03 実験奴隷 死亡する!?
拷問官と兵士の男は階段上にある実験室のような所に僕を連れ込むと、手際良く四肢をベッドに固定する。
部屋の中は薬やら大型の器具やら……
良い子は鑑定しちゃダメな感じのブツが並んでいる。
今すぐこの部屋に隕石が衝突しねぇかな。 UFOでも良くってよ?
「ラオバスさんの指示によると……21番の毒か」
拷問官は階段上で読んでいた書類に指を走らせる。
毒ですと!?
どうやら、僕はここで毒殺されるらしい。
拷問官が天井から床まで伸びた棚に無造作に置かれている瓶や壺から該当の毒を探している。
彼はあまり文字を読むのが得意では無いようだ。一つごとに、しっかりと指さし確認をしながらラベルを確認して行く。
僕は、思わずその棚に目を滑らせ、№21番を探す。
【鑑定】
名前:毒№21番
成分:テトロドトキシン。人が食べると、ごく少量でも死亡する。
テトロドトキシンってふぐ毒の事じゃんっ!?
ちょ、それを飲ませる気!?
僕は、生前好きだった漫画で知った薬剤知識を思い出す。
医学生の卵を主人公にしたギャグマンガ、通称:医師タマ(医者の卵だから)。
だが、侮るなかれ! ギャグマンガだけど、医学知識や蘊蓄はかなりのものだったのだ。
僕は、それにどっぷりもどっぷり、あほ程ハマって……ね。
正直、あのマンガに出た薬や病気、そして毒なんかに関して『だけ』は、異様に詳しいのだ。
まぁ、女なのに一人称が「僕」なのも、その漫画に出てた押しキャラの影響だし。
本当なら、そのまま薬剤師とか、医者の道に進めばよかったんだけどねー……はっはっは!
……はぁ。
いやー、基本的に、勉強が好きって訳では無かったからねぇ……
そのため、マンガのエピソードに出ていた知識は、周りが引くほど詳しく知ってるけど、それ以外はイマイチ……という絶妙に使えないオタクが完成してしまったのだー!
ただ、テトロドトキシンに関しては、ガッチリエピソードが有ったので、かなり詳しく知っている。
ヒトの経口摂取による致死量はたったの2~3mg!! 青酸カリの850倍だ。
毒の中でも、5段階評価で最も毒性が高い猛毒に属するものである。
しかも、この毒の恐るべきところは解毒薬が無いという点も上げられる。
テトロドトキシンは、かなり複雑で安定している分子構造をしているため、例え300度の高温でも分解されないのだ。
唯一、その毒を解毒化できているのが石川県のご当地グルメである『フグの卵巣のぬか漬け』だ。
フグの卵巣を塩漬けしてから、糠漬けにすることで、テトロドトキシンを無毒化している奇跡の食品である。
だが、そのメカニズムは完全に解明されてはいない。
おそらく塩漬け1年間と糠漬け1年以上の間に、極限状態で生息する微生物群による干渉現象が起きており、有機物の一種であるテトロドトキシンの分解や毒性の抑制に一役買っている。
……という事がメタゲノム解析によって明らかにされた、としか分かっていない。
流石にこの状態で、そんな知識があっても、テトロドトキシンを無毒化させるには時間も機材も足りなさすぎる。
と、その棚の中でかなり下の方に雑に置かれている大豆くらいの大きさの小石に目が吸い寄せられた。
【鑑定】
名前:魔蓄石(緑)
性質:風属性の魔力が籠っており、新鮮な空気を出す。
名前:魔蓄石(青)
性質:水属性の魔力が籠っており、新鮮な水を出す。
名前:魔蓄石(赤)
性質:炎属性の魔力が籠っており、小さな炎を出す。
名前:魔蓄石(透明)
性質:光属性の魔力が籠っており、小さな光を出す。
……魔法のアイテム?
しかし、僕が逃亡方法を思いつく前に拷問官の死刑宣告が響く。
「えーと、この壺か?」
拷問官が取り出した壺は21番ではなく、12番。
あっ……数字、読み間違えてる……おバカさんだなー。
【鑑定】
名前:毒№12番
成分:テオブロミン。チョコレートに含まれ、間違って犬に食べさせると中毒を起こす。
チョコレート!?
あ、そっちなら……何か、食べさせられても助かりそう……!
あらあら、おバカだなんて、僕の方こそ大変失礼いたしましたわ、拷問官様~!
僕、チョコレートだったら1㎏ぐらい食べれちゃいますよ!!
へ? ニキビができちゃう?
をほほ、その位のリスクは受け入れましょうとも!!
しかし、拷問官は壺の文字と指示書の文字をじっくり見比べて首をかしげる。
いや、そこ、そんなに気にしなくていいよ!!
むしろ、ギブミー、チョコレートッ!!!
「違うな??……こっちか?」
僕の希望を打ち砕くと同時に、拷問官は、ようやく該当の21番……ふぐ毒の瓶を見つけ出してしまった。
あああ、さよなら、チョコレートォォォ!!
そして、迷いも躊躇もなく、21番のどろりとした塩辛く生臭い液体を僕の口の中にねじ込む。
「んーっ!! んーッ!!」
「さっさと飲み込め」
僕は、必死に飲み込まないように毒を口から押し出そうとするんだけど、男達が僕の口をガッシリ押さえていて吐き出す事を許さない。
なんとか、半分くらいは唇の隙間から押し出せたと思うんだけど、鼻までつまむもんだから、まともに呼吸ができない!
……ごくん。
「げほっ、ごほっ、げはっ!! ぺっ、おえっ!」
の、飲み込んじゃった!?
僕が薬を無事嚥下した事を確認すると、男たちが手を放す。
「これで終わりか?」
「ああ、これで……よ、よぶん、いや、余計な事をせずに放置する事、って指示書に書いてあるぜ?」
「あー、じゃ、実験奴隷はほっとけって事だな」
男達は、一仕事終えたとばかりに、指示書にチェックを入れ、毒薬を元に戻した。
そして、僕には興味が無いとばかりに「どこの娼婦が一番良いか」という話題で下卑た笑いを響かせている。
ああもう時間が無いっ!!
僕は男達の手が離れたのを良いことに、こっそり変身移動で拘束から抜け出す。
一旦、お腹を起点に小鳥の姿へ変身し、そのまますぐに人間に戻れば手足を締め付けている拘束具からは抜け出せるが、服は着た状態だ。
このまま、ころりと寝返りを打てば……
ずるべちっ!
カサカサカサッ!!
ベットから転がり落ちると、四つん這いのまま、棚に駆け寄る。
そして、置かれていた大豆程度の大きさの魔蓄石を大急ぎで口に含んだ。
「あっ! このっ!! 何してやがる!」
「おいおい、こんなクズ石を喰ってやがるぜ? 気でも狂ったのか?」
男達の笑い声が響いた。
く、体が、どんどん、痺れてきた……!
舌が……指先が……そして、横隔膜が……
「はっ……はひゅっ……はっ……」
麻痺してきて、飲み込むのが……キツイ……
ごく、ん。
のみ、こめ、なく……ても……
喉の奥に小石が留まっているが、もう、舌が痺れて動かない。
いや、舌だけじゃない。
身体がマヒして全く動かない。
もちろん、横隔膜も。
……息が……できない。
ぷしゅ~……
僕の最後の呼吸が途切れた。
男達は、まるで壊れた玩具を片付けるように、弛緩しきった僕の体をベッドに横たえる。
何だろう……この、転生を自覚した直後、死亡確定とか。
第一話が最終回っていうコントかよ。
運命にケチをつける気力は残っていても、徐々に毒が回っていっているみたいだ。
当然、まぶたを持ち上げる事もできないし、聞こえる音も徐々に小さくなっていっている。
暫くすると、別のオッサンが部屋に入って来たらしい。
何やら、年取った男の笑い声が聞こえた。
「キシシシシシ……指示通り、アテクシがフクフク魚から取った21番の毒を使ったんじゃな」
「はい、ラオバス様」
「ふむ。何じゃ、もう死んでおるのか?」
失礼な! まだ生きとるわい!! 辛うじてだけどな!
「効き目が早いのぅ、悶え苦しむところをこの目で見たかったのに……」
うげー、悪趣味~!!
僕、小学生低学年女児程度の体つきなのよ?
それが? もだえ? くるしむ?
おまわりさーーーん!!! コイツ、コイツでーす!!
男の筋張った指が僕の全身を丹念にまさぐる。
何やら脈と呼吸を調べているようだが、この頃には触られている感覚すらほとんど消えていた。
「……死んだか。キシシ……奴隷印の魔力は解除し、死亡日時はきちんと記録しておくんじゃぞ」
「はい」
「遺体はいつもの安置所で良いじゃろ。」
その後、奴隷印の解除?で色々弄り回された挙句、僕の遺体は死体安置所へと移された。
どさっと乱暴に投げ出される。
男達は、これにて仕事完了、とばかりにそこから立ち去ったようだ。
そして、僕の感覚は完全な漆黒に包まれたのだった。
どのくらい時間が経過したのだろうか……。
「ぐ……ふっ、ごほっ、げほっ……!」
はい、どうも~、おはようございまーす。
「ぷはっ!! すー……はー……」
僕は、ゆっくりと麻痺していた横隔膜を動かす。
よし、動く。動く。
ふ、ふ、ふ。
ようやく動けるようになった僕は、肺いっぱいに新鮮な空気を取り込み、死体安置所でニタリと笑う。
いやー、まさか、あの咄嗟の判断が本当に成功するとはね!
ぺっ!
僕は、喉の奥に引っかかっていた小さな石を吐き出す。
【鑑定】
名前:魔蓄石(緑)
性質:風属性の魔力が籠っており、新鮮な空気を出す。
それを再度確認して、ほっと、ひと息ついた。
本来、フグ毒テトロドトキシンを誤って摂取してしまった場合、胃洗浄などをして毒を体外に排出するしか助かる方法がない。
しかし、この毒……実は、単に「麻痺」を起こしているだけで、細胞そのものをテトロドトキシンが攻撃して破壊しているわけではないのだ。
極論を言えば、毒を飲んで呼吸停止してしまっても、間髪入れずに人工呼吸を行い、テトロドトキシンの麻痺効果が無くなるまでの間、ずっとそれを続ける事ができれば、助かるのである。
原理的には。
僕は吐き出した小さな石がぷしゅ~、ぷしゅ~、と一定のリズムで空気を送る風を指の隙間から感じる。
まさに、間一髪。
使い方なんてわからなかったけど、あの時、口に含んだ瞬間に空気の流れを感じることが出来て、僕は少しだけ希望が湧いたのだ。
予想通り、飲み込んでしまっていても魔蓄石は新鮮な空気を出してくれたみたいだ。
まぁ、大分麻痺が回ってきていたせいで、胃まで石が行く前……喉の奥の方で引っかかってくれていたのも功を奏したようだ。
ふぅ。アイツ等が、毒の特性を詳しく知らなくて良かった!
一息ついた僕は、周りを見回す。
どうやらここが死体安置所らしい。
床に赤黒いシミが目立つものの、幸い先客はいないようだ。
僕は、まだ微妙に痺れの残る身体を叱り飛ばし、何とか出入口へと歩みを進める。
足の痛みはほとんど無い。
まだ痛覚マヒが残っているって事は、あれから2日以上は、経過していないはずだ。
【鑑定】
状態:ステイタス異常
「感覚麻痺:痛覚(大)・味覚(大)……魂が砕けた事による。効果:半日」
etc……以下略
痛みを感じ無いのも、あと、半日か……
急ごう……!
でも、さっき見つかっちゃったようなミスはしないようにしないと……!
警戒しながら進むも、ここには、流石に人が張り付いている事は無いらしい。
廊下側へ出て、真剣に周りを観察する。
どこか抜け出せる隙間でも無いかな~?
目を皿にすると、通気口の開いていた壁の下の方には外側へ抜けられそうな溝が有るではないか!
もしかして、これ、用水路?
用水路、と呼ぶにはちょっとお粗末だが、確かに水を外に流せるような構造になっているようだ。
むしろ、下水路かな?
しかし、頭を地面に擦り付けるようにしてのぞき込めば、奥に明るい光が見える!
よっしゃー!! 神様ありがとうっ!
壁を雑にうがった下水路に手を突っ込む。
こんな時は小さな細い腕がありがたい。
難なく二の腕まで通すことができた。
手で触れた感じだと、壁の向こう側は一応、地面が広がっているようだ。
手ひらから伝わる感覚は、ひやりとした石。溝の内側と同じ冷たさ。
これなら、壁の向こう側へ変身移動ができそう。
そう考えて、頬を緩めた瞬間だった。
カツ、カツ、カツという足音が遠くから響いた。
!?
心臓の三段跳びが炸裂する。
落ち着け、マイ・ハート。
誰かは分からないが、ここに人が近づいてくる音がする!!
この先は例の死体安置所だ。
そんなところに用のある人間など、ろくでもない目的のヤツに違いない。
僕は、迷いも躊躇もワンピースと一緒に脱ぎ捨て、小さく丸めたそれを右手に握りしめる。
全裸のまま、四つん這いで用水路に可能な限り右腕を突っ込み、
変身! と、心の中で叫んだ。
集中するのは、右手羽先の布だ。
かつん、こつん、と響く足音を置き去りに、僕の身体は壁の向こう側へとすり抜けた。
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「奴隷少女はくじけない~以下略~」!
これからもよろしくお願いします。