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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

日陰の友情

作者: 守月左近

会話文は全て拙い英語でのやりとりです。

それぞれが留学から二、三ヶ月の英語力として読んでいただきたい。

 俺達は教育レベルで隠し事をされている。

 その隠し事は素敵な出会いを邪魔する事も有る。

 他者の思惑に踊らされる若者が減る事を切に祈る。



 (こよみ)では冬の八月。

 朝夕は冷え込み、日中はTシャツで過ごせる南国、オーストラリアの日差しは強かった。

 冬なのにジリジリと日焼けすると言うのは日本人からしたら異世界にすら感じる環境だ。

 油断すると簡単に真っ赤に焼けてしまう。

 比較的日本人の少ない都市を選んだ事も有って、首都でも観光地でも無い街は歴史を感じさせる物でも極端に先進的な雰囲気も無い、落ち着いた空気が有った。

 俺はそんな街の語学学校に通っている。

 語学学校と言っても高校・大学進学を目指す留学生が集まる所だからか、大規模な進学塾の様な雰囲気が有った。

 そんな語学学校ではクラスメートはガンガン入れ替わって行く。

 勉強に付いて行けない者、母国に帰国する者、新たに加わる者が入り乱れている。


 一人の新入りが教師の指定する教科書のページが聞き取れなかったのだろう、オロオロと周囲を見回して闇雲に教科書のページをめくり続けていた。

 特に深く考えていた訳でも無かったが思わず手が伸びて、指定されたページを開き「今ここ」と指でトントンと合図をして席に戻る。

 新入りは何か言っていた気もするが正直それ所でも無い為手を軽く上げて受け流した。

 その位俺は追い詰められていた訳だ。



 騒がしい声が教室に響いている。

 イジメと言う言葉で誤魔化されている暴力から逃げる様にして日本を出た。

 学歴も既にボロボロだった事も有り、もう一度やり直す為に教会のコネを駆使して南の大陸の国に留学を敢行した。

 英会話にも自信が無い状態でも、家に石を投げ込まれる環境に居られず逃げる様に移り住んだ。

 つまり、この教室は俺が生き直す最後の機会だと思って勉学に励んでいた。

 そんな所に騒音をまき散らす連中は俺にとっては敵以外の何物でも無かった。

 他言語が煩わしかった訳では無い。

 ただ、授業が聞き取れないボリュームで連中の母国語で騒がれるのは迷惑以外の何物でも無かった。

 今思うと当人等も悪気が有った訳では無いのかも知れないとは思う。

 言語体系としてキーが高い言語が有る事も理解はしている。

 だが、授業の妨げ(さまた)に成るのは悪意が無くても迷惑で邪魔だった。


「くそうるせえ! お前等黙れ! 顔に付いた肛門閉じやがれ!」

 他者に係わる余裕なんて無いと思って居るのに思わず席を蹴って連中の所まで行って全力のスラングで言い放った。

 留学の際に教わったスラングのひとつをがなる様に叫んだ。

「喋るなとは言わない、だが五月蠅(うるさ)い。黙るか出て行け!」

 怒りを抑える事もせずに言い放った。

「なんだ?」

 一人が席を立って睨みつけてくる。

 既に激怒し、自分の言葉の勢いで更に頭に血が上っている俺は止まらなかった。

「聞こえなかったか? 俺は黙れと言ったんだ!」

 ここからは何を言っているか分からなかった。

「くぇrちゅいおp@あsdfghjkl;:」

 早口で、なにより連中の母国語なんて聞き取れないし、聞き取れても理解出来ない。

「理解出来たか? 黙れと言っているんだ、何度も言うのは嫌いなんだ」

 片言で多分訛っていただろうが、極めて単純な単語を選んで言い放った言葉は連中でも理解出来たらしい。

 教師が俺を叱責した。

 席に戻る様にと胸を強く突かれて渋々後ろに下がった。

 叱責する相手が違うと思うが、問題行動は俺の方らしい。

 面倒臭くなってそのまま踵を返して席に戻る。


 クラスには様々な人種・民族が入り乱れていたが、特に親しくしている人間も居なかった。

 英語習得には日本人同士でつるむのはむしろ害だと思って居たし。

 追い詰められたつもりになって世界を狭めていただけだと後々思い知る事に成るが、それでもその時は他者が邪魔だった。

 ノートも教科書も辞書も真っ黒に成る位シャーペンを走らせていた俺は話し掛けずらい人間だったし、そう演出していたと思う。

 教師も連中に注意をしたらしくその日のそれ以降の授業は静かに進んで行った。

 目をギラギラさせながら一言一句聞き逃すまい、書洩らすまいと集中して居る内に授業が全て終わる。

 そのままホームステイ先に戻るか少し迷い、小腹が空いていた事も有って商店街的なエリアに足を延ばした。

「ホットドッグにするか、サンドイッチにするか……」

 少ない小遣をやり繰りしなければ成らない事も有って出来るだけ安いホットドッグを選択する。

 焼き立てのソーセージを挟んだ熱々のホットドッグを受け取りバス停に向かって歩き始める。

 タイル張りの建物やレンガ作りの建物、どれを見ても日本のそれとはだいぶ違っていて異国である事を再認識させられた。

 冬とは言え日差しは強い、湿度は低い為に汗は出ないが肌はジリジリと焼けて行く。


 微痛(びつう)を訴えかける右腕に視線を落とした瞬間に左腕を誰かに掴まれる。

 突然の事に驚き左側を見ると数人の見知った顔が並んでいた。

 思わず抵抗するも顔を真っ赤にした連中は問答無用とばかりに路地裏に俺を連れ込んだ。

 両手を振り回して抵抗するが多勢に無勢とばかりに小突かれ蹴られして路地の奥に連れ込まれた。


「お前が! あsdfghjkl;」

 お前以外は何を言っているか分からないが激怒しているらしかった。

 怒りの原因は学校でのやり取り以外には無い。

 それ以外に接点も無いのだから。

 授業中に騒いで迷惑を掛けられたのはこっちだ。

 それを逆恨みして集団で向かってくる理不尽に俺の内側でも怒りが再燃する。

「何のつもりだ!」

 我ながら律儀な事だが、オーストラリアに入国してからこっち、独り言でも日本語は使わない様にしていた。

 その習慣がこんな時にも活きるのだと頭の奥の方で考えていた。

 残りの大半はこの理不尽に対する怒りに染まっていた。

 日本での理不尽のイメージも重なって指先が震える程の怒りを覚えた。

 見回してみると六人、つまり連中勢揃いと言う訳だ。

「英語で言え!」

 どう聞いても英語では無い、つまり俺に理解させるつもりが無いのか言語化も出来ない事なのか。

 そんな日々の怠慢に吐き気を憶えて関わる価値も無いと連中を掻き分けてその場を離れようとした所で後頭部に衝撃が走った。

 直後に熱と痛みを感じて倒れ込んだ。

 アスファルトが波打つ。

 視界が渦を巻く様に奇妙な動きをする。

 直後に全身に痛みが走る。

 倒れ込んだ所を蹴られ続けているらしい。

 何時間? 何十分? 何秒? 分からないが蹴られ続けた所で起こされた。

 両手を左右から掴まれて地面に両足を投げ出した状態で体は起こされている。

 顔も腕も腹も背中も脚も、全身が痛い。

 眩暈を起こしている様に視界が定まらない中でも一人が何かを持ち上げているのが見えた気がする。

 瞬きを繰り返すと一人が金属バットを振りかぶって俺を見下ろしていた。

 ニヤニヤの、性根の腐った下衆の顔で笑っている。

 嫌悪感が漏れたのだろう、口の中の血が混じった唾液を吐きかけた。

 奴の表情が今度は怒りに変わって、何かを叫びながら金属バットが振り下ろされた。

 右腕の二の腕からボグッと言う聞き慣れない音がしたと思ったら強烈な痛みが押し寄せてきた。

 折れた、折られた。

 右腕を折られた。

 痛みで体を強張らせながら絶叫が耳に届く。

 痛い、猛烈に痛いと思いながらその絶叫が自分の喉から出ている事に気が付いた。

 痛みに耐えようと身体が自然と背中を丸める。

 そこにまた蹴りが再三降ってきた。

 もう一度振り被られた金属バットが肩に落とされた。

 今度は軽い、陶器が割れる様な音と痛みが走る。

 全身の痛みか腹部を蹴られ過ぎて呼吸が出来なかったのかは分からないが意識が遠退(とおの)き目の前が真っ白に成った。


「ヘイ! ヘイ! お前大丈夫か?」

 そんな声に起こされて目を開けた。

 目を開けても視界には(のう)灰色(かいしょく)のアスファルトしか見えない。

 顔を上げようとすると痛みが走って動けない。

「頭痛い……いっぱい痛い……」

 回らない頭で必死に痛みを訴えると数人に抱えられて起こされたのが分かる。

「病院行く! ジャィーヨー!」

 頭を強く殴られていて込み上げる吐き気を抑えられずその手を払い除けて胃袋の中身をぶち()けた。

 一頻(ひとしき)り吐き終えた所で再び抱えられて車に乗せられた。

 腫れ上がって薄く成った視界でそれがタクシーなのが分かる。

 彼等がドライバーに事情を説明して病院に運ばれた。

 病院に担ぎ込まれたが外国人と言う事も有り、支払い能力を疑われて追い出されてしまった。

 途切れ途切れの意識の中誰かが必死に叫んでる声が聞こえる。

 誰が叫んでいるのだろう?

 さっきから俺を担いでいるのは誰だろう?

 背中を撫でる手の温かさは誰の物だろう?


 身体が横たえられた所で目が覚めた。

 目の前には中年のアジア人が俺を覗き込んでいた。

 何人だろう? 日本人とは違う気がする。

 何となく大陸の人に見えた。

 中年男性と若い男の声が飛び交い、来ていた血で汚れたTシャツを脱がされた。

 身体のそこら中が赤黒い痣だらけで思わず顔を顰める。

 右手を掴まれたと思ったら他の手も伸びて来て折られた二の腕を掴まれた。

 全身を走る痛みに呻くと無遠慮に腕を引っ張られてながらグリグリと腕を捻られた後にゆっくりと手を離す。

 これが(ほね)()ぎだと分かったのは手を離された後だった。

 同じ様に鎖骨も処置されて添え木をされて包帯でグルグル巻きにされた。

 治療が終わった所で追い立てられてベッドから降りる。

 幸い脚は折れていないらしいが、足元が覚束(おぼつか)ずふらふらしていると左腕を取られて肩に担がれた。

 良く分からないが誰かに助けられた、もう酷い目に遭わずに済むのだと思った所で電源が切れた様に視界が暗く成る。


 全身が冷たい様な生温い様な感触で目を覚ました。

 目を開けるとベッドに横たわって居り、周囲に人の気配がする。

 全身に濡れたタオルが乗せられている。

 打撲箇所の熱を取ってくれているのが分かり人影に声を掛けた。

「ここは何処?」

「ここは俺の家」

 声の持ち主を探して首を振り見回す。

 そこに居たのはクラスメートの確か台湾人の少年だった。

「何故助けてくれた?」

「お前日本人」

 二単語で返事が返ってくるが意味が分からず問い返す。

 日本人だから助ける理由が分からなかったから。

「助ける理由が日本人だから?」

「そうだ」

「理解出来ない」

 お互いに拙い英語でのやり取りではなかなか説明が行き届かない。

 彼も視線を彷徨(さまよ)わせて頭の中の辞書を探っている様だ。

「お前隣の席の新入り助けた、だから俺も助けた」

 そう言って指を指した先には確かに俺の隣の席の台湾人の少年が居た。

 ただ、助けたと言われても特に話した事も無い相手で真意が掴めずに眉を上げるにとどめる。

「教科書、お前教えた、助けた」

「知らない、記憶にない」

 教科書? 教えた? 何の話だろうか、分からないのでそのまま答える。

「初日、教科書、お前が教えた、彼は礼を言った」

 そこまで言われて何となく言いたい事は分かったが、それが俺を助ける理由に足る事とは思えなかった。

 怪訝そうな俺を見て二人が笑う。

 屈託ない、気持ちの良い笑顔だと素直に思った。

 と言うよりオーストラリアに来て久しぶりに見る他者の笑顔だった。

「お礼を受け取らないお前、俺達の祖父母が俺達に教えた日本人そのものだった」

 祖父母? 何故ここで祖父母が出てくるのだろう? と不思議に感じたが言葉が続きそうなので彼が言うに任せる。

「昔台湾と日本は一緒だった。祖父母は日本人の誠実さを俺達に教えた。お前教わった日本人その物。だから助けた」

 台湾と日本が一緒だった? そもそも台湾ってどこだ?

「戦争の後、台湾と日本は分かれた、台湾人まだ日本人好き、お前日本人だから助ける」

 第二次大戦後に台湾が日本から離れたらしい。

 正直学校でそんな事教わった記憶が無い。

 と言うか、近代をやった記憶が無い。

「日本人を手本にしろって教わった、お前の日本人らしさが俺達は好き」

 そう言って彼は蕩ける様な笑顔を俺に向けた。

 その笑顔に釣られて、そして心からの安堵で俺も笑った。

「どうやって俺を見付けた?」

「ホットドッグが落ちてた、見たらお前居た」

 食べかけのホットドッグを不審に思って路地を見たら俺が倒れていたと言う事だろう。

 ホットドッグに救われたのかと考えた所で腹から空腹を訴える唸り声が鳴った。

「食べ物持ってくる」

 そう笑って二人は寝室を出て行った。

 二人の背中に動く左手だけで拝み手をした。


 こうして俺は数人の台湾人と縁を結んだ。

 祖父母の代で結ばれた友情が俺を救った。

 なのに当時の俺は台湾の事も知らず、同胞として生き、同胞として死んでいった先人達を知らずに居た。

 日本に帰国し数年が経った頃、東日本大震災が起きた。

 当時の友から安否確認が有り、無事だと伝えると泣かれた。


 なあ、俺達日本人は本当に「君達が愛してくれるに足る日本人」で居られているか?

 君達の期待を裏切ってないか? なあ友よ、俺は君達を愛せているか?

 台湾全土で俺達を案じてくれた恩に、俺達はどう報いれば良い?

 今でも時折自問する。


 愛してるぜ、台湾、朋友(パンヨォウ)

まだネットも身近では無く、スマフォも無い時代のお話。

情報統制じみた20年ほど前の実話。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 1つ目、外国語が一切わからなくても状況が掴めるようになっていて、読みやすいです。 2つ目、ノンフィクションであるということが一瞬信じられない出来事でも、その生々しい表現によって、リアル感…
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