22 小鳥とエルフ キーウィと邂逅する
「おい、チビ助、元々、テメェが余計な口出しするから逃げられちまったじゃねーか!」
バキバキッ! めきっ!! ばこんっ! ばきゃんッ!!
スキンヘッドは逃げ出してしまったパン屋が置き去りにした小さな屋台のような施設を怒り任せに叩き壊し、椅子やらなにやらをリーリスさんに向かって投げつけ、蹴り飛ばした。
「ひぃぃっ!!」「うわぁっ!」「ぎゃっ!」
そして、腰の剣を振り回し、見境なく辺りに破壊をまき散らしながら猛然とこちらへ向かってくる。
近くで出店を開いていた店主たちや客が悲鳴を上げて逃げまどう。
わ、わ、わ!? ひ、人波が!
「っと……ん~、俺、あんまり剣術は得意じゃ無いんスよね~」
リーリスさんは、流れる人波に逆らわず、その流れに乗ってサッサとスキンヘッドの前から逃げ出すのを選んだようだ。
軽いステップでミルクティー色の髪を風になびかせ駆け出す。
「てめぇ! 逃げてんじゃねぇっ!!」
いや、そんな事を言われてもね!?
三十六計逃げるに如かずって言葉を知らんのか?
リーリスさんは、冒険者として、一応、剣も持っては居る。
だが、やはり得意な武器は弓なのだろう。
この辺りは、リーリスさんと言えども、まともなエルフ成分を持っている感じがする。
しかし、左腕に僕を抱きかかえている今は、その矢も射る事が出来ない。
スキンヘッドは、逃げ惑う人を張り倒し、自分に触れた器物を蹴り飛ばし、叩き壊し、ちぎっては投げ、投げては砕き、荒ぶりながら、僕達を追う。
流石に戦士を名乗るだけあり、結構良い走りをしている。
どうしよう……このままだと、追い付かれるのは時間の問題だ。
「リーリスさん、追い付かれちゃいマスよ!?」
「ん~、もう少ししたら広い所に出るっスから、そこなら良いっスかね~」
リーリスさん……さっさと逃げ出した割には、余裕がありそうだな?
だがその時、僕達とスキンヘッドの間に、茶色の塊が猛然と割り込んできた。
「そこまでだ」
「あ! オズヌの兄貴っ!!」
リーリスさんが割って入ってくれた茶色の塊に向かって嬉しそうな声を上げる。
おお……! おおお!?
僕は思わず、己の目を疑う。
いや、本当に一瞬メガネがおかしくなったのかと思って、外して服の裾で拭いてからかけ直しちゃったもんね。
だって、割って入ってくれたもふもふの塊は、何処をどう見ても、どでかいキーウィ鳥!!
そのサイズは、小さ目な軽乗用車くらいはある。
か、か、かわいいぃぃぃぃぃぃぃッッ!!!
「市場での乱闘騒ぎは禁じられている」
キーウィさんが、ふこふこまるまるのユーモラス・プリティなボディからは想像もつかないようなダンディで渋い美声を響かせる。
外見と音声の不一致がスゴいッ!!!
「ぐ……テメェ……親衛隊長のオズヌか……」
「ほう? 俺の事を知っているのか」
うるるん、きゅるるん、の小さな瞳で、うきゅ? って感じに小さく首をかしげるキーウィさん。
「なんだ?! あのデカイ鳥?」「あれが、隻腕の剣士オズヌ?」「何でも、全ての【祝福】を無効にしちまうんだとさ」「うげぇ、【無効】持ちかよ……近寄って欲しく無ぇな」「けっ、『身欠き』のくせに親衛隊長なんて、賄賂でも使わないと無理だろ」「しっ! アイツに聞こえるぜ!」
ひそひそ、と周りの人たちの噂話が聞こえて来た。
いや、隻腕っつっても、キーウィって元々羽がかなり退化してるのでは……?
正直、両腕……いや、両翼とも、もふもふの羽毛に隠れて識別できない。
それより、どうやら『祝福を無効にしてしまう』という能力の方が、かなり嫌われているようで、眉を顰める人や、わざわざ「近寄らないで欲しい」と口にする人も居る。
だが、そんな有象無象の声は気にならないのか、キーウィさんは、長いクチバシをスキンヘッドに向けて、静かに相手の瞳を見つめる。
「っち、クソっ……テメェら、お、覚えてろよ!!」
ぶぉんっ!
「おっと」
スキンヘッドは、イタチの最後っ屁よろしく、懐から出したダガーを投げつけて走り去った。
キーウィさんは、そのダガーを長いクチバシで器用に受け止め叩き落とすと、しゅるるん、とその姿を変える。
みるみるうちに、そのまるまるもっふりの身体が縮み、姿を現したのは、金茶色の髪にハシバミ色の瞳の男性だ。
足首に付けていた宝石の付いた足環のようなものから衣類がしゅるっと着用される。
確かに、その姿は戦士の隊長さんっぽい印象の装備を身に纏っていた。
年の頃なら20代半ば、アメリカの特殊部隊にでも居そうなガッチリ引き締まった体つきと、浅黒い肌に左目の上から頬にかけてざっくりと刻まれた傷が、まるで歴戦の兵士長の風格を醸し出している。
そして、「隻腕の剣士」の噂は確かなようで、左腕は二の腕部分から先が、漆黒の金属で作られた機械仕掛けの義手。
ハッキリ言おう。この義手……超かっこいい!!!
うわぁ、ふぁんたじいとスチームパンクを程よくミックスしたようなデザインで……中二病患者が目の当りにしたら自分の腕を切り落として、この義手を装備したくなるくらい滅茶苦茶刺さる造形だ。
「リーリス、大丈夫だったのか?」
しかも、こちらの外見だと、重低音で渋いイケメン・ヴォイスが似合いすぎ。
「オズヌの兄貴! 助かったっス!!」
「あ、ありがとうございマシた」
ぺこりー。
僕もリーリスさんの腕の中から頭を下げる。
「あ、む? ……あ、いや、ああ」
オズヌさんは一瞬、僕をお人形か何かだと思っていたのか、不審気に眉を顰め、その後、小人族の子供だと把握したのだろう。
少し困ったように頷く。
「にゃはは、オズヌの兄貴はこう見えて、可愛いもの好きで照れ屋さんなんス」
「オズヌ・ルミスだ。……余計な事を広めるな、リーリス」
ムスッとした様子で答えるオズヌさん。
あ、でも、否定はしないんですね……
そっかぁ、可愛いもの好きで照れ屋さん……こっちの外見と性格の不一致が著しいっ!!
「兄貴、この子はレイニーっていうんスよ。数日前から一緒に暮らしているっス!」
「あ、ああ」
そう言われてよく見ると、黒目が泳ぎまくってるし、お耳の先端がほんのり赤い?
もしかして、照れてる!?
「よろしく、おねがい、しマス」
「レイニー、オズヌの兄貴は見てのとおり【毛豊奇異鳥族】っス! あの姿だと、すごく走るのが早いんスよ」
「リーリスとは、まぁ、腐れ縁……か?」
「腐れ縁とか言ってー、酷いっス~! 俺と兄貴の仲はそんなものだったんスか!? 毎晩のよーに熱い夜を共にしたじゃないっスか~!」
リーリスさんが、「いけずぅ~」と言いながら実に良い笑顔でオズヌさんのほっぺをぷにぷにする。
「お前の酒量についていけるのが俺かポポムゥくらいだからだろ! ちょっとは自重しろ!! この酒飲みエルフが!!」
びしっとデコピンをかまされても、リーリスさんは「にゃはははは~!」と楽しそうに笑っている。
こんなじゃれ合いは、日常茶飯事なのだろう。
楽しそうなリーリスさんの様子に、僕も緊張させていた体の力を抜いた。




