戒驕戒躁
第三夜【戒驕戒躁】
あの脱獄計画から早三ヶ月が経とうとしていた頃、看守たちも普段通りの行動を取るようになっていた。
そろそろ次の計画を進めようと思っていた朧たちは、食事をしながらあたりを観察していた。
「うま!なんで飯がこんなに美味いんだ!これはきっとあれだな!ここから脱獄しねぇようにだな!俺ってば名推理!」
なんてことを、特に誰が聞いているわけでもないのに楽しげに話している霞は、おかわりまでしている。
「なあなあ!」
「うるせぇ、なんだ」
「プラン乙は?」
「プラン乙?なんだそりゃ」
「この前の失敗したのがプラン甲だろ?だから今回はプラン乙だ!今度こそここから上手く逃げような!!!」
「そう思うならてめぇで考えろ」
「自分で考えるとすぐに捕まるって分かってるよ!!さすがに学んだからな!俺はそういうの苦手!」
気持ち良いくらいに言い切った霞に、もう朧たちは何も言わずにいた。
そしていつもの自由時間になったとき、朧の隣で寝る準備をしていた奏が、朧の目の動きに気付く。
霞はそれこそ自由に走りまわっているのだが、なぜか鏡が付き合わされているようだ。
犬かと思うほど、霞は元気だ。
「あいつなんかどう?」
「あ?」
そう言われ、奏が見ている方向に立っている看守を見る。
そこには、まだここに来て一年ほどだろうという新人看守がいたのだが、新人とはいえ、ここにくる看守は、他の監獄でそれなりに経験を積んでいる看守だ。
朧が見定めていると、奏が話す。
「あいつ、他の看守からはまだ新人扱いされてて、実際俺達の扱いに慣れてない」
それから、と数人の看守のことを朧に伝えると、朧は品定めしているようだ。
「そんなこと誰から聞いたんだ」
「誰からも。朧もだと思うけど、俺達みたいな人間は、騙しやすい奴とか、丸めこみやすい奴とか、力で屈服させられる奴かとか、ある程度見分けがつく。だろ?」
奏のその言葉に、朧はニヤリを笑う。
そして、口元を手で隠すようにしながらその下で笑っていると、そこへ走り疲れた鏡が戻ってきた。
「で?どうなった?」
「朧の話術と鏡の腕力があれば上手くいくってさ」
それから数日後、実行されることとなった。
「ほんじゃまあ、行ってくるか」
そう言うと、朧がある一人の看守のもとへと向かって行き、何やら話を始める。
最初こそは当然警戒された様子だったが、徐々に看守の表情は人間らしいものになり、楽しそうにも見える。
朧は言葉巧みに看守を連れて歩いてくると、あとは鏡にバトンタッチ。
それを繰り返して行けば、あっという間に四人分の看守の制服が手に入った。
「早くしろよ」
着替えを急かせると、自由時間が終わってしまう前に脱獄を企てる。
囚人の人数があまりに多いため、当然のことながらそれなりの看守の数も多かった。
他の看守に気付かれないように着替えてしまえば、あとは看守であるかのように振る舞えば良いだけだった。
腰には鍵もついているし、銃だってある。
制服で行動していれば、他の看守の目を盗むことも簡単なことで、四人は自由時間で使用される広場を通り抜けると、元来た道を戻って行き、出口方面へと進んで行く。
看守ナンバーも覚えたし、顔写真などがついていないものだったため、ナンバーさえ言えれば平気だった。
「この先にある扉を出て思い切り走れば、俺達は晴れて自由の身だな!!!」
霞はルンルンしながら歩いていた。
朧たちは最後の最後まで気が抜けないと辺りを見渡しながら歩いているが、気配がないことが逆に不安だった。
最後の扉の前に辿りつき、腰についている鍵でそこを開けようとしたのだが、なぜかそどの鍵も合わない。
「どういうことだ?」
一応、全員の鍵を入れてみるが、やはりどれも合わなかった。
そうこうしていると、目の前の扉からぬっと花守が現れる。
「ここの鍵は無いぞ」
霞は思わず叫んでしまう。
「なんでだよ!?」
まるで壁と同化しているかのように、花守は上半身しか出さず、前髪をかきあげながらこう言った。
「ここの鍵は俺だからだ」
「はあ!?意味分かんねェ!お前馬鹿なのか!?人間が鍵なんてことがあるかあ!!!ぶっ飛ばすぞ!!」
「なるほど。最後の番人ってわけか」
なぜかいきなりキレた霞を脇に寄せて鏡が言うと、花守は首を横に振る。
「いや、そういうわけじゃねえんだが、まあ、ここを通すとアレだ。なんか怖いから。俺以外の奴らがさ、めっちゃ怒るんだわ」
ばっ、と奏を筆頭に銃を構えると、その扉と扉にいる花守を狙って連発する。
しかしやはり傷をつけることが出来ずにいると、今度は鏡が花守に襲いかかる。
「!?」
花守の身体に蹴りを入れようとした鏡だったが、花守の身体は人間のそれとはまるで違う硬さで、一発蹴っただけで分かった。
骨に罅が入ってしまったと。
それほどまでの強固な花守の身体に手も足も出ずにいると、そこに翡翠と夕凪も到着した。
「今頃来たのか、傷モン同士」
「お前じゃ捕獲は出来ねえから来てやったんだよ!感謝しろ」
「翡翠、恩着せがましいね。そういうところ直した方が良いと思う」
「ああ!?」
前門の虎、後門の狼ではないが、前にも後ろにも進めない状況に、霞たちはお手上げ。
そのままいつものように連れていかれる。
「看守の制服盗むとはな。盗まれた奴らには胡蝶の説教だな」
「あのお悟り説教か。この前は5時間も正座で説教されたらしいぞ」
すぐに収まった今回の脱獄で、朧はもう次のことを考えていた。
それを、朧の表情から理解した奏と鏡は、このことは霞には伝えずにいようと思うのであった。
檻に戻った四人は、またしばらく監視されることとなった。
今度は看守が5人にまで増えており、この四人のためにそんなに人員を削って良いのかと思ったが、それほどまでにここでの脱獄は珍しいのだ。
ただでさせ珍しいのに、すでに二回に亘って脱獄をしようとしたこの四人には、それだけ人員を割く必要性があると判断されたのだ。
檻の前での監視だけでなく、自由時間にも自由ではなくなり、常に看守に包囲されている暑苦しい状況で、飯の時にも寝る時にも、生霊のようについて回る。
何が一番嫌かというと、トイレの時間だ。
怖い顔をした数人の男にみられながらのトイレなど、何もスッキリしない。
それも時間が経つと徐々にゆるくなっていき、半年も経てば以前と同じようになった。
「なあなあ、今度はいつする?」
修学旅行中の就寝前のひそひそ話のように話しかけて来た霞に、朧たちは何も言わずに飯を食べていた。
こいつに言ったら、どこで口を滑らせるか分かったものではないと、言わずもがなの意見の一致である。
この頃になると、なぜか霞と一緒に飯を食べているのは奏だけとなっており、朧も鏡も、それぞれ別に食べていた。
「喧嘩でもしたのか?」
「何が?」
「だってさ、この前からずっと別々じゃんかよ。飯だって一緒に食った方が美味いって、誰かが言ってたぞ!!同じ釜の飯を食おうぜ!」
「同じ釜の飯は食ってるから安心しろ」
「そっか!確かに!」
箸で大根を半分にしながら、奏はちら、と朧と鏡の動きを見ていた。
「朧は他の奴らと仲良くしてるし、鏡は鏡で腕相撲なんかして遊んでるし。なんで俺とは遊んでくれないんだよ!どういうことだよ!奏!」
「五月蠅い。耳元で騒がないで。鼓膜破れそう」
「奏!何か演奏してくれ!俺の心を和ませてみろ!!」
「なんで命令形なの。それに俺、楽器は何一つとして演奏出来ないから」
「どういうことだ!奏っていう名前なのに何でだ!ちゃんと説明しろ!!!」
「それを言うなら、お前だって霞んでねぇだろ。目立ち過ぎ」
「確かに!」
「黙って食べたら?」
「そうだな!」
すでに食べ終わっていた霞だが、おかわりをしてまた食べ始める。
いつも元気に動き回っているからか、カロリーを消費するらしく、霞よりも背の高い男よりも腹に入る量が多い。
奏が食べ終えてトレーを片づけようとすると、霞が待ったをかけるが、聞こえないフリをしてさっさと戻る。
「そろそろ頃合いだな」
食事を終えた囚人たちは、それぞれの檻に戻って一夜を過ごす。
そしてそれからさらに一週間経ったとき、いよいよ最後の手段に出る。
「脱獄だーーー!!!」
「逃がすな!!全員捕まえるんだ!!」
「こんな人数、どうやって捕まえるって言うんだ!!」
その日はとても天気が乱れやすく、今にも雨が降りそうだった。
それでも自由時間ということで外に出た囚人たちは、どういうわけか、ある時刻になると一斉に看守たちを襲った。
「ここでのきっちりした生活が幸いしたな。指定時刻ぴったりの反乱だ」
「え?どういうこと?」
「今すぐてめぇの脳味噌潰してやろうか」
「潰す価値もないと思うぞ」
囚人たちが自分たちの思うように動いていることで、朧たちもとても動きやすい事態になっていた。
ずっとこの時を待っていたのだ。
霞には話していなかったが、朧と鏡はこれのために、他のほとんどの囚人たちに声をかけていた。
囚人の中にいる暴れん坊や、ボス的存在相手は鏡に任せ、自分たちの言う事を聞くように力で跪かせ、反対に大人しい、賢い、力馬鹿は相手にしないような囚人には朧が近づき、上手く誘導する。
そんなこと、彼らには簡単だった。
奏には奪った銃の扱いなどをレクチャーしてもらう予定だったのだが、霞があまりにも奏から離れなくなってしまったため、それは断念した。
まあ、銃を扱ったことがある囚人もいるだろうということになったのだが、的中率でいうとやはり奏の指導は必要だっただろう。
それでも、銃を奪って追手に対する牽制になれば良いだろうということになった。
「じゃ、俺達も行くか」
すでに奪った銃を片手に、霞たちは歩きだす。




