ピザ
今日は金曜日の晩だけれど、司さんが呉さんと一緒に呑みに行くとの事で、予定が空いてしまった。莉子に連絡を取ってみると、引っ越し作業中で手抜き料理しか出来ないけど、来る?とメッセージが届く。もちろん行くに決まっている。最近退社した彼女の居ない会社での生活で、莉子ロスに陥ってしまっているのだ。自分がどれだけ彼女に依存していたか、思い知ってしまった。それは、周りの同僚も同じの様で…。何処となく沈んだ空気が、部内を漂っていた。
ビールやワインを買い込み、彼女の自宅へと足早に歩を進める。別に急いでもいないのだけれど、ただ早く会いたかった。
「こんばんは、莉子。」
インターフォンのカメラに向けて、微笑む。
いらっしゃいと彼女の声が聞こえて、自動ドアが開いた。エントランスを抜けて彼女の部屋の前に立つと、何故だかドキドキしてしまう。家に行くのはそれ程久しぶりでは無いのに、莉子ロスは思ったより深刻な様だ。
「本当に何もないよ?」
ドアを開けた莉子の笑顔を見て、キュンとなる。思わず抱き付いて、莉子を補充する事にした。あ〜これこれ、莉子の匂いだ。
「あれ?やけに甘えてくるね。」
ふふふと笑いながら、莉子はヨシヨシと頭を撫でてくれた。…本当に私は、子供みたいだ。たっぷり十秒程充電した後、彼女にビールやワインを差し出した。莉子は袋を覗き込み、ノンアルコールなのを確認して、ふっと笑うと冷蔵庫にしまう。その辺は抜かりはないのだ。
「お腹空いてる?」
「ペコペコ〜。」
「仕事は忙しい?」
「まぁ、それなりに。莉子がいなくなっちゃったからね。でも、大丈夫だよ。」
仕事もだけど、莉子がいないことの方が寂しい。だけど、心配させてはいけないと、笑顔で答えた。
「そっか。」
「大分片付いたね。」
部屋を見渡しても、生活するのに最低限に必要なものが出ているだけで、他は段ボールに詰められている様だ。
「もう、明日引っ越しちゃうから。」
「予定どおり、手伝いに行くからね。」
「明日会うのに、今日も来てびっくりした。」
あははと笑いながら、莉子は言う。引っ越し業者さんが色々やってくれるプランだから、必要ないのかも知れないけれど、やっぱり妊婦だから心配なのだ。私の手だって、猫の手よりはマシなはず。
「今日はピザでーす。後片付けが簡単だから。」
冷蔵庫から取り出した、袋に入っているピザを莉子は見せてくれる。
「コレって、スーパーに売ってるやつだよね。」
チルドのオーブントースターで焼けるタイプのやつで、時々安売りしているのを見かける事があった。
「そう。具が少ないから増量して焼くと、良い感じなんだよ。」
お皿には、薄切りの玉ねぎやトマトの角切り、ベーコンやチーズ、コーン、ピーマン、オリーブなどが乗っていた。
「おお!乗せて良いの?」
「もちろん!好きなの乗せて焼こう!」
色鮮やかに乗せていくと、本当に豪華に見える。宅配ピザも良いけれど、こんなのも楽しくて良い。それに何より、安上がり!司さんとも一緒にやりたいな…。よし!今度やってみよう。
焼けるのを待っている間、莉子に赤ちゃんのエコー写真を見せてもらった。凄い!お腹の中で人が育っているなんて、どんな感じなんだろう?
「さすがに性別は、まだわからないよね?」
「5、6ヶ月ぐらいになったらわかると思う。」
「女の子か、男の子、どっちが良い?」
「どっちでも良いけど、どちらにせよ、可愛い服着せたいなって思う。」
ふふふと笑いながら、莉子は写真を撫でる。
「今までは気にも留めなかった子供服に目がいく様になって、それを着ている子供にも目がいく様になって、前よりも子供って可愛いなって思う様になったんだ。何だか世界が変わった気がするんだよ。不思議だよね。」
「莉子が、変わったんだね。」
「きっと、そうなんだろうね。」
でもそれは、嬉しい変化だ。
「…実は私もね、莉子が妊娠してるって知ってから、子供服気にするようになったんだ。すっごく可愛い服いっぱい売ってるんだもん!」
「あははは、出産祝いは頼んだ!」
「任せて!センス良いの選ぶから!」
「…産む事とか、育てる事に不安が無いわけじゃないんだけど、それ以上に楽しみたいんだよ。母親が笑顔じゃないと、子供も不安がるでしょう?」
「そうだね。」
私はオーブントースターの中のピザを見詰める。
「お腹の子が大きくなったら、このピザも、一緒に作れるね。」
「そうだね。…手抜き料理だけど。」
「たまには良いって!それよりも、莉子の料理を毎日食べて育つその子が羨ましいよ?私は。」
「そうかな?」
「そうだよ!」
「私だって、出来るなら莉子の料理を毎日食べたい!」
「あははは、毎日は無理でも、遊びに来たら作ってあげるよ。」
チン!とトースターが音を立てた。
取り出してピザカッターで6当分すると、莉子は次のピザをセットしている。私はノンアルコールビールを冷蔵庫から取り出した。
「熱々のうちに食べよう!」
莉子は椅子に座ると、パクリとかじりつく。私もトロけるチーズに気を付けながら頬張った。
「美味しい!店に出せるよ?」
「あははは、大袈裟!」
ノンアルコールのビールを飲みながら、二人で笑い合う。この時間が、私には必要だ。莉子はどうだろう?
「独身じゃなくなっても、一緒にいてね。」
莉子は私を見詰めて微笑んだ。以心伝心だろうか、心が温かくなって思わず私も微笑んだ。
「もちろん!おばあちゃんになるまで一緒だよ。」
「…先は長いね。」
「そう、長いんだよ。」
どんなに形が変わっても、私と彼女の絆が消えるわけではない。たとえ、お互いに忙しくなってしまったとしても。会えばいつもの様に笑顔になる。そんな関係が続く様に、いや、続けるんだと思った。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
このお話も、そろそろ終盤の気配です。ちゃんと着地できる様に、頑張ります!
短編を書きました。『道しるべ』という話です。これも衝動的に書いちゃいました。短い話なので、ご興味のある方は、読んでいただけると嬉しいです!
ではまた☆あなたの貴重な時間を使って頂いてありがとうございます♪感謝です!