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32/113

32 カビの子 試合に負けて勝負に勝つ


 ごくり……


 あああああああ……!

 でも、どうしよう、これが完成していなければ、残しておいたおカビ様を再度培養するのに数日。

 その間にリーリスさんの病状が悪化しない保証も無い。


 嗚呼ッ!! 神様、仏様ッ! えーと、この世界では御柱みはしら様だっけ?

 もう、何でも良いから我にご加護をッ!!

 祓い給え! 清め給え!! アーメン・ソーメン・南無阿弥陀仏ッ!!!


 僕は、心音の獰猛な熱演を聞きながら、瞳に力を籠めた。




  【鑑定】

 名前:ペニシリン水溶液

 効果:β-ラクタム系抗生物質、抗菌剤。





 待ち望んだ文字が煌々と輝く。


 や、やったー!!!

 出来た! 出来たよ! リーリスさん!!!


「……で、出来まシタ……!!」


 色々あったけど、無事、ペニシリンの単離が出来て良かったよおぉぉぉ!!

 思わず、その場にへたり込んでしまう。


 エシル姐さんは、そんな僕と出来上がったペニシリン水溶液の壺を抱きあげて、3階のリーリスさんの部屋への扉を開ける。


「ほら、リーリス」


「んぁ、姐さん……それに、レイニー、どうしたんスか? 今日は俺、ごはんいらないっスって、さっきも……」


「何言ってんだい。おかゆなら食べられるだろ? それより、このチビ助の作った薬を飲んでごらん」


「えっ!? レイニー、いつの間に?」


「ハイ、エシル姐さんに手伝ってもらったんデス」


 リーリスさんはそれを聞くと、一瞬不思議そうに首をかしげたものの、すぐにへにゃん、とした柔らかい笑みを浮かべる。

 バラのように浮かぶ斑点が痛々しい。


「えっと、どのくらいの量、飲めば良いんスか?」


「あ、ちょっと、待ってくだサイ」


 僕は、再度力を込めてペニシリン水溶液を鑑定する。


 【鑑定】

 名前:ペニシリン水溶液

 効果:β-ラクタム系抗生物質、抗菌剤。

 備考:

 「梅毒」第1期……治癒までの必要量、一日コップ1杯を2週間~4週間。

 「梅毒」第2期……治癒までの必要量、一日コップ1杯を4週間~8週間。

 「梅毒」第3期……治癒までの必要量、一日コップ1杯を8週間~12週間。

 「梅毒」第4期……治癒までの必要量、一日コップ1杯を12週間~14週間。ただし、投薬のみでの完治は難しく、すでに変形し、壊死した内部組織を完全に元に戻す力は無い。


「ぐッ……!」


 あーっ! めっちゃ集中してガン見したから、ちょっとクラッと来たぞ。

 多分、読み取れた情報量的に、魔力を大量に使ったんだろう。


「分かりました。リーリスさん、この水溶液を毎日コップ1杯デス」


 僕は、コップにその水溶液を移すと、リーリスさんに渡す。と、彼はたった一息でその液体を飲み干した。


「ん~、味は、薄いサワダ水みたいっスね」


「それを、30日から60日程度飲み続けてくだサイ」


「……そんなにかかるんスか? このお水、腐らないっスか?」


 抗菌剤だから腐らないとは思うけど……本当は保管するなら、フリーズドライしたいなぁ。

 ただ、フリーズドライをするなら冷凍した上で「真空状態」を作り上げないといけないし……


「多分、大丈夫だと思うんデスけど……でも、本当は、ここから水分を取り除きたいんデスよね」


「へぇ? 『リポキロ』とは違うんだね」


 エシル姐さんも珍しそうに僕の主張を聞いている。


「そうデスね。『リポキロ』って……確か、魔力回路とか何か、そんな魔法系の疾患にも効果があるんデスよね?」


「ああ。あるね」


「この『ペニシリン』は、あくまでも抗菌剤……『梅毒』とか『破傷風』とか『肺炎』とか……感染症にしか効かないデス」


「コウキンザイとかカンセンショウって何スか?」


「えーと、感染症は、悪い精霊が原因の病のことデス。僕が前に居た所では、悪い精霊を追い出すためだけにしか効き目が無い薬のことを抗菌剤って言ってマシた」


 元の世界だと筋肉注射とか点滴で投与が必要だったような気がするんだけど、【鑑定】すると、こっちの世界では、飲用で十分効き目があるみたいだ。お手軽で助かります。


「ふぅん? なるほどね。とりあえず、チビ助、後でアンタの知っているこの薬が効く病気を全部書き出しておきな」


「は、ハイ。わかりマシた」


 あっ……例の漫画のテスト回エピソードでも出てたな、ペニシリンの効く病一覧。

 ふふふ、任せろ! 主人公が、ど忘れしてた『鼠咬症』含め、覚えてるぜ!

 オタクの無駄知識がこんな所で役に立つとは……!


「ねぇ、レイニー……だったら、お水だけ俺が【引き寄せ】るっスか?」


「ファッ!?」


 リーリスさん曰く、【引き寄せ】の【祝福】は、自分の体重の半分以下程度のものを手元に引き寄せられるのだとか。

 ただし、固定されているものや、生えているものの一部、は不可。

 『落ち葉』は引き寄せられるけど、『樹に生えている葉っぱ』を一枚毟って引き寄せることはできないらしい。

 また、隔離された空間内の物を引き寄せることもできないそうだ。

 例えるなら、扉の閉じた戸棚からコップを引き寄せることはできないけど、自分の居る部屋のテーブルの上に置かれたコップならば可能、という訳だ。

 以前、僕が市場で踏みつぶされそうになった時に助けてくれたのも、この【祝福】だ。

 いきなりカッ飛ぶから、何かと思ったけど、リーリスさんの魔法だったのね。


 そして「水」については、空気中の水分を引き寄せているのか、それとも、近くの川や池などの水源から引き寄せているのか……

 そこはよく分からないらしいが、結果として、不純物の混ざらない水分だけを引き寄せることが可能らしい。

 水そのものを発生させたり、操作したりする【水魔法】とは、また違うんだとか。


 とはいえ、冒険等でダンジョンに行く際に狭い個室に閉じ込められない限りは、いつでも新鮮な水を引き寄せられるのでかなり助かっているそうだ。

 ただし、【引き寄せ】た水は完全な真水のため、これだけを飲み過ぎると逆に喉が渇くらしくて、ミネラル分として天然塩を持ち歩く必要があるらしい。

 それでも、重たくて、腐る可能性のあるお水を大量に持ち歩くより、ずっと楽なのは確かだ。


 さらにこの魔法、水だけを全部【引き寄せ】してしまえば、中に溶け込んでいる物質だけが残った状態になるのだそうだ。

 以前、海水を汲んでおいたコップから、水を引き寄せた時に、コップには塩の結晶が残った事があるらしい。

 

 も、もしかして、それって、フリーズドライがフリーズさせなくても、真空にしなくても出来るって事!?

 す、すげぇ!! ふぁんたじぃ万歳!!!


「お、お願いできマスか?」


「良いっスよ。何か、さっき飲んだ薬でちょっと気分が良くなった気がするっス!」


 いや、流石にそこまで即効性は無いはずだ。

 でも、プラシーボ効果はすぐに出ているのかもしれない。

 まだ、全身に斑点がしっかり残っているリーリスさんだが、ベッドから起き上がり、自室の流し台で【引き寄せ】を使う。


「あ、それ、少しこっちに傾けて欲しいっス、そうそう。行くっスよー! 【引き寄せ】『水』!」


 じょぼぼぼぼぼ……


 リーリスさんの手のひらの上に水が引き寄せられる。

 固形物と違って、一旦水蒸気になった水が、手のひらの上で再び液体の形に戻っているのだろう。


 パッと見、水を手の上から湧き出せているように見える。


 リーリスさんが排水を続けると、じょぼじょぼ、という速度とほぼ同じ速度で、ペニシリン水溶液の量がみるみる減って行く。

 そして、最後に、壺の底に透明な薄い黄色の結晶が残った。


「あ、ありがとうございマス!」


「こんなもんっスかね?」


 僕は、その薄い黄色の結晶をしっかりと見つめる。

 今度は意識的に魔力を瞳に込めるつもりで目を凝らした。


 【鑑定】

 名前:ペニシリン結晶

 効果:β-ラクタム系抗生物質、抗菌剤。

 備考:

 「梅毒」第1期……治癒までの必要量、一日大豆1粒分をコップ1杯の水で薄めて2週間~4週間。

 「梅毒」第2期……治癒までの必要量、一日大豆1粒分をコップ1杯の水で薄めて4週間~8週間。

 「梅毒」第3期……治癒までの必要量、一日大豆1粒分をコップ1杯の水で薄めて8週間~12週間。

 「梅毒」第4期……治癒までの必要量、一日大豆1粒分をコップ1杯の水で薄めて12週間~14週間。

 ただし、投薬のみでの完治は難しく、すでに変形し、壊死した内部組織を完全に元に戻す力は無い。


 よし!!! できたっ!!! 

 これで、本当にペニシリンが出来たぁぁぁぁぁ!!!!

 間に合った、間に合ったよ! リーリスさぁん!! これで、薬はすぐには腐らない!! 梅毒を治癒させることが出来るよぅ!!!


「ありがとうございマス!! これで、一日大豆1粒分をコップ1杯の水で薄めて飲んでくだサイ!」


「それにしちゃ、量が多くないかい?」


 そう。エシル姐さんが驚いたように、壺の中にはかなりの量の結晶が残っていた。

 流石は894倍のおカビ様ッ!! あーりーがーたーや~!



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