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13 逃亡奴隷 薬屋と交渉する


「正直に話しな。アタシに『嘘は通用しない』よ。アンタ、『梅毒』や『腐肉腫病』なんて、どこで知ったんだい?」


 いつもと違う輝きを放つ瞳と声色に思わず僕の防衛本能が働いた。


 【鑑定】

 名前:エシル・ソフィ

 祝福:【嘘発見】……他人の嘘を見抜く力。


 な、なるほど……! マジで嘘は通用しないのね……!


「あ、あの、僕の【祝福】が【鑑定】っていうんデス……それで、『知りたいと思った内容が分かる』んデス。で、『梅毒』については昔、マンガで……えーと、本で読みマシた」


 マンガの概念は無いかったみたいで「何だい? そりゃ?」と問われたので、言い直しましたよ。


「ふん……なるほど? 嘘はついていないみたいだね。しかし、【鑑定】ねぇ……あまり聞かない能力だねぇ……」


 おお、信用して貰えたみたいだ!

 だとしたら、梅毒の危険性についても信じて貰えるんじゃないだろうか?


「あの、僕、嘘は言っていないデス。『腐肉腫病』は『梅毒』が悪化した病デス!」


 僕の断言に、エシル姐さんは臭いものを覗き込まざるを得なかった人のようなしかめっ面で小さくため息をついた。


「確かに……薬師や神官の中には、アンタと同じ意見の人間もいたのさ」


 しかし、現在、その意見は異端に属するものとされているらしい。

 まぁ、細菌学が発達していないなら、そう思われているのも、ある意味仕方がない話と言える。

 どうやら【鑑定】も、そんなにメジャーな能力ではないみたいだし。

 逆に、同じ病だと気づいた方が多少なりとも存在する方が凄いのかもしれない。


 では、何故、異端なのかというと、その理由は大きく分けて二つ。


 一つ目は、この『梅毒』、全く治療をしなくても、第2期から第3期へ移行しない人が一定数存在する点。


 確かに、元の世界の『梅毒』も第2期から第3期へ病状が進行するのは全体の何割か、だったような記憶がある。

 怖い病気ではあるが、致死率100%の病……ではない。


 二つ目が、特効薬であるリポキロの原材料問題である。


 原材料となる薬草は『精霊樹の丘』と呼ばれる、断崖絶壁でしか取れないらしい。

 僕が捕らえられていた、あそこが『精霊樹の丘』だ。


 この世界は、精霊樹の丘を支配するのが、貴族としての必須条件なのだとか。つまり、精霊樹の丘(イコール)貴族の館でもある訳だ。


 野良のら精霊樹の丘は存在しない。


 当然、そこに生える薬草の所有権は、お貴族様にある。僕達平民には、なかなか手が届かない。


 しかも、その植生分布域しょくせいぶんぷいきは、かなりの高所。


 この精霊樹の丘は貴族の身分によって、支配できる高さが違う。

 例えばココ、ダリスの領主さまは『子爵』らしいんだけど、そのクラスだと原材料の薬草が生える高さに満たないのだ。


 もっと高い精霊樹の丘を支配している他所よそのお貴族様から交易などで手に入れるしか入手方法が無い。


 さらには、この『梅毒』の恐ろしい所は、例え薬で完治させても、原因菌が再度体内に侵入すると、何度でも、感染・発病してしまう事だ。


 一度罹患し、回復すれば、もう二度と罹らないタイプの病ではない。


 かりに高価なリポキロを使って初期に完治させても、娼婦の仕事をしている以上、再感染の危険は高い。

 そのたびに、大金を使って治療していては、費用対効果が悪すぎる。


 そこで考えられた苦肉の策が「梅毒」を経験した娼婦の価値を上げるやり方なのではないだろうか?


 この町で娼婦をしている人は、借金のカタか、お金に困っている人が、ほとんどだ。


 第3期に病状が進行する前までに必要経費を稼いでしまえば、約9割の娼婦が、引退してしまう。

 そして、それを裏付けるように、ある程度の格がある花街では、梅毒を経験した高級娼婦が引退する際に【診断】された量に応じたリポキロを贈るらしい。


 世知辛い話だが、個人差はあれども、病気になってすぐに死亡するような病ではないので、こういう手段が取られているのではないだろうか?


 エシル姐さんの話からは、彼女がそう疑っている……いや、半ば確信しているような、そんな思いが透けて見えた。


 でも、そのやり方だと、結局、感染の拡大を防ぐ事はできない。


 だって「梅毒」って別に女性だけの病気じゃないし。

 それに、最悪のケースだと母子感染もあり得る病だし。

 ……と、僕の押しキャラが言っていた。


「あの、でも、そうすると……感染しちゃった男性はどうするんデスか?」


「ハンッ! 花街にお金を落とせるような男は自力でリポキロ買って何とかすりゃいいのさ」


 ふんす! と、腕を組んで鼻を鳴らすエシル姐さん。

 青銀色の髪に挿している青い花が小さく揺れた。


「……エシル姐さんって、もしかして、男性嫌いデスか?」


「別に、好き嫌いに性別は関係無いね。ただ、彼女みたいな、いいを娼婦ってだけで見下したりする愚か者が嫌いなだけさ」


 ……そりゃそうか。

 男性であるリーリスさんを3階に住まわせている大家さんだもんな。


「デモ、それだと、感染の拡大を防ぐ事は出来ないデス……よ、ね? お母さんから、生まれたばかりの子供に感染しちゃったら……困り、マス……」


 思わず語尾が弱々しくなってしまう。

 だから、その、小心者の膀胱を破壊しそうな圧、止めて貰って良いですか!?

 ほらほら、僕の可憐で儚いメンタルちゃんがぷるぷるしちゃうよ! ぷるぷる!!


 しかし、それを聞いたエシル姐さんは、ふと、イエス・キリストを失って10年たった聖母マリアのような表情を浮かべる。

 だが、それは綿菓子に水をかけたように一瞬で消え失せ、いつもの顔に戻る。


「『梅毒を経験していると妊娠する確率は下がる』なんて言われてるけど、彼女達は元々『妊娠を避ける薬』を飲んでるからね。母子感染なんて、そんなのはレアケースだよ」


 そして、エシル姐さんは何かを吹っ切るように胸を張った。


「それに、だとしたら何か方法は有るってのかい? 

リポキロと同じ効果を持っていて、尚且つ、安く大量に作れる夢のような薬がある、とでもいうのかい?」


 エシル姐さんの挑発的な言葉が、僕に悪魔を取りつかせた。


 ふ、ふ、ふ。

 そう、僕は知っている!

 梅毒を撃退する、奇跡の薬品、ペニシリンの存在を!!!



「あの、もし、その……梅毒を治せる新薬を作れたら、僕をここに置いて貰えないデスか?」



「…へぇ?」


 エシル姐さんが急に面白いものを見つけた、と言わんばかりに瞳を輝かせる。


「本当にそれが出来るっていうなら、構わないよ。ただし、期限は1カ月!」


 期限付きか……1カ月はちょっと厳しいか?

 いやいや、でも、例のマンガ知識のお陰で、ペニシリンの作り方ならかなり詳しく知っている!!

 ダテに学生時代に科学の先生に無理言って、夏休みの自由研究で単離まで経験させて貰っていないのよ!!!


「わかりマシた。でも、道具はお借りしても構わないデスよね?」


「ふん、まぁ、壊さないなら貸してやるよ。その代わり、アタシは手を貸さないからね!」


 どうしても手伝って欲しいならあのポンコツエルフを使いな、と笑いながらリーリスさんへ向かって声をかける。


「リーリス! アンタ、なかなか面白いチビを拾って来たもんだね!」


「ほへ~? あ、姐さん、食器片づけて置いたっスよ~、ご馳走様っス~。」


 リーリスさんは、どうやら僕達二人分の食器を洗って片付けてくれていたらしい。

 突然、投げかけられた言葉をちょっと理解していない感じで首を傾げた。


「えーと、何の話っスか?」


 そこで、僕とエシル姐さんは、代わるがわる、僕をここに置いておく条件を説明したのだった。



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