19 小鳥とエルフ 市場に出かける
そんな訳で、3日後、僕はリーリスさんに抱き上げられて、町の市場へ向かった。
そうそう。ダリスへ来たばかりの頃は、ボロボロで男か女か分からなかった僕だけど、エシル姐さんのお薬のお陰で、そこそこ見られる姿へと戻って来ている。
後頭部のハゲ……もとい、円形脱毛症もストレスから解放されたおかげなのか、仔ネコのような柔らか~い毛が生えて来てきてるし!
髪をアップにしちゃうとまだ無残なんだけど、ショートカットに降ろしている分には、それほど目立たない。
リーリスさんは、エルフらしく、小型の弓を背負っているし、一応、剣らしきものだって腰に下げている。
……僕、剣と刀の違いが良くわかんないんだけど、あれって、剣で良いんだよな?
「ところで、リーリスさん……これ、何デスか?」
「ああ、コレっスか? これ、指貫っスよ~」
「ゆぬき?」
そう。リーリスさんは、右手の指先に特殊な柔らかい皮製の装備品を装着しているのだ。
……うーん、僕の目には、中指をお地蔵さんの顔に見立てた皮製の前掛けに見えるんだけど……
そんな布を手のひら側に垂らし、手の甲を通した紐を手首に結わえている。
「弓を射る時には、こうやって中指側を保護するんス。」
その前掛けのような皮布をぺたん、と中指側にくっ付けると、その布は一瞬で、きゅっと中指をガードする形へ伸縮する。
おおお! 地味だけどファンタジーだ!!
そして、そのまま弓を引くポーズを取るリーリスさん。ああ、確か……元の世界でも、弓道部の先輩がグローブのようなものを付けていたけど、アレの簡易版って事か?
「で、剣を使う時も、指貫は柔らかいから、このまま……」
剣を使う、と口にした瞬間、中指を守っていた皮はへろり、と力を失い、ただのペラペラの布皮に戻る。
すかさず、サッと右手で腰に付けていた剣の柄を握る。
「おお……!」
「ね?」
形状記憶合金ならぬ、形状記憶皮布だ。
僕も右足だけは、足に合わせた皮のような靴を履かせてもらったのだが、どうやらコレと同じシステムらしい。
どおりで……良く右足だけ僕のサイズがあったな、と思ったけど、そういう事なのね。
ちなみに、僕は杖も装備している。
杖を装備っていっても、ガチで歩行の補助に必要なヤツだからね?
しかし、まさかファンタジー世界で、魔法使いとは全く関係ない方向性の杖が必須装備品になるとは思ってもみなかったよ。
ちなみに、エシル姐さんから貰った小銀貨は、全額リーリスさんに預けてある。
あ、そういえば、ダリスに来てから、きちんとした外出って初めてかも……!
外はからりと晴れた青空。
今の季節は梅雨に当たる春と夏の境目らしいんだけど、今日はスッキリとした晴れ間が広がっている。
気が早い人は半袖でも十分なくらいに温かい。
僕とリーリスさんは念のため長袖の服にしたけど、これなら半袖でもよかったな。
さて、ここ、ダリスの町は、貴族が住む『精霊樹の丘』を中心に町が広がっている。
この世界では、『町』の形状はそれが普通らしい。
この『精霊樹の丘』周辺は何故か危険な魔物やモンスターみたいな生き物が寄り付かないのだとか。
ただ、このダリスは、精霊樹の丘が本当の中心……というよりは、町全体が少し東側に偏った楕円形をしている。
理由は簡単。
東側には、海があり、港があるのだ。
当然、海にも魔物は居るが、陸地近くの浅瀬は、まだ危険は少ないらしい。
『精霊樹の丘』も、僕が捕らえられていたエルズの町程高くはなく、ビルで例えると10階に相当する程度かな?
あれなら『丘』って呼んでもおかしくない高さだ。
まぁ、形状的に断崖絶壁なのは変わらないので、あれを『丘』と呼ぶには、僕の感覚だと違和感があるんだけどね。
ちなみに『リシスの薬屋』はダリスの町で最も西端に位置しているので、海までは少し距離が有る。
見晴らしの良い小道から、町の向こう側に海が広がっているのがチラリと見える。
東側に近づくにつれて、風に潮の香りが混ざり始めた。
ふおおおおおぉぉぉぉ……!!
海だ!! 海は異世界でも青いんだなぁ!
海なし県育ちだから、大量の液体が流動している様はテンションが上がるぜ!!
市場が開かれるのは町のほぼ中央部……精霊樹の丘のすぐ東側にある公共広場だそうだ。
大概、どこの街でも精霊樹の丘の直下は、森か公園になっている事が多いらしい。
そこまでは、東の港から水路も引かれていて、かなりの賑わいなんだとか。
どーか、良きカビちゃんと巡り合えますように。
そこに近づくにつれて、少しづつ人影も増えてゆく。
だけど、まさにダリスは亜人の町!!
行き交う人々も、半分はもふもふのしっぽが有ったり、ケモミミが頭の上に鎮座していたり、肌の色がブルーだったり、うろこが生えていたりと、バリエーション豊富!
特に、人間の1,5倍ありそうな大型のカモノハシさんが、ぺてぺてと歩く姿には、思わず視線を釘付けにしてしまった。
か、かわええ……
しかも、市場に近づくとそのカモノハシさん、シュルっと変身を解いて、ちょっと派手な服を着た綺麗なお姉さんに変わりましたからね?
おお……二の腕の宝石から、光の粒が飛び出てきて、全身を衣類の形としてまとわりつく。その粒の光が納まると、可憐な衣装になっている。
まるで、日曜日の魔法少女アニメの変身シーンをリアルで見ているみたいだ!
良く観察してみると、この辺りを歩いている大きめな野生の獣に見える人たち(?)のほとんどに、首元やしっぽの付け根等に同じような宝石を付けたアイテムを装備している。
変身できる人は、こういうモノを持つのがデフォなのか~。
いいなー。今はまず、エシル姐さんの薬屋でリーリスさんと一緒に生活するのを認めて貰うのが先だけど、いつか、あんな魔法のアイテムを持ってみたいな~。
僕がカモノハシさんに見とれていると、背後からリーリスさんの知り合いらしき人が声をかけて来た。
「お、おはようなんだな。リ、リーリスがこんなに早く市場に来るなんて、め、珍しいんだな」
「あ、おはよーっス、ポポムゥ!」
ポポムゥ、と呼ばれた青年は、糸の様に細い目をさらにニコニコと細めて、リーリスさんの横に並んで歩きだした。
リーリスさんに比べると、身長は低く、ずんぐりとしていて、手足が大きい。
髪の色は温かみのある、やさしいサーモンピンク。
ふと、ポポムゥさんを見ると、その首筋やまぶたの上などの柔らかな皮膚がまるで引っ掻いた後のように赤くなり、しわしわと乾燥している。
何か、この皮膚の感じにデジャヴを感じる。
僕がまじまじとポポムゥさんを見つめていると、向こうも僕に気づいたらしい。
「ん? に、人形……じゃ、ないんだな? な、何を連れているんだな?」
リーリスさんの腕に抱かれた僕を見て、不思議そうに首を傾げる。
【鑑定】
名前:ポポムゥ・ムート
特徴:マイペース・正直者
状態:ベリガス病、別名:アトピー性皮膚炎
あ! やっぱり、アトピー性皮膚炎だ!
僕も小さい頃、ちょっとアトピー気味だったから分かるんだよね。あれ、かゆくて辛いんだよ~。
かといって、掻くと余計悪化するしさー。
オカンが自然派化粧品とか手作り石鹸とかドクダミ軟膏にハマった元々の原因が、子供のアトピー性皮膚炎なんだよね。
……ありがとう、お母様! 貴女のドクダミ軟膏、異世界でも娘の力になってます!
「にゃははは~、この子、レイニーって名前なんスよ。今、ウチで一緒に暮らしてるっス」
どうやら、リーリスさんのお友達らしい。
何となく人が良さそうな所が似ている気がする。
「はじめまして、黒小鳥族のレイニー、デス」
ぺこりー。
「しゃ、しゃべったんだな! ボ、ボクはドワーフ族のポポムゥなんだな。ブ、黒小鳥族って事は、ハ、小人じゃなくて、へ、変幻種なんだな? め、珍しい種族なんだな」
んん??
どういう意味だ?
僕が首をかしげたのを見て、この世界に住む住人について、自分の首筋をポリポリと掻きながら教えてくれた。
この世界では基本的に言語が1種類しか存在しない。
表記方法は複数存在しているらしいが、あくまで会話での言葉は1種類。
何故かというと、この世界には『コトダマ』と呼ばれる魔法の力があって、どんな種族であっても、一定以上の知能がある種族は意思疎通ができる為だそうだ。
そのため、言葉の通じる生き物、全てをひっくるめて『ヒト=人類』と称しているらしい。
その中で最も数が多く、繁栄している種族が『人間』
いわゆる元の世界の『ホモ・サピエンス』に当たる種族だ。
そして、彼等『人間』とは身体的特徴が異なる種族をひっくるめて『亜人』という。
『亜人』=『獣人』と思われているようだが、実際はちょっと違う。
ケモミミや尻尾が生えていたり、変身できたり『獣の属性を持っている種族をまとめて獣人』と呼ぶのだ。
その獣人の中で、僕のように『変身』が出来る種族を『変幻種』と。
『獣』と『人間』を混ぜた様な外見の種族を『獣人種』と。
そして、リーリスさんの『エルフ』やポポムゥさんの『ドワーフ』ような人間とはちょっと異なる外見上の特徴を持っている種族を『異人族』と呼ぶ。
また、エシル姐さんのような見た目は全く人間と変わりなく、変身もできないが、『植物の成長を促す』ような特殊な性質を持つ種族を『特質族』と呼ぶらしい。
ちなみに『小人族』というのは、あくまでも俗称。
大人になっても体の小さい種族をまとめて呼ぶためのもので、単に小さい奴らと同意語だ。
最も有名な小人族が『ハーフリンク』と呼ばれる『異人種』なんだけど、『変幻種』にも僕みたいな体の小さい種族が稀に居るらしい。
「ポポムゥは真面目っスね~。ヒトなんて、言葉が通じるんだからそんなに細かく色々分けなくても良いのに……覚えきれないっスよ」
リーリスさんが面倒くさそうに、無造作に伸ばしているミルクティー色の髪をわしゃわしゃとかき回す。
「リ、リーリスはおおらかすぎるんだな」
ポポムゥさんが、ポリポリとまぶたの上を掻きながら呆れた口調で呟く。
ポポムゥさん曰く、本来のエルフ族はもっと排他的で、種族の違いには神経質なくらい、細かいのだそうだ。
「り、リーリスは元孤児で、え、エルフに育てられていないから、そ、そこらへんがいい加減なんだな」
でも、リーリスさんがもっと排他的だったら、僕はあそこで死んでただろうから、種族に対して雑なくらいおおらかな人で良かったよ。
ポポムゥさん曰く、商売をしていると、種族間の価値観の差でトラブルになってしまう事も少なくないため、自然と種族には気を遣うようになったのだとか。
確かに。例えば、相手の右手に触れるのを絶対の禁忌としている種族と、相手の右手を触るのは親愛の証としている種族とでは、その常識の差でトラブルになりやすいのは明白。ただ、種族が違う事がお互いにきちんと把握できていれば、分かり合う事はできなくても、お互いに落としどころを見つける事はできる。
「ところで、リーリスさんとは、どういうご関係なのデスか?」
「う、うん。リ、リーリスとは、飲み仲間なんだな。コ、コイツはエルフの癖に、ボ、ボクより酒に強いんだな。し、信じられないんだな」
ドワーフより酒に強いエルフって凄いな。どんだけ強靭な肝臓を持ってるんだよ。