30 カビの子 理想のおカビ様を賜る
しかし、この騒ぎで突然冷水を浴びせられた僕は、見事に風邪をひいてしまったのだった。
ぶえっくしょーいッ!!
お陰様でリーリスさんも今日はのんびりと自室で「矢」を作る作業をこなしている。
昨日探しに行ってもらったミーブ油は、めでたく友人より分けて貰えたらしく、部屋の片隅で出番を待っている。
しかし、リーリスさんもかなり手先が器用だと思うんだ。だって、ついでに僕の服も作ってくれてるし。
「ふんふんふんふん、ふーふん、ふーふん、ふーふふふーん♪」
しかも、鼻歌交じりに楽しそうだし。
この服ってリーリスさんのお手製だったんですね。てっきり、こういうサイズが売ってるのかと思ってたよ。
僕は……両手の火傷のお陰でほとんど何も出来る事が無い。
まぁ、すぐに冷やして、エシル姐さんのお薬も塗ったから、そんなに酷い事にはなっていないんだけど、安静にしておけ、だとさ。
仮に火傷が無かったとしても、熱も高いし、頭も痛いし……むしろ、静かに寝ている事こそが、僕が今やらなければいけない事だ。
うぅ……せめて、少年たちから買い取ったカビちゃんが生き残っていれば、今日からでも培養を始められたのに……
あの後、じっくり【鑑定】してみたのだが、残念ながら炎にあぶられたカビちゃん達は全滅していました。
とほほ。 超とほほ。
カビなんて、要らない時には勝手に生えて来るのに、求めるとなると手に入らないんだから嫌になるわぁ……。
コンコン。
その時、リーリスさんの部屋の扉がノックされた。
「はーい、どうぞっス~」
「リーリス、レイニー、居るか?」
ひょっこりと扉から顔を覗かせたのは、騎士団長のオズヌさん。
今日は市場で見かけた戦士のような服では無く、白地に金色の入った高そうな鎧を着用している。褐色の肌、金茶色の髪に、白亜の鎧が良く似合う。
おぉ……スゴイ。
何か、ゲームや漫画に出て来る聖騎士さんみたいだ。
「あれ? 兄貴、どうしたんスか? 今日はまだ城の予定っスよね?」
「ああ、これ、昨日の薬の礼だ」
そう言ってオズヌさんがリーリスさんに手渡したのは丸い5つの玉が集まりドーナツ型になっている黄色い果実だ。
玉の数が多くなれば、某ドーナツチェーン店のライオンマスコットのタテガミに似ているかもしれない。
「わ~、グヤバーノじゃないっスか? ご馳走様っス!!」
おぉ、風邪気味の僕の鼻にもほんわか甘い香りが漂ってくる。
確か、市場でも見かけたけど、アレ1個で、結構良いお値段がしたはずだ。
「いや、実は、ウチの姫さんにレイニーの話をしたら面白がられてな……」
「え? 僕の話デスか?」
「ああ。あの、カビから薬を作る、ってヤツさ」
あ、そんな話をお姫様にしたんだ……。
しかし、それを面白がるお姫様もお姫様だよな。
「何でも、昨日、冒険者ギルドでカビ集めに必死になっている小人族の子供を見た、と言っててな?」
「「へっ!?」」
うえええ? あの騒ぎ、見られていたんだ??
なんでも、こちらのお姫様、街の様子を見る為に、時折、親衛隊数名とお忍びで出歩くことがあるのだとか。
うーん、誰がお姫様だったんだろう? 依頼人スペースには結構、裕福そうな人も居たから分からないな~。
「で、これ。姫さんがレイニーにって」
オズヌさんは別の袋に包まれたものをリーリスさんに渡す。
見れば、そこにあったのは一つのカロン。
ただし、運ばれている途中で傷がついてしまったのか、ざっくりと裂けた実の部分にモッフリと広がる緑色のコロニー。
おお! カビちゃん!!
「詳しく見ても構いませんか?」
「ああ」
【鑑定】
名前:アオカビ
特徴:ペニシリウム・クリソゲノムの亜種。ペニシリン作成能力はクリソゲノムの894倍。
「はっぴゃく、きゅうじゅう、よん倍っ!? は、は、は、白紙に戻そう遣唐使ーッ!!!」
思わず、跳ね起きた。
ありがとう国風文化っ!!! 超えたよ、鳴くよウグイス平安京!! これで勝てるッ!! いや、何に?
ははは、ちゃんちゃら可笑しくなってくるわっ!!
どうしようね、もう、もう、も~!! モォォォォォ~!!!
はっぴゃくきゅうじゅうよん倍ですよ、リーリスさんっ!
「あはははははは!!」
いやー、思わず手にしたカビちゃんを頭に掲げ、踊り狂うのを止められない。
え? 僕、今、片足だけで跳ね回ってる? そんなの関係無いデース!! だって894倍だもの!
「どうしたっスか!? レイニー!!」
「オズヌさん、ありがとうございマスッ!! これぞッ、これこそっ!! 僕の求めていた至高のおカビ様デス!! ははぁ~、有りがたき幸せぇ~!!」
熱も体の痛みも吹っ飛びましたよ! いや、マジで。
「是非とも、お姫様には、愚民が至高のおカビ様を賜り、光栄至極に存じマス! とのたまっていたとお伝えくだサイ!!」
「お……おう……そ、そんなに喜んでくれるとは思わなかったが……まぁ、その……な、なぁ、リーリス……これ、持って来ちまってよかった……のか?」
思わず不安そうにリーリスさんを見つめるオズヌさん。
え? うーん……とか、不安そうな顔しないで下さいリーリスさん! 良かったに決まってます! 最高です! ありがとう、オズヌさん!!
「嗚呼ッ! 幸せと言う名のフライパンの上で身を焦がされている心境デス! 溺れるっ! 溺れてしまう、この幸運に!! 焼かれているのに溺れてる!! あはははははははは!!!」
ぼふんっ!
「れ、レイニー!?」
バランスを崩してお布団の上にひっくり返ってしまった。
でも、カビちゃんは無~事~!
あはは、お布団の上だから全然痛くないよ~ん、ふへへ~、やったぁ~!
「わーい、うふふふふふふふふふ!!」
うれし過ぎて笑いながら悶えていたら、今日の所は「これ以上興奮したらヤバイ」と、お二人の判断で、おカビ様を取り上げられ、眠くなるお薬を口に注ぎ込まれました。
……解せぬ。
「大丈夫っス。このカビちゃんは逃げないっス。バイヨウ、って言ったっスか? このカビちゃんに宿る精霊を増やす準備は俺がしておいてあげるっス。だから、今日は良く寝て、風邪と火傷がきちんと治ってから薬作りをするっスよ」
「えへへ~……ハイ、そうしマス~。あ、でも、リーリスさん、そのおカビ様、全部は入れないで……3分の1は残しておいて、次のカロンに移してくだサイね。万が一、培養に失敗しても、また挑戦できマスから」
「分かったっスよ」
ふわふわするような気持ちで眠りに落ちたものの、とりあえず、現在培養中、ということで3日程度体調を整えるのに時間を要してしまった。まぁ、培養中はどうしようもないもんね。
翌日はめっちゃ早朝からバシィっと目が開きました。
おはよーございまーす!
思わず布団から飛び起きる。
うん、体が軽い! 熱っぽさも、だるさもないし、手の火傷もほとんど痛みを訴えないくらい良くなっている。
「リーリスさん! リーリスさん! 朝デス!! さぁ、作りましょう!! ペニシリンっ!!」
こちとら、風邪も火傷も全快ですよ! どんとこいっ!
ふと、窓の外を見ると、まだ空には夜の残り香ともいえる濃い紫色の朝焼けが残っている。
「ねぇ、リーリスさん!」
「ん~……」
まだ眠りの海にたゆたうエルフさんを叩き起こそうとした手が止まる。
「……あー、レイニー、ゴメン、ちょっと……今日は、もう少し、寝かせて欲しいっス……」
「リーリスさん!?」
布団から起き上がる事無く、僕の頭を力無く撫でる彼の腕に広がっているのは、赤い、バラのような、斑点。
梅毒特有の、あの特徴的な赤い斑点が全身に表れていたのだ。
「……少し、だるくて……」
「……っ!」
思わず、息をのむ。
心臓の不協和音が酷い。
リーリスさんの状態を【鑑定】すると、梅毒がしっかりと第2期に突入していた。
うそ……そんな、なんで!?




