01 実験奴隷 現状を知る
体の中で何かが壊れる音が響いた。
気づいたら、見慣れない天井。
えーと、メガネ、メガネ……
僕は条件反射で枕元をごそごそとまさぐる。
あれ? 無いなぁ……いつも、寝るときは枕元に……
って、なんじゃぁぁぁ!? こりゃぁ!?
僕の近眼乱視の瞳に、ぼんやりと自分の腕の惨状が飛び込んでくる。
どう見ても、子供にしか見えない細く小さく頼りない腕。
さらに、それに刻まれる無数の痣や傷。
えぇ!? 小ッさ!? いやいやいや、それより問題なのは傷の方だよ!?
思わず、何度も目を擦り、まじまじと変わり果てた自分の身体を見つめた。
いくら視力が悪いとはいえ、近距離は問題ないはずだ。
だが、変わってしまったのは、それだけではない。
身にまとっているのは、雑巾が残念な方向にクラスチェンジを遂げたようなボロワンピース一枚。
いや、『ワンピース』と呼ぶのはおこがましい。
……使い古しの土嚢袋に頭と腕を出す穴を開けましたよ~、が、より現実に近いかな。
ちなみに、下半身は肌触り的にも、裸であることは明らか。
そのうえ、傷が最悪なのは足の方だ。
だって、左足に至っては、そこに関節無いよね!? って所が、こう、おかしな方向に……
単に、どすムラサキに腫れ上がっているから曲がって見えるだけで、折れているのは目の錯覚だよ……ね?
何? 何が起きている? どういう事?
僕は、キョロキョロと辺りを観察する。
薄暗い、まるで石の牢屋のような部屋からは、カビたレバーが激しくサンバでも踊ったんじゃねぇか? と問いただしたくなるような臭いが漂う。
真正面には鉄格子。
壁付近の天井からは何やらフックのような物がいくつか……
さらに、室内には大がかりな機材がゴロゴロ。
しかも、使い古したような……?
あ、これ血糊かな? 血糊だよね? 怖いから血糊ってことにしておこう。
……俗にいうお化け屋敷加工が施されている。
えっ? ココ、何処?
僕の記憶が確かなら……
今日は、ネットでも評判の良かった某ホワイト企業就職試験の当日。
ただ、わずかに……否、正確にいうなら豪快に、寝坊してしまって……
僕は、あの始発電車に乗り遅れる訳にはいかないのだ!
だって、次の電車だと試験開始時間に間に合わないんだもん!!
ただでさえ、着慣れていないリクルートスーツ。
よりにもよって、タイトスカートなんて選ぶんじゃ無かった……!!
『貴女はあんまり女の子らしくないんだからスカートとパンプスくらい着慣れておかないと就活には辛いわよ』と就職支援室の先生に言われたけどッ!!
今は!! それ以前の!! 問題じゃぁぁぁぁッ!!
ふおぉぉぉぉぉっ!!!
奇声を上げ、ケツがちぎれ飛ぶ勢いでチャリのペダルをぶん回す。太もも辺りのタイトスカートがピキピキと悲鳴を上げているけど、無視ッ!
超えろ! 破れ!! 音速の壁ッ!!!
発車時刻は6:00! まだあと5分の猶予があるっ!!
そのままの速度で、駅前の交差点に突入した所までは、確実に記憶がある。
あれ?
そのあと、僕、電車に乗ったっけ?
ふと、目覚める前にナニカが壊れたような音が頭の奥から響いてきた記憶が蘇る。
脳の奥で、こう、ごきゃっ、と。
究極の加速。
駅前の交差点。
衝撃。
宙を舞う浮遊感。
そして、聞いてはいけない残響。
うっ……頭が……
そこまで思い出して、背筋に寒いモノが走り抜けた。
そう、僕、長野 令は……死んだ。
自分が死んだ可能性まで思い至った瞬間、僕、ごく普通の日本人『長野 令』の記憶とは違う、別人の記憶が脳内に流れ込んできた。
まるで、生まれ変わった別の人生をなぞるみたいな。
「……ッぐ!」
痛たたたたたっ……!
他人の記憶や知識が流れ込んで来る瞬間って、脳内がボコボコ沸騰するみたいな感覚だとは知らなかったよ!
しかも、その記憶が酷ぇ!!!
今の僕、こと、奴隷№021番。
どうやらこの子、『黒小鳥族』とかいう小鳥に変身できる種族出身らしい。
ちょっと、待って!?
何、その変身できる種族って!?
……という、まっとうな僕のツッコミが追い付かない内にガンガン情報がなだれ込んできた。
どうやら僕は、突然、家に押し入って来た暴漢共に捕らえられ、ここに居るらしい。
たぶん、両親は殺されている。
自分の事なのに『らしい』とか『たぶん』とか、イマイチ頼りないのは、情報がゲームのホラー・ムービーなんだもん!!
ホラー映画とか苦手なんだよ~、勘弁してくれー。
よくあるじゃん?
あの、赤黒いケチャップ舞い散るダークグレーな感じのパニック画像。
「みんな、逃げろ」と怒鳴る大人の悲鳴に似た叫び声。
クローゼットっぽい所に隠れているのを、妙に大きな人に無理矢理引きずり出されて恐怖にちびっている瞬間。
上半身はフェードアウトしてて見えていないんだけど、倒れている女性に向かって「おかあさん!」と叫ぶプレイヤー視点。
拷問を受けては泣き叫んで許しを請うよーなR指定の情景。
そんな映像が、順不同でボコボコ蘇って来た訳ですよ。
自分の事であるはずなのに、案外冷静なのは、自分自身と『記憶』とに距離感があるせいなのかなー?
「おかあさん!」と叫んだ記憶はあるけど、その『おかあさん』自身の顔とか、エピソードが出てこない、みたいな。
そのせいで、僕が思い浮かぶ母親の顔は純日本人のオカンの方が強いのだ!
こたつに入り、チョコモナカアイスを齧りながらダイエット特番をガン見し、「明日から運動しなきゃ!」と、のたまう平和なオバハンの顔ですよ。
僕のママンには、鮮やかダークレッドの液体の上で、豪快に倒れ伏すヴァイオレンス成分など存在していない。
何、この、ホラーゲームの予告編……?
ははははは、こんなゲーム、寝る前にやったっけ?
やだなぁ、基本性能ビビリでホラー嫌いの僕が、ホラーゲームなんてする訳……ない、よ、な。
ははは……はは……は……
じゃ、何でこんな映像が脳内に?
そう思った途端、この小さな身体に刻みつけられた『恐怖』という強い感情が、背骨の奥にべったりこびりつき、徐々に僕の全身を小さく震わせた。
……ふおおおおおぉぉぉぉぉ!!!
どうしても、この記憶を単に『ホラームービー』と切り捨てる事ができないッ!!!
このままだと、僕は死ぬ!
いや、殺される!!
確実に。
僕、『長野 令』の知識と№021番の記憶から推察するに、この身体に対する一連の仕打ちは奴隷に行うものではない!
本来の奴隷とは、あくまでも純粋な労働力。
何かしら、主人に奉仕する事を求められるのが奴隷なのだ。
だが、記憶さんによると、捕らえられてから、一切仕事を求められていない!
理由も分からず、ただひたすら、嬲られ続ける……本当に胸糞の悪くなるものばかり。
そして、その中で拷問官共が、笑いながらほざいていた単語。
「獣人は実験素材」とか、「壊れたら処分」とか、「死んでからでも良い」とか……そんな言葉の数々。
これらから推察するに、僕の扱いは奴隷に対するものというより、『廃人化を前提とした非人道的な実験素材に対するもの』なのだろう。
つまり、死亡ありきなのだ。
カムバック・基本的人権!! 生存権ーーッ!!
でも、それが通用しない世界、という事は、何よりもこの傷痕が物語っている。
何とかしてココから逃げ出さないと命が危ない。
とりあえず、現状を把握しないと!
記憶の中に逃走ルートの手がかりが無いか思い出そうと、じっと自分の手を見つめた時だった。
唐突に、手のひらから半透明な光る文字が現れた。
ほわっ!? 何か出た!?
【鑑定】
名前:№021 性別:女性
特性:【変身:黒小鳥族】…黒い小鳥に変身できる力。
祝福:【鑑定】……目にしたものの概要がわかる力。階位9
何だこれ?
え? 目にしたものの概要がわかる……?
あ、自分自身を見つめたから、【鑑定】とやらが発動して、この文字が出て来たってことかな?
じゃあ、他のモノも……?
思わずキョロキョロ周りを見回すと、例の大型器具に、ふと目が留まる。
これは何? と、思ったとたんに、半透明な文字が現れた。
【鑑定】
名前:稲妻の磔台
効果:雷の魔力を流し、対象者の魂を砕く程の苦痛を与える拷問用の魔道具。
ザ・物騒ッ!!!
怖ぇよ!?
しかも、何? 良く見れば、この器具と僕、首輪で繋がれてるんですけど!?
なにココ!?
さらにいうなれば、このお部屋……どこに目をやっても「拷問用」だとか「苦痛を与える実験装置」だとか「発狂させる精神汚染器具」とか……
物騒・オン・ザ・パークッッ!!!
だけど、ちょっと分かったぞ。
この【鑑定】という力、どうやら僕が見たモノの中で『知りたい』と思った物・人に対する情報を入手できる能力みたいだ。
ふふふ。
彼を知り、己を知れば百戦危うからず!
かなり絶望的な現状の中で、唯一テンションの上がる情報ですよ。
でも、何でそんな能力があるんだろう?
その疑問に記憶が答える。
脳裏に浮かんだのは、若草色の髪をしたお兄さんの笑顔だった。
『【祝福】は、神様と御柱様の約束で、この地……『精霊樹の丘』に生まれた者に与えられる魔法の力だからね。どんなものを貰えるか分からないんだよ』
そういって僕の頭をやさしく撫でるお兄さん。
『同じ黒小鳥族でも、貰えない人も居るんだし。お前が【祝福】を貰えただけで、お父さんは良かったと思うよ』
もとい、お父さん。
……なのか?
若いなー。
向こうで死んだ長野令と同い年……いや、一つ年下の妹より、さらにあどけない感じだぞ? 凄い童顔なのかな?
しかも、線が細くてめっちゃ色白で、ぱっちり大きな深い緑色の優し気な瞳……えらく美少女顔のお父さんだよな~。
髪の色が若草色とかいうファンタジー全開なカラーリングなのに逆に似合っている。
『そうか~、でも、【鑑定】か~。じゃ、お父さんとおそろいだな』
どうやら、僕が自分の【祝福】に不満をぶつけた時に慰めてくれている記憶だろう。
僕だけに向けられる優しいまなざしとおそろいの言葉に、むずかゆい感じで頬を緩ませた思い出がまざまざと蘇る。
『確かに【鑑定】は、自分自身が強くなれる能力じゃないけど、使い方次第では誰にだって負けないんだぞ? 時に情報は剣より強い武器になるんだからね』
そういってほほ笑んだ父親はもう、この世にいない。
いや、明確な死亡シーンの記憶や診断書が有る訳じゃないんだけどね?
このお兄さん、じゃなくて、お父さんの記憶を思い出していると、自動的に濃くて熱くてしょっぱい汁が、眼球から放流される仕組みになってるっぽいんだよね。
……ちっ。
こっちの身体に残っていた唯一の穏やかな記憶だというのに、妙に目に沁みやがる。
僕は、その液体を拭うと、さっさと頭を切り替える。
今は感傷に浸っている余裕はない。
重要なのは現状の打破だ!
それを成し遂げられる希望。
たった今、僕自身を【鑑定】した時に表記されていたもう一つの能力。
変身。
僕が見上げる先には、通気口とも呼べる小さな窓。
この石造りの牢、正面は鉄格子なんだけど、その奥。
廊下側の壁は、大きな岩盤でも削ったような造りをしていて……その天井付近に小さな通気口が空いているんだよね。
そこから広がるは、10センチ四方の青空。
ふ、ふ、ふ。
自然と口角が吊り上がる。
バカめ! 鳥に変身できる人間を窓のある所に閉じ込めるとはね!
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