21 小鳥とエルフ 裏路地は危険の香り
「にゃは~……ま、生鮮市場なんだから、それが当然っスよねぇ~」
リーリスさんは、アオカビを市場で見つけるのは早々に諦めているらしい。
だけど、そこは諦められないのですよ! 僕はっ!!
リーリスさんに抱かれたまま、「カビの生えたモノが欲しい」と声をかけると、僕だけじゃなくてリーリスさんも奇異の目で見られてしまうので、此処では、リーリスさんに降ろしてもらって、ぴょこぴょこと杖を使って移動している。
「ううぅぅぅ……アオカビ~……アオカビぃぃ……」
うーん、こんなに奇麗な表通りみたいな食料品店だと、カビた物は当然ながら売っていないのだろう。
そう見切りをつけて、僕はぴょこ、ぴょこ、と裏手の通りへ突入する。
うん、うん、道が1,2本違うだけで雰囲気が結構違うじゃん!
すえた様な空気が漂い、明かに誰かが齧った痕のある肉を引き裂いてご飯に混ぜ込んでは販売しているお店や、残飯を加工して雑炊のようにしているお店、何やら呪術のアイテムでも販売しているような不思議とおどろおどろしいお店が連なる道を進む。
すれ違う人も、ちょっと目が座っていてガラが悪い。
「おいおい、この俺様にこんなカビたパンを売りつけるなんて、どういうつもりだァ?」
「ひぃぃ……そんな、それは、ウチのパンでは……」
カビたパンですと!?
一瞬で耳がどデカくなってしまったような錯覚を覚えるくらい、その言葉が僕の聴覚にクリティカルヒット!
スキンヘッドで筋肉質な、いかにも柄の悪そうなおっさんと、腰巾着を具現化したような出っ歯の男が、カビの生えたパンを片手に、貧相なパン屋のおじさんを脅している。
「あのっ! その、カビの生えたパンを僕に売って欲しいデス!!」
思わず、そのスキンヘッドのおっさんに、後ろから声をかける。
いや、だって、あのパン! 凄く分かりやすく青緑色のカビちゃんのコロニーがもっふりと……!
「あ”あ”っ!? あ?」
スキンヘッドのおっさんが、振り返ると、僕を探してキョロキョロと視線を彷徨わせる。
どうやら、僕が小さすぎて、彼の視界に入っていないらしい。
「カビの生えたパンを僕に売って欲しいデス!」
先に僕に気づいたのは出っ歯の男だった。
「んぁ? 何だァ……? 小人族のガキ? オヤブン、どうします?」
ようやく、スキンヘッドのおっさんの視線が僕の瞳と交差する。
おっさんは、僕を頭の先から足の先まで値踏みするような目でジロリ、と見据える。
と、その瞳が足の辺りで停止したかと思うと、馬鹿にしたような鼻息と一緒に口を歪めて笑う。
「くくくっ……『ミカケ』のガキが、俺様のパンを欲しいだぁ? 流石、『ミカケ』は頭も不自由だな」
「……みかけ? みかけって何デスか?」
僕のその言葉に、スキンヘッドのおっさんと出っ歯の男が顔を見合わせて噴き出した。
え? 僕、そんなおかしなこと言ったかな?
「くくく、馬鹿なミカケだぜ。良いか、ガキ。ミカケっていうのはな、身が欠けてる。つまり、テメェみたいな『出来損ない』の事だぜ」
「ぎゃはははは!」
なーんだ。単に身体障害を持っている人の事を馬鹿にしてる言い方なのね。
別に、すき好んで左足を切り落した訳じゃないのになぁ……。
こういう外見上の特徴を見て、他人を見下すのはあんまり好きじゃない。
そりゃ、僕だって、心の中では『スキンヘッドのおっさん』だの『出っ歯男』だのって密かに呼んでるけどさ……でも、その身体的特徴を口に出して蔑むつもりは無い。
むー……
折角見つけたカビちゃんだけど、この人たちと交渉するのは、ちょっと止めておこう。
僕は、諦めて元来た道を引き返そうと左手の杖に体重をかけて、方向を変えようとしたその時だった。
唐突に、出っ歯男が、手にしていた杖を蹴り上げる。
「あっ!?」
ずべちっ!
突然、左側を支えていた杖が蹴り上げられたせいで、僕はその場で転倒する。
「痛ぁ……何するんデスか!?」
「ぎゃははっ! テメェみたいな『出来損ない』は、そこでくたばっちまえよ」
出っ歯の男の足が、僕を踏み潰そうとのしかかる。
のしっ! ぐぐぐぐぐぎゅぅぅぅ……
え!? ちょ、ちょっ、待って、何で!?
それ、どういう理屈!?
「や、やべでっ! ……ふぐぅっ……ぅぅ」
痛い痛い痛い! マジで! マジで潰れて死ぬからッ!!
大至急ゴキブリ走法で逃げ出そうとするも、背中をぎゅぅぎゅぅ踏まれて、身動きできない。
さらにかかる重みに、僕の肋骨がミリミリッと嫌な悲鳴を上げる。
胸と腹を同時に圧迫されて息ができない。
「ははは! おいおい、本当にウジ虫みたいだな!」
男達の妙に楽しそうな声が耳に刺さって目が沁みる。
「はひゅっ、ァ、……ッ!」
ヒュンッ! ヒュンっ!
「ぎゃっ!!」「ぐぁっ!!」
へ?
何か、風を切るような音がしたと同時に、僕を踏み潰そうとしていた男達の悲鳴が上がる。
ふっと、身体が軽くなった。
どうやら、出っ歯男が僕の上から足をどけてくれたらしい。
「はっ、はッ、はっ!」
加圧により、無理やり追い出されていた空気を急いで取り込む。
ひ、酷いや……僕、声をかけただけなのに……
よろよろ、と四つん這いになり、ふと、顔を上げると、道の向こうからリーリスさんの姿が見えた。
「あ……リ……リス、さん……」
「【引き寄せ】レイニー!」
ぎゅいんっ!!
!?
何やら、温かくて優しい柔らかな力の塊が、僕の身体を持ち上げて、そのままリーリスさんへと向かって飛ぶ。
飛ぶように、じゃなくて、マジで飛んでるんですけどぉぉぉぉぉッ!?
ばふっ!
「ふぎょえっ!? り、リーリスさん……!」
不思議な力でかっ飛ばされてリーリスさんに抱き留められた僕の喉から、思わず変な声が出た。
「……ふぅ。大丈夫だったスか? レイニー……こっちはあんまり治安が良くないから一人で進むのは危ないっス!」
リーリスさんが、少し怒ったような、焦ったような声で僕を諫める。
あたたかな、はちみつ色の瞳と目が合った。
その真剣な眼差しに、こく、こく、こく、と必死に頷く。
な、何だったの? 今の……?
「テメェ……! 何しやがる! このはぐれエルフ野郎!」
見れば、腕に刺さった矢を引き抜いたらしき、スキンヘッドのおっさんが吠えている。
出っ歯男の方は、太もも付近に刺さった矢に、尻もちをついたまま、情けない声で「オヤブ~ン」と泣き言を垂れ流している。
「……市場内での脅迫や乱暴は禁止されているはずっスよ」
「貴様が俺様達に矢を射かけて来たんだろ!! ふざけんな!」
「正当防衛は認められているっスよ~だ! べーっ!!」
リーリスさんは僕の背をやさしくさすりながら、真っ赤になって怒鳴り散らすスキンヘッドにむけて、舌を出す。
そうだぞ!! いきなり踏み潰されて死ぬかと思ったんだからな! こっちは!!
しかし、理不尽な事に、そのスキンヘッドは、自分たちの行為は全力で棚に上げ、リーリスさんに対して敵意剥き出しだ。
そして、手にしていたカビたパンを自ら地面に叩きつけて踏みつける。
「俺様を『烈火の戦士』サイドン様と知ってたてついてんのか、あぁッ!?」
烈火の戦士?
劣化の狂戦士の間違いでは?
しかし、【鑑定】してみると、
【鑑定】
名前:サイドン・ドーエス
祝福:【炎魔法】……階位2までの炎魔法を使う事が出来る力。
状態:激怒……防御力・判断力が低下する代わりに、攻撃力が上がる。
と、確かに炎の魔法が使える事に間違いは無いみたいだ。
「ひぇえっ……」
リーリスさんとスキンヘッドが睨み合う一瞬のスキをついて、パン屋のおじさんが凄い速さで路地裏へと走り去り、その姿を消す。
スキンヘッドは、大きく「チッ」と舌打ちをすると、さらなる怒りを込めた眼差しを僕達に向けた。