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僕達の日常  作者: さきち
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お茶と思い出

 焼肉を食べて、ビールを飲みながら、たわいのない話に興じている。

 俺も代行を頼むつもりで、ビールと焼肉を楽しんでいた。肉は一通り食べ終えて、お酒も進み、シメのカルビジャンクッパを堪能していた時、昨日のお葬式とその後の出来事を思い出す。

 温かいお茶を飲みながら、昨日のお葬式の後で、家政婦の吉田さんがさ…と稔と努に向かって話し出してしまう。ああ、俺は聞いて欲しいんだ…。

 吉田さんは、俺の家に古くから居る家政婦だ。それこそ、俺が子供の頃からずっと。俺は思い出す様にポツリ、ポツリと言葉を紡ぐ。亡くなった母との思い出を…。




 彼女は過去の中に生きていると、俺は思ってた。


 お父さんに初めてプレゼントしてもらったブローチを、時々愛おしそうに見詰めていたから。少ししか無かった幸せな時間の中に、彼女は生きていると思っていた。




 莉子を送って行くからと愁が言い、先に家に帰って来たら、静まり返った家の冷たさみたいなものを感じた。息子が出て行って、これからこの広い家に一人になってしまうのだと思ったら、何とも言えない寂しさが込み上げてくる。

 吉田さんだけは、またこの家に戻って来てくれて、俺を労ってくれた。


「お疲れになったでしょう?お茶を淹れますね。」

「ありがとう。吉田さんも一緒に一休みしよう。」

「ありがとう御座います。」

 お盆の上には急須と茶筒、汲み出しとお湯の入ったポットが乗っている。祖父母と仲が良かった俺は、彼らに影響されて緑茶が好きだ。

 吉田さんは、汲み出しにお湯を注いで冷ましている途中、茶匙で急須にお茶っ葉を入れている。ぼんやりとその動作を見ながら、汲み出しに一煎目のお茶が注がれた。俺はこの一煎目のお茶が好きだ。低い温度で淹れられたお茶の、出汁の様な旨味が舌に広がる感覚が、最高だと思う。濃いめが好みの俺に合わせて、吉田さんはお茶っ葉を多めに入れてくれた。

 汲み出しを両手で包む様に持ちながら、口に含んで味わい飲み込む。ほっと息を吐いた。お茶っ葉はケチったら駄目だと力説していた、祖父の言葉を思い出す。

 何故、祖父を思い出したんだろう?今日、母を祖父母と同じ様に見送ったからだろうか…。母さんは、天国でおじいちゃん達と会ってるのかな?


「愁は莉子ちゃんを送って来るって。」

「そうですか。お腹空かせて帰って来られるかも知れませんね。」

「莉子ちゃんの家で、のんびりしてるかも知れないし、放って置いて大丈夫だよ。」

 多分、間違いないだろう。愁の行動は何となく読める。

「ああ、そうですねぇ。」

 吉田さんも納得した様に頷いた。

 昔から家にいるからか、吉田さんは俺にとっての姉の様な存在だ。だから、家族の事も気兼ねなく話せる。昔は悪戯をして怒られた事もあるくらいに、親しい。

「会うのは二度目ですが、お綺麗なお嬢さんですね。」

「良く射止めたもんだと、褒めてやりたい。」

「ふふふ、奥様もやるわねあの子って、愁さんの事を褒めてましたよ。」

「…え、母さんが?それ本当?だって、二人で母さんに挨拶に来た時には…。」

 あの時の、愁のゲンナリした様子を思い出した。にわかには信じ難い。

「愁さんの結婚と、子供の事を誰より喜んでいらしたのは奥様ですよ。」

 ちょっと待ってくださいと、立ち上がった彼女は、奥の部屋に消えて、戻って来た時には何かを持っていた。

「これを見てください。」

 可愛くラッピングされた淡い黄色のニットの帽子と、それとお揃いの靴下を手渡してくれる。手作りなのか…。母さんは手先が器用で、編み物が得意だった。小さい頃は良く編んでもらったものだ。

「まだ、男の子か女の子かも分からないから、黄色にしてみたのって嬉しそうに微笑んでらっしゃいました。私からだと受け取ってくれないかも知れないから、あなたからって事にしてくれないかって。」

 体裁が悪いと、厳しい言葉を愁に投げつけていたのに…。

「…なんて、不器用なんだろう。」

 手先の器用さと、態度の不器用さを両方持つ母。それが可笑しいような、寂しいような…。

「それが、奥様らしいじゃないですか。」

「…そうだな。」

「奥様のキツイ性格と物言いは、弱さを隠す為の鎧です。私自身も、それに気付くのに時間がかかりましたけど…。」

 ふっと昔を思い出したかの様に、吉田さんは微笑んだ。

「…そうだな。本当は弱い人だったのかな?」

「弱さも強さも、持ち合わせていた方ですよ。」

「…そっか。本当にそうだな…。」

 自分の手の中にある、手編みの帽子は、ちゃんと母からだと愁に言ってやらなければ…。これから生まれてくる生命は、確かに愛されてたんだと、愁に思ってもらえる様に…。

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