのまま休んでいると魔力は勝手に回復するんだな。で、でも、加工を始めたら一気に魔力を足してやらないといけないんだな。」


「足りないっスか?」


「そ、そうなんだな。す、少しだけ、足りないんだな。リ、リーリス……お前の無駄にあり余っている魔力を分けてやればいいんだな」


「ん、良いっスよ。こんなもんで良いっスか?」


 薄く瞳を開けると、リーリスさんが魔力を注ぎ込んでいる姿がぼんやりと目に飛び込んできた。

 すると、オレンジ色の光を発していた魔法鉄が奇麗な淡い緑色の光に変わる。


「う、うん。入れすぎると、レイニーちゃんに合わなくなっちゃうから、こ、この位で良いんだな」


 そこからの作業はあっという間だった。


 ポポムゥさんが、僕の左足の切断面に合わせて、柔らかな動物の皮のような物を傷口に当てると、シュッと縮んでそこをカバーする。

 長さは太ももくらいまで。

 柔らかなニーソックスを履いている感覚で、残っている膝関節に特に干渉してくる訳でも無いし、傷口が痛む事も無い。

 魔法鉄は、量や長さなどを調整して、練っていた半分位を使用するようだ。

 そして、その皮を覆うように魔法鉄が切断面部分を補強し、ぐにょん、と一本の金属を歪曲させた形の義足がセットされる。

 見た感じだと、義足のアスリートみたいな洗練されたデザインだ。

 人の足の形を忠実に模した物とは違うんだけど、個人的にはこのタイプの義足ってカッコイイと思うんだよね。

 暫くすると、発光は収まり、元の魔法鉄のような玉虫色に戻る。

 どうやら、これで完成らしい。


 わーい、うれしいな~。


「こ、これで良いんだな。……ち、ちょっと歩いてみるんだな」


 ポポムゥさんに促されて、僕は両足で工房の床に立つ。


「お……おぉ~……」


 さっき魔力を抜かれたばっかりだし、義足は初めてだから、多少ふらつくものの、一人できちんと立つことができた。


「レイニー、ちょっと歩いてみるっス!」


 リーリスさんが、後ろで軽く支えてくれているので、ゆっくり足を前に運ぶ。

 ……右、左、右、左。

 

 おー! 歩ける!! 歩けますよ!! や、やった!! 今、僕、杖なしで歩いてる!!!


 と、調子に乗っていたら、がくん、とバランスを崩してコケそうになったでござる。

 なお、リーリスさんがすかさず抱き留めてくれました。

 あ、ありがとうございマス……

 な、何か照れるなぁ……いや、だって、とっさだったから、お姫様抱っこみたいになってるし。

 思わず顔に熱が集まってきてしまったのがわかる。


「す、スイマセン」


「あれ? レイニー、顔、赤いっス?」


 リーリスさんが、ひょいっと僕の額と自分の額を合わせる。

 近い、近い! 顔が近いから!! もぅ!!


「だ、ダイジョブ、デス!! ちょっと、興奮しただけデス!」


「なら、よかったっス」


「ど、どこか、干渉する所は有るんだな?」

 

 歩いてみても、切断面の一部が圧迫されて痛みが増す事は無い。

 僕は、微笑んでポポムゥさんにお礼を述べた。


「ありがとうございマス、どこも痛く無いデス!」


「よ、よかったんだな。そ、それなら後は慣れなんだな。つ、次は変身してみるんだな」


「ハイ!」


 僕は、早速、「変身!」とお二人の前で宣言し、姿を変える。


 ぽふゅっ! ばさっ……


 脱げ落ちた服の隙間から、よいしょ、よいしょと顔を出す。

 その姿は、グレーもふもふのヒヨコ状態だ。

 ふふふ! もうあのピンクのズル剥け状態ではないのだよ!! ちゃんとヒヨコしてるぴよ!!

 あの震えるような寒さも、羽毛が生えそろってからは、若干落ち着いている。季節も一応夏だし。

 まだ、翼は……若干、羽っぽいかな? 程度だけどね?


 「う、うわぁ……ち、小さいんだな!」


 ポポムゥさんが驚いた声をあげ、僕の身体を壊さないように細心の注意を払った様子で掬い取る。

 確かに、ポポムゥさんからすると、僕のサイズは小さなスズメくらいしかない。

 僕は、その手のひらの上で、ちょこちょこ、よちよち、小鳥の細い足で必死に歩を進める。両手に変わって翼を必死に羽ばたかせてバランスをとる。

 な、何気にこの、尾羽部分が良い感じに後ろに転倒するのを防いでくれるんだよね。

 仮に、例え転んだとしても、ポポムゥさんの大きくて暖かい手の上だから全然痛く無いよ!


 いや、こっちの身体だと、まだあんまり能動的に歩けなかったんだけど……この爪楊枝の様な足に、ぴったりとした細い義足が付いている。

 握る事はできないものの、フック状にカーブしていて、木の枝に引っ掛ける事も出来る作りだ。ばねのような弾力もかなりあるので、ちょん、ちょんと小鳥ジャンプする事も可能。


 凄いな、魔法鉄。



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