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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

席替え

 私の席から机三個分ほど離れた、窓際の席を見遣る。退屈そうに机に顔を起きながら、堂々と校則を破ってスマホのゲームをする井口さん。和気藹々としながらもどこか冷酷に見えるような、教室の複雑な雰囲気にのまれず、彼女だけが空間として独立しているようにも見える。佳く云えばindependence、悪く云えばalone。とにかく、彼女に「普通」は似合わない。それは、容姿の特異的なほどの美しさも要因の一つなのかもしれないが…。とにかく、友達が少なく周りに溶け込めていないのに、「普通」の枠とその雰囲気からは決して脱することの出来ない私にとって、それはある意味での憧れの対象であり…。

「…おーい!」

「ひっ!」

 前の席に座る数少ない友人に左肩をクイッと掴まれ、お化け屋敷の仕掛けに引っかかったような声を出してしまう。 一方友人は、おもむろにくじ箱を手渡してきた。そういえば、今は席替えの最中だった。私は小さく謝り、くじを引き、箱を後ろへまわす。

「もう君とはお別れか。寂しくなるねぇ。」

「もしかしたら離れないかも…しれないし。」

 その希望は確率からしては多分薄い。しかし、「寂しい」と云って貰えたことが、実はとても嬉しかった。

 しばらくして、先生が黒板に番号と座席が書かれた表を貼り出した。くじに書いて合った番号の席へ座る、という方式だ。

「随分離れちゃったね。」

 友人が頭を掻きながら云う。私は窓側の後ろなのに対して、彼女は廊下側の前。確かに、絶望的に離れてしまった。

 みんながコンクリートの擦れる音を豪快に立てながら机を移動させる最中、私は静かに机を左後ろにスライドさせた。今の席から近かったので、大規模な移動はせずに済んだのだ。これは今の所一番の幸運である。

 他の人より早く新たな席につき、落ち着き始めると、やっぱり私は彼女…井口さんへ視線を向けた。何故かと言われると、私もまた何故なのだと尋ね返すことしか出来ない。この行動の核に存在するのは、独特な雰囲気への興味心なのか、容姿への見惚れなのか…もしくは純粋に彼女の席が気になっているのか。彼女の席が何処だろうと、私には…確かに少し話したことはあるが、「友達」とは云い切れないぐらいの関係である私には、あまり関係の無いはずなのだが。

 そんな私の自問を他所に、井口さんは人と机の渋滞に揉まれながらも、こちら側…窓側の方に向かって机を押し進めていた。正直に云うと、その時私は心のどこかで、彼女が私の隣に来ないかと願っていた。少しずつこちらへ近づいて来る彼女に、まるでかけっこで我が子の奮闘を応援する親のように、唾を枯れるほど飲んで、無言で汗ばんだ拳を握りしめながら、そわそわしていた。その不思議な感覚は、彼女が私の隣で机を止め、深く座り込んでからも続いていた。

 私は喜びと驚き、そして冷静さが入り交じった、混沌的な感情の渦にのまれた。しかし顔の方には、その中から喜びのみが滲み出ていたらしく、上がった口角が下がらない。そんな所に井口さんは声を掛けてきたんだから、彼女は本当に私を殺したにかかってきたのかと思った。

「隣だ。しゃべれる人で嬉しいわ。よろ。」

 それだけ云って、彼女は懲りずにスマホを触り続けた。先生はなぜ気付かないのだとか、そんな発想はその時は湧かなかった。私の頭の中は、憧れのあの子に「席が近くて嬉しい」と云って貰えたことへの喜びだけで満たされていたからである。

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