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いつかその日が

「……知り合いなのか?」


 俺は、その正体に気がついていなかった。


 向こうは、こちらのことを知っているらしい。


「えぇと。 話すと長くなるんだけど」


「ゆっくりでいいよ。 座っても?」


「ええ……」


 俺は床に座り込もうとすると、制止される。


「あらあら、ダメよ。 ほら、椅子を用意したから」


 廊下の奥から椅子と机がやってくる。


 宙に浮いたそれはゆっくりと着地した。


 次いでティーセットがやってきて、茶を入れてくれる。


「いただきます」


「挨拶が出来て……いいこね。 お父さんに教えてもらったの?」


「あぁ。 それよりも、あなたは誰ですか?」


「えぇ。 ごめんねお茶ばかりで、お菓子も用意できれば良かったけど……でも、いいお茶なのよ? 採れたてで、庭で作ってるんだけど」


「あの……何者か教えて欲しいんだけどさ」


「あら……ごめんなさいね。 何というか、初めてで。 息子にどう接したら……あぁ」


「…………息子? 俺がか」


「うん。 そうよ。 私があなたのお母さん」


「あの、肖像画の?」


「そーよ。 美人でしょ?」


「……そう。 死んだって聞いたけど」


「そうね。 魔力で生前の記憶を入れているだけに過ぎないから。 正確には本物じゃないの。 でも、会えて嬉しい」


 この暖かさは、母親のものか。


 実際には鬱陶しく感じるが、それでいて落ち着く。


 アンビバレンスな感情を抱きつつも、とりあえずの再開を喜ぼうか。


「どうして、話をしようと?」


「あら、お母さんが息子と話したいっていうのに理由が欲しい?」


「えぇ。 あなたが本物でないなら、何か伝えたいことがあるのでしょう?」


「あなた……賢いわね。 本当にあの人の子ども? 浮気ってしたかしら?」


「……母さん」


「ふふっ。 母さんって呼んでくれたわね。 そうね。 伝えたいこともあるけれど……まずはプレゼントを受け取ってちょうだい」


 本が光る。


 それに触れらと言わんばかりに、本は目の前で浮いている。


 俺は、それに手のひらを重ねた。


「あなたは……魔王。 前任の」


 記憶が身体に侵入する。


 何があったのか、どうしてなったのか。


 歴史が流れてくる。


「そうよ。 これは代々、魔王になるものに受け継がれるもの。 鍵があってね。 それを開けることでその人が行ったことがわかるの」


「……そんな、悲しすぎる」


 母さんは、魔物を守るために戦い。


 恋した男のために命を落とした。


 これは、どこかで見たことがある。


 夢だ。


 何度か見た、誕生の夢。 それと一緒なんだ。


「そんなことないのよ。 だって幸せなまま死ねたんですもの」


「……………………それで、俺に魔王を継げと?」


「いいえ。 終わらせてもいいのよ」


「なら、終わらせる。 魔物のことなんて……考えられない。 だって、俺は人間として生きてきたから」


「うん、そうね。 いいわよ」


「軽いね……いいのかよ」


「だって息子が決めたことだもん。 死人が口出すことじゃないわ」


 涙がこぼれ落ちる。


 そんなこと、軽くいうなよ。


「母さん……でも、俺は親父を止めなきゃいけない。 力を貸してくれ」


「魔王にならないのに?」


「それは……」


「もっと強欲になってもいいのに……私の力でよければいいわよ」


「いいのか? 本当にっ?」


「えぇ。 アスモの鍵は開かれた。 7人目の魔王である私の力は、あなたの物。 あの人の息子だから魔力が心配だったけど、さすがは私の子ね」


 おでこを弾かれた。


 そんなことはなかったが、そんな気がした。


「……母さん。 ごめん……ありがとう」


「でも、勇者ってのは魔王を倒すぐらいみんな強いのよ。 私の力じゃあの人は倒せない。 だから、あなたも頑張らなきゃね」


「……分かった。 頑張る」


「本当はもう少しだけ……長く話せそうだけど、やりたいことが出来ちゃった。 話したいことある?」


「……ううん。 少しでも話せただけ嬉しかった」


「ふふっ。 じゃあ、もう1つ説明だけさせてね。 もう察しがついてると思うけど。 鍵さえ開けられれば、7人の魔王の力、どれも解放できるんだ。 すごいでしょ」


「それは……どんな力なの?」


 その質問はわからないだろう。


 でも、少しでも話していたい。


「さぁ。 過去の人たちも、入れるばかりで解放した記録がないから」


「それは……」


「みんな強かったんじゃない? それか、私にみたいに負けたくなっちゃったのかも」


「……そんなの変なの」


「うん、変ね」


 2人して笑った。


 そして、終わりが近づいた。


「ねぇ、こっちにきて、また、私のこと母さんって呼んで」


 本が地面に落ち、そう語りかけてきた。


 俺は、一歩、また一歩と近づく。


 そうすると、白い影が現れた。


「……母さん」


「はぁい。 レム。 頑張ってね」


 その影は、抱擁してくれた。


 優しく、触れてくれた。


 体温は感じない。


 それでも、とても暖かくて、とても安心した。


 そして、その姿が消えていくのに、不安があった。


 恐怖があった。


 それが消えきった後、喋らなくなった魔本を手にとって、俺は立ち尽くした。


「……行かなきゃ。 でも」


 足が動かない。


 全身が動かない。


 動きたくない。


 でも、行かなきゃいけない。


 ーーほら、頑張るのよ。


 はっきりと幻聴だとわかった。


 それが聞こえるはずがないとわかった。


 でも、その声とともに背中を後押しされ、俺はよろけた。


「……ありがとう。 しか、言える言葉がないよ。 産んでくれて、ありがとう」


 俺は振り返ることはせず、そのまま歩き出した。

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