授業
「おはよう。 やっぱりお前も来させられたか」
「ん、ジャイケルか。 おはよう」
席に着くと、となりにうるさそうなのが座っている。
まぁ、仲のいいクラスメイトだから、邪険にもできまい。
挨拶ぐらいは返すが、ちょっと気になることを言っていたな。
「お前もって?」
俺が聞くと、そいつはすぐに答える。
「先生が今日だけは来いってさ。 お前もいつもいねえのに今日来たってことはそういうことだろ?」
適当に目線を窓に向けながら聞いた。
その先にはローラがいて、目が合うと、そっぽを向かれた。
なんか嫌われたか? 帰り寄り道にでも誘ってみるか。
「なんで俺がいつも来てないって知ってるんだよ」
「そりゃお前、おれはちょくちょく来てるからな。 そして一度もお前と出会ってない」
「そりゃ偉いな。 ご苦労さん」
「とと、そんなこと言ってるうちにいらっしゃりましたな」
ドアが開き、先生が入ってくる。
ほかのクラスメイトと違いそれほど懐かしい感じはしない。
まぁ、昨日会ってはいるんだけどな。
先生は、クラスを見渡した後、笑顔でうなずいてから口を開いた。
「ちゃんとみんな来てますね。 約束を守ってくれる人たちで先生は嬉しいです」
席は全て埋まっていることから、出席は全員しているようだ。
この中で一体何人が真面目に来ていて、何人がサボりを決め込んでいるのか。
それは不明である。
だが、1つ言えることがある。
知り合い以外名前すらわからない。
いや、あの後ろの席のやつ。 あんなのいたっけ。
そんなことを考えていると、どうやら先生のやたら長い話が終わったようで、各々が動き出していた。
「はいこれを……何か考え事ですか?」
前に座るアリアからプリントが配られる。
「いや、特にぼけっとしてただけだよ。 ありがとう」
「どういたしまして」
俺は、それを一枚受け取ると、後ろへ回す。
前を向き、プリントに目を落とそうとすると、アリアがまだこちらを向いていることに気づく。
「どうした?」
「いえ、ペンの用意がない……というか、何も荷物がないように見えるので」
あぁ、授業を受けるんだから筆記用具が欲しいよな。
当然何も持っていないが。
たしかに、プリントには空欄があり、それを埋めるようになっていたり、問題文が書かれていたりするところも見受けられる。
「そんなものはない」
俺が適当にそう答えると、アリアは驚いたような顔を見せた。
「えぇ……さすがはレムですね。 でも、それじゃあ授業になりませんので、こちらを使ってください」
「え、あぁ……はい。 ありがとうございます」
「ん? いえ、どういたしまして」
会話をしていて、なんか間が違うというか噛み合わない奴ってたまにいるよな。
いま、そんな感じだ。
別に嫌とかじゃないが。
そして、受け取ったペンをまじまじと見つめる。
「なぁ、ペンを俺に貸してくれたんだよな? アリア」
「はい。 そうですね。 どうかしたんですか? 何か変ですよ」
「そうか。 いや、気にしないでくれ」
そっか、ペンを渡してくれたんだよなアリアは。
こいつは人にいたずらを仕掛けるような人間じゃない。
つまり、この細い箸のような棒。
インクも、芯もない棒がペンなのだろう。
ジャイケルや、ほかの奴らもなんの疑問もなくそれを使用しており、たしかにそれでものを書いている。
一見すると、リコーダーの掃除棒にしか見えないこれを。
「アリア、俺さ……よく考えたらペンを使うの初めてだった。 どう使えばいいんだ?」
プリントに棒の先を擦り付けるが、何もかけない。
俺はとうとう根を上げてアリアに使い方を問いてみた。
横では、ジャイケルが笑いをこらえている。
聞かぬは一生の恥というが、そんな恥のためにジャイケルに聞くのはなんとなく嫌であった。
「よく考えたらってなんですか」
アリアが、ジト目でこちらをみながら怪訝そうに聞いてくる。
「いや、本当に使い方がわからない。 言うほどペンなんて使う機会があるか?」
「そりゃありますよ。 え? ほんとうにわからないんですか?」
「あぁ、本当にわからない」
そう答えると、彼女は何故だか、嬉しそうに笑顔を浮かべ、指を立てながら教えてくれた。
「まずですね。 向きが逆です。 太い方が下ですね」
なぜこんなにも嬉しそうなのか俺にはわからない。
が、教えてくれるのは素直にありがたいな。
「そっか、逆か。 てっきり細い方かと思ったぜ。 ありがとう」
俺は、そのまま、プリントに太い方を当てて左から右へと薙ぎ払う。
そして、見慣れた文字を書く……が、書けない。
書くのに書けないとはなにか、そう、冗談ではないぞ。
「なぁアリア」
「はい。 なんでしょう」
「冗談ではないぞ」
「いや、最後まで話は聞いてください。 まだ説明は終わってないのですよ」
横で、ジャイケルがクソほど笑っている。
こいつは後でしばく。 いや、ぼてくりこかす。
「次は、どうすれば俺は文字を書くことができる。 教えてください」
「そんな文字を書くだけに熱心な……魔道具を使うのと一緒です。 ペンに魔力を通すようにするんですよ。 ちょっとだけですよ。 魔力を与えすぎると大変なことになるので」
「なるほどな。 魔力をちょっとだけな。 サンキューだぜ」
ちょっとってどのくらいだろ。
まぁ、なんだ。 適当に少なめにすればいいか。
「出来そうですか?」
アリアは少し心配そうだ。
なあに、心配はいらない。
これくらい、やってみせるさ。
「なぁ、ちなみに、大変なことになるってどんなことに?」
俺は手加減を加えながら、魔力をペンに加える。
それを、プリントに接着させようとしながら、聞くと、それは起こった。
インクのようなものが、だらりと噴射した。
それは、机に向かってダラダラと垂れていき、プリントを汚す。
右手に持っていたが故に、俺と、右に座るジャイケルがそのインクによって、体や服を汚した。
「それ、まだ聞きたいですか?」
「いえ、身をもって体験しました」
アリアとともに笑っていると、もう一人の被害者が怒ってきた。
「っておい、俺は関係ないだろ。 どうするんだよこれ」
「まぁ、さんざ笑ったバチが当たったということでひとつたのむ」
「ちくしょうめ」
「そういえば、今朝洗浄の魔法を1つ開発したんだが」
「なに? そいつはいいな。 ちょっとやってみてはくれないか?」
「あぁ、ぜひやってくれ」
相手の許可が得られている状況なので、水球を作り出し、ジャイケルをそれに閉じ込めるのに容赦はいらなかった。
はははっ、なにこれ楽しい。
「あぁ、汚れが……落ちる。 すごく落ちる。 なんていうか。 楽しいとか、スッキリする感じだ」
「アババババ」
ジャイケルの表情は苦しそうで、不謹慎だが、滑稽だった。
「この汚れ、水で落ちるんだな」
「ええ、ですので、プリントを濡らすこと、特に雨ですね。 それらには気をつけた方がいいですよ」
アリアが答えたあたりで、床にジャイケルが倒れ込んだ。
「お前……覚えて、おけ…………よ」
「ジャイケルがいいって言ったんだろ。 知らねーだ」
ふと、一人の男がこちらを伺うのに気がついた。
先生だ。
「賑やかそうでなによりです。 無事だったみたいですね」
「まぁ、おかげさまで。 とりあえず今日はちゃんと来たぜ」
「えぇ、来てくれて先生は嬉しいですな。 さて、君とアリアくん。 君たちにお願いしたいことがあります」
「えと、私たちにですか?」
「はい。 あなた方が適当かと思います。 付いてきてください」
俺は、アリアとともに先生の後についていった。




