11 逃亡奴隷 スプーンと生活費と
「ほら、さっさと食べとくれ。もうすぐ薬屋に客が来ちまうよ」
エシル姐さんは、カタカタと二人分の朝食をカウンターに並べる。
見れば、リーリスさんには、例の紫色のスープに黒いパン、鶏肉っぽいお肉とサラダボウル。
僕には雑穀で作ったおかゆに蒸した鶏肉と青菜を細かく刻んだ具が盛り付けられた物と小さな果物を煮たデザートが付いている。
「まったくも~……姐さんは素直じゃ無いっスね~。本当は優しいんスよ。ほら」
リーリスさんは、ベンチのような椅子の上にわざわざ置かれた小さな台形の木材の上に僕を座らせる。
おお、僕の身長でも、カウンターがちょうどテーブルの高さになっている。
そして、リーリスさんは僕の手にすっと収まる小さな木のスプーンを渡しながら、小さくウインクをしてくれた。
このスプーン、僕にはちょうど良い大きさなんだけど、リーリスさんやエシル姐さんが使うにしては、小さすぎる気がする。
おまけに、木は削りたてみたいな新しい良い香りがするし……もしかして、わざわざエシル姐さんが作ってくれたのかな?
「ふん! そんな風に言ったって、アタシがそのチビを認めた訳じゃないんだからね! 第一、何でわざわざこんな少しの量のおかゆを作らなきゃいけないんだい!」
うぅ……ご、ご迷惑をおかけします。
「まぁまぁ、姐さん。あ、俺、飲み物はいつものでお願いするっス!」
「ハイよ、リーリス。……このチビ助に飲み物の選択権は無いよ」
エシル姐さんは、リーリスさんにはジョッキでハーブティのような飲み物を、僕には明らかに「薬湯だろ?」と言いたくなるような香りの温かいお茶を渡す。
このカップもちょうどいい大きさだ。
……リーリスさんのセットを見ると、同じカップにサラダ・ドレッシングみたいなものが入っていたから、本来の用途はそちらなのだろう。
「いただきますっス~!」
リーリスさんが美味しそうに、ハーブティをぐびぐびと飲み干し、風呂上りのおっさんよろしく「ぷふぁ~!」と息を吐く。
そして、猛然と、はぐはぐ、もしゃもしゃ、鳥肉やスープを食べ始めた。
お皿ごと持ち上げて、直接お口にかっ込む豪快なスタイルだ。お口いっぱいに具材を詰め込み「ん~」と幸せそうな声を上げ、もっきゅ、もっきゅと一生懸命噛みしめている。
思わず見入ってしまうくらい美味しそうな食べっぷりだけど、あんまりエルフっぽくは、ない。
僕の偏見なのかな? ほら、エルフってさ、何か、こう、お上品なイメージが有るじゃん?
だが、優雅さとは対極に位置する食事風景に、思わず目が点になる。
リーリスさんは、ふと、そんな僕を見て、少し困ったように眉を寄せると、ゆっくりと僕の背中を撫でてくれた。
「だ~いじょうぶっスよ、そんな不安そうにしなくても。別に姐さんは怒ってる訳じゃ無いっス。ホラ、冷める前に食べるっスよ」
え? そんな不安気に見えたのかな?
いや、むしろ、リーリスさんの食べっぷりを見て「外見詐欺がひどい」と考えていた、とは言えない。
「い、いただきマス」
僕は、手元のおかゆを口に運ぶ。
……はふはふ。
うん、中華がゆみたいな味付きおかゆで美味しい!
ところどころ、松の実みたいな、コリコリした木の実も混ざっている。
うまし。
あー…お茶もあったまるわ~。
香りはちょっと薬臭い感じなんだけど、味は濃い目の麦茶って感じで癖も無く飲みやすい。
「おいしいデス!」
「姐さんは料理上手なんスよ~、レイニーも元気になったらこのスープ、飲んでみると良いっスよ!」
リーリスさんは、まムラサキの汁で染まった歯でニッコリ笑う。
あああぁぁぁ……ここでも美貌の無駄遣いが!
おかしいな? エルフってもっとこう、クールビューティ―なイメージだったんだけどな?
決して、こんな「イカ墨パスタを口に含んだまま満面の笑みを浮かべる」ような行動をする生き物では無い。
いや、まぁ、リーリスさん自身は気取ったところが無くて親しみやすいし、スープはめっちゃ美味そうだけれども!!
僕達が食事を終えるのを見計らってエシル姐さんが口を開いた。
「ところでリーリス、このチビ助どうするつもりだい」
「ねぇ、姐さん、レイニーも一緒にウチで暮らしちゃダメっスか? これで追い出したら可哀想っスよ……」
り、リーリスさん! 何という心遣い!! 惚れてまうやろー!
「ダメだね」
一刀両断ですかい!!
「リーリス、アンタ、こんな風に、怪我した動物やらドラゴンやら何やら、家に連れ込むのは何度目だい?!」
「え~? 人は初めてッスよ?」
「なお悪いよ、ポンコツ!」
リーリスさんって、最初【鑑定】した時に、『お人好し』って出てたもんね。
どうやら、こんな風に誰かれ構わず助けの手を差し伸べてしまうタイプのようだ。
「下手な同情だけでウチに置いとくって訳にはいかないんだよ。アタシだって、アンタが拾って来た生き物を端っから面倒見ることができるような金銭的余裕は無いよ! 世の中そんなに甘くは無いのさ。もし、ウチに住まわせたいって言うなら、家賃・食費・その他諸経費、それをアンタか、このチビ助自身が払えるのかい?」
「うぅ……」
リーリスさんがへしょり、と耳をたれ下がらせて言葉を飲み込む。
うぐぐ……そうか……あの時は考えなしに逃げ出しちゃったけど、生き続けるのは簡単ではない。
生活費がシビアなのはどこの世界も一緒か!
「アンタだって、冒険者としてそんなに豊かな方じゃないのはアタシが一番良く知ってるよ。だけど、世の中のルールってモノが有るだろう。働かざる者食うべからず、さ。……ま、とりあえず、体調が戻るまでの7日間はサービスで面倒をみてやるけどね。そっから先は……」
カラララン……
「?」
エシル姐さんが続けようとした言葉を遮るように、僕達の後ろ側、薬屋の扉が開いた。
「……あら? 今日は、薬屋はお休みかしら?」
そう言って中に入って来た女性は、泣きぼくろが色っぽい、つややかな色気を纏ったお姉さん。
薄い紫色のゆるふわロングストレートに、胸元が大きく開いた煽情的な服。
確かに、美人さんなんだけど……少し、疲れたような、いや……たぶん、お薬を購入希望の方だ。
「あ、いや、あの、姐さん!」
「ああ、ハイハイ、いらっしゃい、ウィーリン。……ほら、二人とも、どいた、どいた!」
このカウンター、食事が終われば薬屋のカウンターとして使っているみたいだ。
リーリスさんが、急いで二人分の食器を台所へと片付ける。
僕は、急いで台形の木材から降りると、椅子の一番端っこへと体を滑らす様に移動させた。
片足だとこういう瞬間とか、不便だよな……直ぐに奥に下がれないもん。
「今日はどうしたんだい?」
ちょっと気まずいけれど、そのまま勝手に薬屋の仕事を見学させてもらう事にする。
彼女を見れば、あずき大で赤褐色の盛り上がった皮疹が胸元、首筋そして、手のひらにも広がっている。
化粧で奇麗に整えられていて、ぱっと見は分からないけれど、顔にも同じ直径1cmくらいの薄い発赤があるのだろう。
……じんましん?
どんな病気なんだろう?
【鑑定】で、診察できないかな?
この能力、使っているうちに分かってきたんだけど、どうやら『僕自身が知りたい、と強く念じた内容』が表示されるらしいんだよね。
じっと目を凝らすと、例の半透明な文字が浮かび上がって来た。




