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月映え  作者: うちょん
4/5

不撓不屈


 第四夜【不撓不屈】














 看守に撃たれて倒れる囚人。

 今までの恨みを込めて囚人に撃たれる看守。

 一気に広場は地獄絵図のようになったが、その中で、悠悠と歩き続ける四人がいる。

 「さすがに敵が多すぎたね」

 「監獄の中にいる囚人には鍵を渡しておいたし、そのうちもっと騒ぎは大きくなるだろうね」

 その言葉通り、広場だけでなく、監獄のあちこちで同じような騒ぎが起こり、すでに死傷者が出ていた。

 胡蝶は的確に指示を出しながら収束しようと試みていたが、監獄一囚人が多いため、そう簡単には行かなかった。

 それは翡翠たちもすぐに理解しており、とにかく半殺しを目指して動きを止めようとしていた。

 「やべぇぞ、どうすんだこれ!」

 「すごい。最大火力でみんな丸焦げにした方が早いかな」

 「くちっ。最大火力でも一気には無理だ。それに、建物内のガスに引火されても困る」

 「殺生なこった。俺なんて防御しかできねぇのに」

 そうこうして文句を言いながらも、三分の一ほど囚人を収監し終えた頃、霞たち四人が歩いているのが見えた。

 他の囚人たちのように暴れていないことから察するに、きっとこの状況を作ったのがあの四人なのだと分かった。

 そこに立っている霞が、今まで以上に笑ってこう言った。

 「俺達の勝ちだ」




 「応援要請願います!至急至急!」

 「こちらも願います!!」

 わーわーと、まるで戦場のような光景の中、向かい合う複数の影。

 「この騒ぎはお前らか」

 翡翠が睨みつけるようにしながら言えば、霞はケラケラと笑う。

 「俺も今初めて知ったけどね!数えた結果、囚人と看守、人数の差が明らかだったんだってさ!な、鏡!」

 「無意識に数える癖があってね」

 「で、これまでの失敗から俺達は学んだんだ!もしこの人数の囚人が一斉に暴れ出したら、看守に勝てるんじゃないかって。あんたらがいたとしてもね!」

 「・・・・・・」

 霞の言葉に、翡翠たちは顔を見合わせる。

 ここの監獄は、この四人が主力であって、他の看守に与えられたものは武器である銃と、鍛えられた身体のみ。

 だが、通常の人体は武器には敵わない。

 ならば、力のない看守から狙うのが上等だろうと。

 「あんたらに残された選択肢は二つ。一つは、俺達を捕まえて大勢の囚人を野に放つ。もう一つはあいつらを捕まえて、俺達を逃すか・・・。さあ、どっちだ?」

 まるで、隠した飴玉を見つけ出せと言うように、霞は両手で拳を握って前に出す。

 その顔は本当に無邪気な子供のようだが、あまりにも憎たらしいその会話の内容に、胡蝶はくしゃみをする。

 しばらく見合ったあと、翡翠が霞に近づいて行き、その拳を両方下ろさせる。

 「いやー、参ったよ。まさか、こんな手でくるとは思ってなかったから」

 「だろ!?こいつらマジですごいんだぜ!!俺ってばこいつらと同じ檻に入れて感謝してるくらい!!!」

 「だよな。お前の頭じゃこんなこと絶対に思い付かないだろうし、こんなにうまくも行かねえだろうしな」

 「だろ!!?ところがどっこい!俺はやる時はやる男なわけ!ようやくここから逃げ出せるなんて、夢みてぇだ!!!」

 霞はとても自慢気に話す。

 実際、霞が何をしたのかと聞かれると、喝を入れた、というのだろうか、それくらいなのだが、それが決め手といえば決め手だ。

 胸を張って、この場にいる誰よりもでかい態度の霞を見て、今度は胡蝶が口を開く。

 「霞、前科十三犯、脱獄成功率は今のところ零%。それから・・・くちっ。後ろにいるのは、朧、前科八犯の詐欺男。余罪ありだが立証されず。奏、前科六犯の銃刀法違反者。銃に限らず手先が器用なため改造が得意。鏡、確認されてるだけで前科二十犯以上。横領、横流し、密売、密輸、人身売買を繰り返し、麻薬関係にも顔が広い・・・くちっ」

 胡蝶はポケットからマスクを取りだすと、何か薬を飲んでからマスクをした。

 「野に放っちゃいけねえ連中だな。だがそれは、お前らに限ったことじゃなく、あいつらモブもだ」

 「じゃあどうする?もうすでに何人か脱獄しちゃってるかもね?俺達の相手なんかしてるからだよ?」

 喧嘩を売る様な霞のその様子に顔を強張らせた翡翠、その喧嘩を買うかと思ったがそうではなかった。

 急に笑い出した翡翠に、追い詰められておかしくなったのかと思っていた霞たちだが、夕凪がなぜか翡翠を叩いた。

 何やら翡翠と夕凪で喧嘩を始めてしまいそうだったが、花守が間に入って2人の顔面に掌を押しつけて留めた。

 「お前らさ、ここがなんで難攻不落の監獄って呼ばれてるか、知ってる?」

 その花守の問いかけに、霞が元気に答える。

 「知ってら!!あんたらがいるからだろ!?あんたら四人が変な力持ってるから、逃げられねえんだよ!だけどなあ!こんなに人数が多けりゃ関係ねぇつうんだよ!!!はははははははは!!!」

 「ムカつくわ、あの笑い方」

 若干キレそうになった翡翠だが、その霞の笑い声と同じくらい大きな笑い声で花守が笑ったため、霞も負けじとさらに大きな声で笑う。

 それが数秒続いたため、朧と鏡によって霞は大人しくなり、花守も翡翠と夕凪に黙らされてしまった。

 少々目に涙を溜めながらも、花守は続ける。

 「だから甘ェんだよ、お前等」

 「なんだよ!何が違うんだよ!!!」

 「俺達はな・・・」

 翡翠が、いつになくイライラしていた。

 それがなぜなのか、この時の霞たちにはまだ分かっていない。

 花守は歯を見せて笑うと、空気が変わった。

 「四人じゃねえ。・・・六人なんだよ」

 「は?」

 わけがわからないと霞が首をひねれば、翡翠が腹からこんなことを叫んだ。

 「つぅかよぉ・・・!!いい加減、起きろや!!!ボケがあああッッッ!!!!」




 翡翠の怒号のすぐあと、霞たちは何か違和感を覚えた。

 「奏!後ろ!!」

 鏡の叫び声にすぐさま反応した奏が後ろを振り向くと、自分の影からぬっと出てくる何かがいた。

 銃を向けようとしたのだが、いつの間にかすぐ隣にいた翡翠によって腕を動かすことが出来なかった。

 奏だけでなく、広場も監獄内にも、一面に黒い陰のようなものが広がったかと思うと、影から出て来たそれが眠そうに欠伸をする。

 黄色の短髪にスウェット姿の男は、大きく伸びをしたかと思うと、そこにいる翡翠たちに気付く。

 「あれー、久しぶりだね。お腹空いたなー。今なら米3合はいける」

 「玲瓏、出てくるのが遅いよ。外も全部動き止めたよね?」

 夕凪に注意されたことに気付いていないのか、玲瓏は欠伸をしながら返事をしていた。

 玲瓏に動きを封じられながらも、霞たちは勿論だが、他の囚人たちもなんとか必死にもがいてみるのだが、どうにも動かない。

 このまま拘束されてしまうのかと思っていると、花守が言う。

 「え?お前等まさか、ここまでしておいて俺達が何もせずに戻すと思ってんのか?」

 「だって、さっきなんかそんな感じのこと話してた・・・よな?」

 「いやいやいや、さすがにね、俺達も大人だから?本当はそうしたいよ?心から反省しますってことになればさ、このまままた鉄格子の中、ってことも当然考えたんだけどね。さすがに今回ここまでされちゃってさ、さらに言えば馬鹿にされてさ、黙って戻すわけにはいかねぇよな?」

 同意を求めるかのようにして、花守は近くにいる翡翠、夕凪、胡蝶、そして半分寝ている玲瓏に聞けば、外からゴロゴロという大きな音が聞こえて来た。

 確かに今日は天気が崩れやすいとは言っていたが、さすがにこれほど大きく音が聞こえることなんてそうそうない。

 もしかして近くに落雷するのかと思っていると、夕凪が言う。

 「絶対的な監獄。その意味を身体に教え込まないとね」

 感情があまり含まれていない声色が聞こえたあと、その衝撃はやってきた。

 いきなり全身に電気が走り、気付けば一網打尽にされていた。

 「あーあ。加減を知らねえんだから、玉響」

 囚人のみが倒れたその空間で、未だ身体中にバチバチと電気を巡らせている男が現れる。

 肩より少し長い黒の長髪は静電気で多少乱れているが、切れ長の目、そして八重歯がチャーミングなジャージ姿の男。

 後頭部をかきながら不機嫌そうにしている。

 「もう戻っていいか?静電気すごい。バチバチする」

 「お疲れ様、玲瓏に玉響。久々のご活躍だったね」

 胡蝶から許可を得ると、玲瓏はまた影へと戻って行き、玉響は翡翠よりも素早い動きで一瞬のうちにいなくなってしまった。

 「玲瓏の捕縛はすげぇな」

 「玉響の攻撃力も圧倒的だね。俺の火ももっと鍛えよう」

 一人として囚人を逃がすことなく、無事に全員を檻に収めることが出来た。

 死傷者が出たと誰かが言ったかもしれないが、よくよく調べてみたら死者はいなく、怪我人が出ただけで済んだ。

 檻の鍵を看守の指紋認証などにしようとする動きもあったが、そういった機械は壊されてしまえばすぐに逃げられてしまうということで、鍵のシステムを無くし、メインルームで開け閉めを管理することになった。

 とはいえ、これまでの霞たちの脱獄計画は、胡蝶と玲瓏によって常に見張られていたのだ。

 そして今回の事件は、囚人たちに脱獄をすることが無駄であると示すことにもなり、それ以来、脱獄しようとする者は一人しかいなかった。

 その一人とは勿論、霞だ。

 四人の結託は、通常の看守にとって脅威であることから、この監獄内のさらに地下にある監獄へと収監されることとなった。

 一人一人個室になっているそこでは、時間の流れさえ分からないような場所だ。

 そんな場所に収監されても、霞は相も変わらず脱獄方法を考えていたし、ここにいることを楽しんでもいた。

 「あー、みんな元気かなー。それにしても、四人以外にもあんな力をもった看守がいるとは思ってなかったなー」

 朧達も同様に、一人の時間を過ごしていた。

 「陰に雷霆、か。道理で、どんな計画を立てようと失敗するわけだ」

 良い経験をしたと思っていたり。

 「ふぁああ・・・。暇すぎて眠い」

 いつも通りの生活をしていたり。

 「早くシャバに戻って、海外逃亡でもするかなー」

 今後の予定を立てていたり。

 それぞれの思惑や心情が入り混じるのは当然として、誰しもが脱獄を諦めて、一日でも早くここから出られることを願っていた。

 だが霞だけは、脱獄することを愉しみの一つとしていることもあり、どうすれば脱獄出来るかだけを考えていた。

 霞も知らないだろうが、ここは監獄の地下にある“海底”の監獄。

 そこにあるのは、酸素を送り込むだけのパイプのみで、食事のときはそのパイプからチューブが垂れてきて、そこから流動食を受け取る。

 つまらない空間で、つまらない時間。

 ただ一人を除いては。


 「あー、脱獄してぇー・・」


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