18 小鳥のスパイ カビを培養する
翌日、このシフキ草の軟膏の件で、リーリスさんがエシル姐さんに交渉してくれた結果、昨日と同じくらいの量のシフキ草を集めれば、また同じ金額で買い取ってくれる約束も取り付けて貰った。
ふっふっふー。やったね! おもわず、喜びの踊りを踊っちゃうよ。
ちなみに、この世界のお金の種類と価値をまとめるとこんな感じらしい。
昨日、エシル姐さんから貰った小さな銀貨の価値を知るために、リーリスさんに根掘り葉掘り確認したので、リーリスさんの感覚がずれてなければ、正しいはずだ。
小銅貨…10円
中銅貨…100円
大銅貨…500円
小銀貨…1,000円
大銀貨…10,000円
小金貨…100,000円
大金貨…500,000円
魔金貨…1,000,000円~
銅貨は子供のお小遣いレベル、銀貨が一般庶民が生活で使うメイン通貨、金貨は大商人やお金持ち、魔金貨というのは、ほぼ貴族専用……だそうだ。
ちなみに、僕がエシル姐さんから貰ったのは小銀貨5枚。あのシフキ草は日当五千円分のお仕事だった、という事になる。
多分、僕が今できる作業の中では破格だ。
一応、お金も手に入ったし……と、なると……
「やっぱり、欲しいのは、ペニシリンをたっぷり作ってくれる優良株なカビちゃんデス!」
「そうっスね~……でもカビの生えたもの……うーん、市場に有るっスかねぇ? 探しに行ってみるっスか?」
「ハイ! 行ってみたいデス!」
とはいうものの、通常の市場が開かれるのは大体3日に一度。
ちなみに、この街は港町らしく、大型船が寄港する大きめな市が10日に一度。
街全体を上げての大掛かりな市は、ほとんど祭の域で、季節ごとに一度開催されるそうだ。
「4日後に、十日の市が有るから、それに行って見るッスよ。普通の市場より色んなモノが有るし、人も多いッス」
「わかりマシた!」
今日の所は、以前仕込んだカロンを確認して、またシフキ草を毟ろう。
そう思って、日課になっているカロンを確認した所、ついに待望のカビちゃんが発生していたのである!
おほぉ~、生えてる、生えてるっ!!
もふん、と丸くコロニー作っているのがこんなに可愛く見えるなんて!
思わず、ほおずりしたくなるのをぐっとこらえる。
さて……この子達はペニシリウム・クリソゲナム君みたいに、たくさんペニシリンを作ってくれる株かな?
じっと見つめていたら、例の半透明の文字が浮かび上がった。
【鑑定】
名前:アオカビ
特徴:ぺニシリウム・イタリカムの一種。果実に着くカビ。有毒。ペニシリン作成能力は低い。
おっと。残念……!
ぺニシリウム系のカビちゃんは、一応、どれも抗生物質を作ってはいるんだけど、薬になるほど大量に分泌している種は限られる。
あ、これってミカンとかを腐らせている奇麗な青緑色のカビの事かな?
どうやら、このコロニーはあまり薬には向いていないみたいだ。
じゃ、こっちのちょっと黄緑色っぽいカビちゃんは?
【鑑定】
名前:アオカビ
特徴:ペニシリウム・イスランジカムの一種。肝臓に大きなダメージを与える。有毒。ペニシリン作成能力は極わずか。
コイツも向いていないか~。
その隣は? これ、青というより暗褐色なんだよね。
【鑑定】
名前:クロカビ
特徴:クラドスポリウム・クラドスポリオイデスの一種。
食中毒や気管支喘息の原因となる事もある。
あ、違うわ。
まぁ、空気中には黒カビも混ざってるもんね。
そりゃ、こうなるわ。
次々とカビの生えたカロンの実を【鑑定】して行く。
でも、【鑑定】って便利つーか、軽くチートだよなぁ。
見ただけで知りたい情報が解っちゃうんだもん。
元の世界だったら、わざわざ培養するなり、顕微鏡で調べるなり、ある程度の実験を行わないとカビのペニシリン分泌量なんて分からないもんね。
しかし、残念ながら、今回コロニー化したカビちゃんの中に僕が求める株は見つからなかった。
ま、まだあきらめないよ……! 新たに果実を同じようにカットして部屋の片隅にセットする。
次こそは、良きカビちゃんが生えてくれますように!!
なお、折角アオカビのコロニーが手に入ったので、【鑑定】の結果『ペニシリン作成能力は低い』と出たカビちゃんを培養してみる事にした。
本当は、もうちょっと効率の良いカビちゃんを使いたい所なんだけど……こっちの世界でペニシリンを取り出す作業はまだ完全に確立した訳では無いし、試作回数は多い方が良いだろう。
低いとはいえ、ペニシリン自体は作ってるみたいだし。
僕は、リーリスさんにお願いして、シャーリのとぎ汁とフォス芋の煮汁から作って貰ったピンク色の培養液に、アオカビちゃんを投入する。
「『リポキロ』は、この撹拌作業が面倒なんスよねぇ~。」
リーリスさんがちょっとうんざりした顔で、培養液を、えっちら、おっちら、掻き混ぜる。
あ、その作業を見ていて、ちょっと考えた事が有るんだ。
「あの、リーリスさん、それなんデスけど……大豆……えーと、この位の大きさで……えーと、名前を忘れたんデスけど、『空気の出る魔法の石』って無いデスか?」
そう。僕がテトロドトキシンで殺されかけた時に口に入れたあの魔法の石。
拷問官たちは『クズ石』って言って笑ってたけど、あれって、培養時に放り込んでおけば自動的に空気が送られるから、相当効率UPに繋がるんじゃないかな……?
「それなら風の魔蓄石っスね。そんな小さいクズ石で良いんスか? それならいっぱい有るっスよ」
そう言ってリーリスさんが、じゃらじゃらと持ってきたのは、大豆くらいの大きさの小さな黒い石。
【鑑定】
名前:魔蓄石(緑)
性質:風属性の魔力が籠っており、新鮮な空気を出す。
そう!! これ、これ!!
「これ、アカトリバードっていう魔物の魔蓄石なんスけど、風の魔蓄石ってもっと大きくないと、あんまりいい値段にならないんスよ」
ちなみに、アカトリバード自体は、味も良いし、生息数もやたらと多いし、狩りもしやすいので、庶民の台所の優しい味方だ。
時々、エシル姐さんが鳥料理を出してくれるんだけど、その素材も、大概、コイツ。
味は日本で食べていた鶏肉と比べると、……森の風味のような不思議なクセと香りがあるけど、結構おいしい。
リーリスさんも、街の外に出た際は、エシル姐さんに渡すと夕ご飯のメニューが豪華になるので、かなり積極的に狩っているらしい。
結果、あまり売り物にならないこのクズ石が、じゃらじゃらと溜まっているそうだ。
一応、ある程度の量になると買い取って貰えるそうだが、その価値は二束三文。
「でも、これ、どうするんスか?」
「こうデス!」
えいやっ! と、よく洗ったその石を培養液の入った壺に放り込む。
ぽちゃぽちゃぽちゃ……しーん。
「……あれ? 空気が出ないデス……」
「あー。最初に少しだけ魔力を込めてあげないと発動しないっスよ」
「え? でも、以前口に入れたら空気がぷしゅ~って出マシたよ?」
「そりゃ、体内は魔力が満ちてるっスから、口に入れたりしたら発動するに決まってるっスよ? 風の魔蓄石なら良いけど、炎の魔蓄石は危ないから、口に入れちゃダメっスよ?」
「ハイ、気を付けマス」
へー。そうなんだ?
なんでも、体液には、多くの魔力が含まれているんだとか。
僕はまだ魔力の操作が良く分からなくて、直接この石に唾液や血液をかけないと発動が出来ない。そのため、リーリスさんに発動した風の魔蓄石を壺に入れ直して貰う。
……しゅわわわわわ……こぽぽぽぽぽぽ……
「「お~……」」
大成功。
金魚の水槽にエアーポンプを沈めた様な泡がぼこぼこ、と絶え間無く出て来る。
これで、ちょっとは培養が楽になるかな?
一旦、アオカビちゃんが増えるまで、この壺には紙の蓋を被せて保管。
上手くいきますように……!




