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15 逃亡奴隷 スパイ活動を計画する



「うわっ!? どうしたっスか!? レイニー!」


 リーリスさんが、突然叫び声を上げた僕に、気の毒なものを見る眼を向けていた。


「何か、突然、ノリノリで鼻歌交じりに話し始めて、急に表情が固まったと思ったら、深刻な顔でブツブツ呟きながら考え込んで……いきなり叫ぶから、驚いたっスよ」


「あ……ご、ゴメンナサイ……」


 お、おぅ……あの作り方、声に出てたんだ。


 思わず顔に熱が集まってしまった。

 僕は動揺を隠す様にメガネの位置を調整する。

 そして、リーリスさんに詳細を説明しつつ、問題点を打ち明ける。


「へー、なるほど? つまり、その、ペニシリンっていうお薬を作るための、精霊を増やす方法と、薬として取り出す方法が難しすぎる、って事っスよね?」


「……そうなんデス……」


 しおしお……


 うぅ、悔しいっ!! 

 作り方までは分かってるのに……


 でもなぁ……オートクレーブとかフリーズドライの機械の作り方までは、流石に知らない。

 そんなもんが記載されている医療マンガがあってたまるか。


 いや、そんな事を言ったら、ガラスのシャーレだって手に入るかどうか……


 この辺りの建物、窓部分は大きな透明ウロコみたいな物をはめ込んでいるんだよ?

 ガラスでは無いんだよ? 殺菌するために熱湯で15分もゆでたら、トロトロに変形しないとも限らない。


「ねぇ、レイニー。その『ペニシリン』なんスけど、『リポキロ』に似た薬なんスよね?」


「ええ、まぁ……」


 僕は、小さく頷く。


「だったら、『リポキロ』の作り方と同じようなやり方で作れないっスか?」



 ……。

 ………そっか。


 ぽてり。


 眼から、ウロコの落ちた音が聞こえた気がした。


 そうだよ!!

 この世界に『抗生物質』があるって事は、現代日本の量産体制レベルではないけど、この世界に存在している器具でペニシリンを取り出すのが可能って事じゃないか!!

 ああもう、何で気づかなかったんだろう!!


 がしぃッ!!!


 僕は、リーリスさんの手を握り締めて、彼の金色に輝く瞳をひたりと見つめ、力強く頷いた。

 その想いは、リーリスさんにも伝わったらしい。


「リーリスさん、その『リポキロ』の作り方って……!」


 希望を込めて尋ねる。


「あの、俺は詳しく知らないっスけど、姐さんなら作れるっス!」


 ただ、僕が「リポキロに似た新薬を作りたい」と言い出したタイミングで「リポキロの作り方を教えろ」と尋ねるのは、流石に首を縦に振って貰えない可能性が高い気がする。


「でも、季節的に、今はリポキロの仕込みが出来る時期っスから……何とかして作り方を盗み見れれば……」


 おお、それなら、希望が持てるぞ……!


「忍び込むなら任せてくださサイ!」


 僕は、自信をもって自分の胸を叩く。


「僕、こう見えても『黒小鳥ブラックロビン族』なんデス!」


黒小鳥ブラックロビン族?」


 リーリスさんが首をかしげる。

 説明するよりは、見て貰った方が早いか。


「いきマス! あ、しばらくは、絶対に手を動かないでくだサイね? 『変身!』」


 別に、声に出す必要性は無いんだけど、あえて、そう宣言すると、僕の身体は、ぽふゅっと音を立て、リーリスさんの腕の中で小さく縮む。


「えっ!?」


 突然、僕が姿を消したように見えたのだろう。リーリスさんの驚く声が響いた。


 ぱさり……


 そして、さっきまで僕が着用していた衣類や包帯一式が床へと落下する。

 

 あれ?

 ……視界が良好のままってことは、もしかして、メガネだけは小鳥になっても着用状態なのかな……?


「リーリスさん、見てくだサイ、僕、小鳥に変身できるんデス!」


 ほとんどズル剥けで、かなり頼りない姿ではあるけど、リーリスさんの腕の中でもそもそ、ぴよぴよと主張する。


「う、うわぁ……ち、小さいっスね~……れ、レイニーっすよね?」


「そうデス! ぴよーっ!」


 さ、寒い……


 ぺひゅぅ……!

 僕は、特に用がある訳では無いので、急いで元の姿へと戻る。


「あ、あの姿だと、スゴイ寒いんデスけど、でも、あれだけ小さくなれるから、忍び込むのには自信がありマス!!」


 戻った直後も、まだぷるぷると震えが残ってしまった。おー、さむ、さむ。

 思わずリーリスさんの腕にしがみついて暖を取る。

 はぁ、人肌……ぬくぬくし!


「う、うん……でも、あの、レイニー……服、着ようか。」


 あ、ハイ。

 この変身のもう一つの弱点が、どうしても服が脱げてしまう点だよね。

 僕は、元に戻っても顔にきちんとくっ付いていたメガネに触れる。

 これって、一体どうなってるんだろう?


「ああ、その視力矯正アイテムは『魔道具』の一種っス。だから、使用者に合わせて形が変わるんスよ」


 聞けば、装備系の魔道具には、大概、変身に対応しているらしい。

 見た目は普通の小鳥にしか見えなくても、視力補正効果だけは持続するそうだ。

 う~ん、ハイパー・テクノロジ~……!

 どうやら、魔道具とはかなり便利なものらしい。


 ちなみに、僕みたいな変身できる種族は、成人として式典で『変身して、元に戻った時に服を着ている状態にする』魔道具を渡されるのだとか。

 何か、こっちの世界だと成人式のありがた味が全然違うなぁ。


 リーリスさんが包帯を巻きなおしてくれたので、お礼を言って服を着用する。

 

 あ、左足の切断面、予想より全然奇麗でしたよ……

 ちゃんと骨が隠れるように、可能な限り肉も残してくれたみたいだし……

 周りに、ちょっと不思議なゼリー状の薬がガッツリ塗ってあって、それが傷口のカバーみたいな役割をしてくれていました。


 本当は、このムニムニのゼリー状のカバーがあれば包帯は要らないのかもしれないけど、見た目が流石によろしくない。

 だって、一見、切断した足がピンクのスライムに喰われてるようにも見えるもんね。


「どうデスかね? さっきの姿なら、エシル姐さんにも気づかれにくいと思うんデスけど……」


「そうっスね……でも、あんなに少しの時間で、あれだけ体温を奪われるなら……ちょっと待って欲しいっス」


 リーリスさんは少し考え込むと、ちょいちょいっと大きなどんぐりのような木の実を加工すると、中にふわっふわの羽毛を詰めた簡易鳥の巣のような物を作り上げる。

 さらに、巣には、複数の穴が開いていて、其処から外を覗けるような仕組みだ。

 仕上げ、とばかりに、部屋に備え付けになっていた竈に火をくべると、小さな豆サイズの石を焼き始めた。


「何をしているんデスか?」


「これは、使い終わった『炎の魔蓄石』なんスけど、これ、火にかけると温まった後、結構長い間……半日くらいは、ぬくぬくするんスよ」


 冬場は、これを「カイロ」みたいに使う事が冒険者の間では一般的なんだとか。

 そっか。こっちの世界も四季はあるんだね。


 今は、春……いや、初夏かな? 木の葉の緑は鮮やかだけど、まだ、少し若々しかったし。

 逃亡するにしては、なかなか良い季節だったみたいだ。

 これが、真冬だったらと思うとゾッとする。


 リーリスさんは、赤く温まった豆サイズの石を一旦水に浸けて粗熱を取り、丁寧に柔らかな袋に詰めてから、その巣の羽毛の下に敷き詰めた。


「これでよしっス! レイニー、この上で変身してみて欲しいっス!」


「はい!」


 早速、指示されたとおり、リーリスさんの手のひらの上に変身する。

 と、ぽふん、と即座に特製の巣の上に滑り落される。


 おおおおお! ぬ、ぬくぬく!!

 これは、幸せなあたたかさ!!!


 例えるなら、寒い日に電気毛布でふっこふこ・ぬっくぬくにした羽毛布団に全裸ダイブした感じのほっこり感である。


「あ、あったかいデス!! これなら、ずっとこのままで居られマス!」


「良かったっス! それで、俺がこの巣を姐さんの作業場に設置するっスよ!」


 リーリスさんは、そういうと、いたずらっ子にしては天使すぎる笑顔を僕に向けたのだった。



 異世界版抗生物質である『リポキロ』の作り方を見学できるチャンスが訪れたのは、それから3日後の午後だった。



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