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20 小鳥とエルフ 良きカビを求める


「にゃははは~。ポポムゥは手先が凄く器用なんスよ~。今日も細工物を市場に出すんスか?」


 カリカリとせわしなく首筋を掻きむしる彼の腕にも薬指にもかなり凝った細工のアクセサリーが輝いている。

 背負っている大き目な籠にも商品が詰め込まれているのだろう。


「そ、その通りなんだな。で、でも、この子に合うサイズは、さ、流石に今は無いんだな」


 ポポムゥさんは、僕の小さな指に触れて、申し訳なさそうに断りを入れた。

 どうやら『亜人の街』と呼ばれるダリスでも小人族は少ないようだ。

 ポポムゥさんは、ばりばり、と自分の首筋を引っ掻きながら、詫びを入れて来るけど、僕も今は細工物などに手を出している余裕は無い。

 ……ばりばり、ごりごりごり。


「あ、あの、ポポムゥさん……首すじ、そんなに引っ掻いちゃダメ、デス……」


 うん、その気持ちは分かるけどな? この人、話をしている間中、ずっと体のどこかをポリポリしている。


「え、う、うん。あ、こ、これは……ちょっと、痒くて……あ、で、でも虫さされとかじゃ無いんだな。く、クセみたいなものなんだな。ボ、ボクは皮膚が弱くて……」


「ハイ、わかりマス。僕も、小っちゃい頃そんな感じだったんデス。アトピー……じゃなくて、ベリガス病っていうんデスけど……」


「えっ!?」


 ポポムゥさんが驚いたように僕を見つめる。

 おぉ? 糸みたいな細い目だと思っていたけど、見開かれた瞳の色は奇麗なアメジストみたいな紫色。


「レイニーも、ポポムゥみたいに痒がりだったんスか?」


 リーリスさんも驚いた様子で僕とポポムゥさんを見比べている。

 あ、いや、実際アトピー性皮膚炎だったのはレイニーじゃなくて「長野 令」の方の身体だから、こっちの身体にその痕跡は無いけど……でも、そっちも、高校生になるまでに、ほとんどアトピーと分からないくらい、きれいな肌に生まれ変わっていた。


「ど、どうやって治したんだな!? べ、ベリガス病はリポキロでも治すのが難しいって、い、言われてて」


 軽く食い気味にポポムゥさんが僕に問いかける。


「ハイ、基本的には、お風呂はぬるま湯に毎日から、一日おきくらいに入って、肌を清潔に保つんデス」


「あー……だから、レイニーってお風呂好きなんスね」


 リーリスさんと暮らし始めて気づいたんだけど、この世界の人たちって、そこまで頻繁にお風呂に入らない。

 特に、エルフは体臭が薄い……というより、森林のようないい匂いを出す種族らしくて、リーリスさんなんか放っておくと1週間くらいは平気で風呂を省略する。

 それを考えると、一日おき……せめて三日に一度は風呂に入りたがる僕は、かなりの風呂好きだ。


「ただし、あまりタオルで皮膚をゴシゴシ擦らないで、優しくお湯をかけて、優しく撫でるように体を洗ってくだサイ」


「な、なるほどなんだな。い、いつも、風呂は月に一回程度だから、あ、熱いお湯でめちゃくちゃタワシでゴシゴシしていたんだな」


 風呂が月に一回ってマジか。おまけに入浴方法は、逆効果だし!


「海水浴療法っていう、塩水のお風呂に入る方法も有るんデスけど、これは人によっては悪化する事もあるので、無理には勧めないデス」


 俗に、塩の入った温泉は「熱の湯」といわれ、ポカポカ暖まる、湯冷めしない、抹消血管の血流が良くなる、などの効用がある。

 特に、アトピー性皮膚炎には効果が期待されている。

 ……実家でも、時々オカンがポリタンクを抱え、『田舎のベンツ』こと、軽トラックを走らせ、温泉水を汲みに行っては、自宅のお風呂に入れてくれたものである。

 僕の場合は、これが結構効いたんだよね。


「温かい海水なら、ポポムゥん家の近くの銭湯に行けば良いっスよ。」


「あ、ああ、あそこなら、確かにウチから近いんだな。」


 どうやら、近くに銭湯があるようだ。

 ポポムゥさんの場合、結構酷い状態だから、本当はステロイド外用薬が有った方が良いのかもしれないけど、その作り方は例の漫画にも出ていなかったので分からない。

 あ、そうだ、あのドクダミ……じゃなくて、シフキ草の軟膏、あれも一応、アトピー性皮膚炎に効果がある。


「あと、コレ……」


「あ、だったら、俺のをポポムゥにあげるっスよ。」


 僕が昨日エシル姐さんから貰ったシフキ草の軟膏を渡そうとしたら、リーリスさんが自分の分をポポムゥさんに手渡した。

 リーリスさん曰く、僕の軟膏だと、ポポムゥさんには量が少なすぎる、との事。


「し、シフキ草の軟膏? わ、悪いんだな。こんなにたくさん……」


「お風呂上りに、それを良く塗って、保湿をするだけでも、かなり違いマスよ」


「さ、さっそく、今日から使ってみるんだな」


「それに、ハウスダスト……えーと、お部屋にホコリとか小さいゴミが無いようにキレイにして、あと、首筋に刺激のあるチクチクした服は避けてくだサイ」


「い、いろいろ、ありがとうなんだな」


「いえいえ、僕、シフキ草を見分けるのは【鑑定】っていう【祝福】のお陰で得意なんデス。使い終わっちゃっても、この時期なら、また作れマスから!」


 作れるというか……正確には作って貰う、だけどね。


「な、何かお礼が出来れば良いんだな……」


「あ、それなら!」


 そうだ! 

 この町の市場に詳しそうなポポムゥさんに聞いておきたい事があったんだ。


「ん? ど、どうしたんだな?」


 糸のような細い瞳に人が良さそうな微笑みを浮かべて僕を見つめる。


「何か、カビたパンとか果物とか持って無いデスか?」


「ふぁっ!? も、持ってる訳ないんだな!?」


 暖かそうなサーモンピンクの髪がビクンと揺れ、突然、何を聞いてくるんだ? と言わんばかりに細い目を見開くポポムゥさん。


「あ、えーと、そういうカビちゃんのコロニーってどこで手に入るか、ご存知デスか?」


「か、カビちゃん?!」


 紫色の瞳が困惑に揺れる。

 あれ?

 そんなに変な事、聞いたかな?


「ハイ、腐ってアオカビちゃんの生えた果物とか、欲しいんデス」


「リ、リーリス……こ、この子……大丈夫なんだな?」


 おい。

 僕の目の前で、頭を指差して「大丈夫か」不安そうに聞くな。


「にゃ、にゃはは~……ま、悪くはないっスよ」


 リーリスさんも、もっと強く否定してよ!

 あんなに精霊、つまり微生物の可能性について、ガッツリ・みっちり語ってあげたじゃん!!

 むぅ。思わずほっぺを膨れさせて不満を示してみる。


「あ、あれ? こ、この子、足はどうしたんだな??」


 僕を頭の先から足の先までまじまじと見つめていたポポムゥさんが、僕の左足で視線を止めると驚いたように声を上げる。


「あー……これ、怪我だったんスよ」


 リーリスさんが少しバツが悪そうな調子で、僕の背中を撫でながら答える。


「だ、だったら、こ、この子の義足なら、いつでも受けるんだな。ふ、普通の技工士に頼むよりも、この子の小ささなら細工師の資格も有る、ボ、ボクの方が適任なんだな」


 おお? そんなものまで出来るのか。

 ポポムゥさんは、細工師だけでなく、技工士としての能力も高いみたいだ。


「ああ、それは追々お願いしたいっスね」


「ま、まいどありなんだな。へ、変幻種なら『魔法鉄』で作る必要があるんだな」


 魔法鉄とは、このメガネみたいな特殊効果を持たせられる鉱物の事らしい。

 僕の場合、人間の状態だと人の足の形の義足、小鳥に変身したら小鳥の足の形の義足に変化させなければならないそうだ。


 しかし、そんな凄いアイテム……た、高そう。


 当然だけど、そんな義足は小金貨4枚から……が、相場のお値段。

 約40万円以上……か。

 その効果を考えたら、決して高いものでは無いんだけど、全財産が約5000円の僕にとっては目玉が飛び出るような価格だ。


「あ、あの、でも……今、お財布に余裕が無いんデス」


「あははは。ま、『魔法鉄』を手に入れて来たら、か、加工料金は割引にしてやるんだな。だ、大銀貨4枚くらいで手を打つんだな」


 おお、一気に10分の1の価格! そ、それなら頑張れば手が届くかも……!


「流石! ポポムゥ、助かるっス!」


 ちなみに、魔法鉄はリーリスさんが良く行くダンジョンでそこそこ手に入るアイテムなのだとか。

 こう言った素材類をギルドに売る事がリーリスさんの大きな収入源らしい。


「そ、素材を手に入れたら、う、ウチに来るんだな」


「そうするっス。ありがとっス!」


「ありがとうございマス」


 ぺこり。

 僕もリーリスさんの腕の中から頭を下げる。


 そんな訳で僕達はポポムゥさんと別れ、市場の中でも食料品を扱うエリアへと足を向けた。

 の、だが……




「へ……カビの生えたパンが買いたい……だと?」


 パン屋のおっちゃんに、狂った生き物を見る目で見られました。

 

「おいおい、チビ介……お前さん、ウチに喧嘩売ってるのか?」


 いやいや、そんなつもりは一切ありませんよ!?

 しかし、しっかりプライドを持ってパンを作って売っているおっちゃんにとって、実に失礼な質問をぶつけたな……と、後々反省しました。


 だけど、この時点ではそこまで気が回らなかったんだよね……とほほん。

 だって、リーリスさんとエシル姐さんのお家から追い出されたくなかったんだもん!!

 カビちゃん、欲しかったんだもん!!!


「腐った果物? あたしの店にそんなもの置いてないよ! 全部新鮮そのものさ! 美味しいよ!」


「ふふふ。これかい? 別に腐ってはいないよ? これは、魚の内臓を発酵させた調味料だよ」


 その近くの果物屋さん、魚屋さんにも声をかけて、気の毒な生き物を見る目と軽蔑の眼差しを貰ってしまいました。


 ぐ、ぐぬぬ……!

 か、カビた物が無い……!!



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