表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕達の日常  作者: さきち
97/135

変化

 最近、結衣と一緒に出社している。僕が早めに行っているという、理由はあるんだけど。

「今日も早く行くんですか?」

 いつものカフェで、自分のタンブラーにコーヒーを淹れてもらいながら、結衣が僕に話しかけた。僕も彼女の隣で、自分のコーヒーが出来上がるのを待つ。

「うん、緑川先輩の担当してた取引先が、僕に振られちゃったから。資料を確認したりとか、いろいろね。」

「それって、凄いことじゃないんですか?」

「うん。僕だけじゃないけど。ただ、ちゃんと引き継がないとってプレッシャーがね…。」

 緑川先輩の意思も反映されてると上司に聞けば、引き受けない訳にはいかなかったのだ。

「期待されてるんですね。」

「そうだと良いんだけど。」

 先輩からは軽い感じで後よろしく!なんて、メッセージが来てただけだけど。押し付けられただけの様な、気がしないでもない。

 彼が落ち着いたら、引き継いだ事を報告に、二人で取引先を回る事になっていた。



 会社へ向かう道を、結衣と並んで歩く。そんな事がどうしようもなく嬉しいって言ったら、君は呆れてしまうだろうか。

 君はどうして一緒に行ってくれるんだろう。付き合っている事実を、会社の人に知られるのを、嫌がっていたのに…。ねぇ、僕でもいいの?期待してしまうんだけど。


「見られても、いいの?」

 そんな事を考えていたからか、そんな言葉が口を突いて出てしまった。

「…いいんです。」

「そっか。」

 いいんだ。…君と付き合ってるって、会社で言っても大丈夫って事かな?同僚に、にやけない様に話すことが出来るだろうか。チラリと横を歩く君を見て、その白い指が目に入る。

「じゃあ、手でも繋ぐ?」

「え?」

 赤くなった顔が可愛い。

「…冗談。」

 もう!と言って、プイっと横を向いてしまった君に、ゴメンと謝る。だけど顔がにやけて、思わず笑ってしまう。

「そんな事したら、仕事モードじゃなくなってしまうじゃないですか。」

 小さな声で、結衣はそんな事を呟く。

「…それはそれで、見てみたい気が…。」

 あ、心の声が漏れてしまった。余計な事を言ってしまう癖は、相変わらず全然直らない。

「司さん!」

「ごめんなさい。」

 ここは大人しく謝っておかなければ…。もう、と今度はため息をついて、結衣はふっと笑う。あ、怒ってないみたい。

「仕事モードじゃない結衣は、仕事が終わってからたっぷり見せてもらうとして、今日は家来る?」

「行きます。」

「じゃあ、後で連絡するね。」

 会社の廊下で別れて、僕たちはそれぞれの仕事場に向かった。




 少し残業で遅くなりそうだったので、結衣に連絡する。そうしたら、僕の家でご飯を作って待っていてくれると返信が来た。合鍵は渡してあるから問題無いんだけど、作ってもらうのは申し訳ない気がする。外食でもいいよ?と送ったら、観たいテレビ番組があるとの事。それならと、お言葉に甘えてお願いする事にした。

 前からご飯を作ってもらうことはあったけど、二人でいる時だけだったし、作って待っていてくれるなんて初めてだ。

 …ちょっと、嬉しくて頬が緩みそうになるのを必死に我慢していたら、青木に何か嫌な事でもあったのかと心配そうな顔をされてしまった。僕のポーカーフェイスの完璧さは置いておいて、逆に見えるのは良くないかもと反省する。訳を説明すると、先輩って可愛いですねとニヤニヤと笑われてしまった。…言うんじゃなかった。


 家に帰って部屋を開けると、美味しそうな匂いが漂っていた。どうも音からして揚げ物らしい。一人の時に揚げ物はしないので、気分が上がる。

「ただいま〜。」

「お帰りなさい。もうすぐ出来ますよ。」

 彼女は振り返って僕に笑いかけた。

 皿に盛られているのは、唐揚げだ。サラダは温野菜だったので、僕の好みに合わせてくれたらしい。それだけで彼女が女神に見えた。

「ありがとう!着替えてくる!」

 疲れなんか吹っ飛んで、いそいそと寝室に向かってそそくさと着替えた。僕は餌を待つ犬の気分で、グラスや皿を並べる。唐揚げと最強コンビの、ビールも忘れちゃいけない。

 乾杯して食事の時間を、二人で楽しむ。会社での事や、ネットで話題の事なんかを話しながら、そんな幸せを噛み締めていた。

 家に帰って誰か居るって、いいもんだなぁと思う。結婚したら、こんな感じなんだろうか…なんて。



 僕は最近、ある事を考えている。

 食事を終えてソファーに腰掛け、お気に入りのクッションを抱き抱えて、テレビに釘付けの結衣を見詰めた。

 青木と姉さんの婚約、緑川先輩の婚約と立て続けに起こった、変化。それらに影響を受けていないとは言い切れない。

 結婚なんてぼんやりしたものだったのに、くっきりと思い浮かべる様になったんだ。切っ掛けは青木の勘違い。あれから、結衣と僕との未来を真剣に考える様になった。だけど、君の気持ちを置き去りには出来ないし…。


 ねぇ、僕でもいい?そんな事を心の中で呟いて結衣の手を握ると、ニコッと微笑んで彼女の視線はまたテレビに戻った。

 その白い指に、嵌めてもらえるかな?約束の証を。クルクルと左手の薬指を触ってみても、僕にそのサイズを知る能力はない。

 何号なんだろう?みんなどうやって、彼女の指輪のサイズを知るんだろうか?聞いてみる?聞いたらどんな顔をするんだろう?


 自分には、カッコイイプロポーズなんて、似合わない気がする。だけど、結衣の理想のプロポーズもあるのかな?

 僕の勇気が試される時は、そう遠くはない気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ