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僕達の日常  作者: さきち
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訃報

マンションの前で鼻歌を歌っている、黄瀬さんに出会った。コンビニの袋には、ビールとポテトチップスが入っていて、また買い込んできたのだと分かる。涼子さん、大変だなぁ…。

「聞いたよ、莉子ちゃんの事。」

エレベーターを待ちながら、黄瀬さんが言う。

「情報が早くないですか?」

まだ、それ程時間は経っていないのに。

「涼子が、美穂ちゃんから聞いてきたんだよ。あと、武から新居探しを頼まれたんだ。」

「ああ、なるほど。」

それなら、納得がいく。まぁ、おめでたい事だから、良いよね。

「これで、あの別荘の売却先が決まったな。」

「え、緑川さん、OKしたんですか!?」

「まだ、だけど。ほら、そこは俺の営業トークで。」

そう言ってニヤリと笑うところを見ると、自信がありそうだ。

「式ってどうなるか聞いてる?」

「いえ。何も。」

「莉子ちゃんが妊娠してるから、早めにはなるだろうけど、場所や日にちを押さえるのが大変そうだよなぁ。披露宴に、来る人数も多そうだし。」

「あー、そうですね。」

チンと音を立てて、エレベーターが到着した。僕達はそれに乗り込んで、7階のボタンを押す。

「それがさぁ…、ここだけの話、武のお母さん、身体の調子が良くないらしい。場合によっちゃ、もっと先に延期の可能性がある。」

それって危篤状態って事?

「え、重い病気なんですか?」

「癌らしい。でもそれは前からなんだ。何度も再発してるんだけど、今回は歳が歳だけに、手術はしない事に決めたんだって。通院しながら家で過ごしてたみたいだけど、先週急に悪化したとかで、今、入院中なんだって。」

深刻そうな顔の黄瀬さんを見て、なんとも言えない気分になった。

「先輩の子供が生まれるまで、持てば良いけど…。」

きっと、見たいんじゃないだろうか。

「もしかしたら、結婚式にも出られないかも知れないな…。持ち直せば良いんだけど…。」

黄瀬さんは、緑川さんのお母さんと面識があるらしい。知っている人が、病気で苦しむ姿を見るのは辛い。僕は叔父さんで経験済みなので、そんな話を聞くと、何となく気分が沈んでしまう。黄瀬さんと別れた後も、しばらくはその感情が消えなかった。



そんな事を黄瀬さんと話していた数週間後、訃報が届いた。にわかに社長や緑川先輩は、慌ただしくなり、赤城さんも会社を休んで付き添っているらしい。

僕は面識はないけれど、結衣と一緒にお通夜にだけ出席した。盛大と言うよりは、ひっそりした感じで意外に思ったんだけど、亡くなられた本人の意向らしいと聞いて納得する。ただ、出席者は多かった。

ひ孫の誕生には、間に合わなかったんだな…。遺影と赤城さんのお腹を見詰めながら、そんな事を考える。それは、やはり、とても寂しいような気がした。


10月の半ば、一雨ごとに風が冷たくなってきたけれど、次の日は秋晴れでそんな中でお葬式は行われた。会社の窓から空を見上げて、今日が晴れて、良かったと思う。きっと沢山の人の姿が、空の上から見えるだろうから…。



僕が仕事を終えて、自宅へ向かって歩いていた時、一台の高級車が近くに停まった。誰かと思えば、普段着を着た黄瀬さんが、窓を開けて助手席から顔を覗かせている。

「おーい、司君。」

黄瀬さんが手をひらひら振りながら、声を掛けてきた。

「今帰り?」

運転席の緑川さんが、僕に問う。後部座席には桃井さんもいた。何処かへ行く途中だろうか。

「はい。緑川さん、…この度はご愁傷様です。」

昨日はお葬式だった筈だ。

「気を使わないで。ずっと病気だったから、覚悟は出来てたんだ。」

平気そうな顔をしているけれど、それが本心だとは限らない。

「…そうですか。」

「あ、そうだ。晩御飯まだなら、焼肉行かない?もちろん、奢りだよ。」

「焼肉?」

「そう、焼肉。心を鈍感にしたい時は、肉を食べるんだよ。」

鈍感に…。

「初めて聞きました。」

「母の持論。心を鈍感にしたい時には、肉を食べる。逆に研ぎ澄ませたい時には、魚や野菜を食べるんだって。」

「そう言えば、誠司のお葬式の後も、皆んなで焼肉行ったよなぁ…。」

そうだったんだ…。

「帰ってから、作るの面倒だったんで、僕は有難いですけど、良いんですか?」

「良いの良いの。乗って。」

僕は、後部座席に乗り込んだ。音もなく発車する高級車は、さすがに乗り心地がいい。



高級焼肉店に着いて、個室に通される。緑川さん達は一通り注文を済ませると僕を見た。

「司君、他に食べたい部位ある?」

「じゃあ、カルビで。」

「…若いなぁ。」

緑川さんがしみじみ言うものだから、不思議に思う。

「え?」

「僕らおじさんには、カルビは重いんだよね。昔はいっぱい、食べられたんだけど。」

桃井さんが苦笑いしながら説明してくれた。

「そうそう、最近はもっぱらロースとハラミだなぁ。」

黄瀬さんも同意する。…夜中にポテトチップス食べてるのにと思ったけれど、突っ込まずにじゃあ、一人前でと店員さんに注文した。


いつもと同じ様な、何気ない会話。目の前の三人は笑顔だけど…。

心を鈍感にする為に、肉を食べる…か。覚えておこう。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。

次回も焼肉店での場面は続きます。ちょっと重い話になるかも知れません。


ではまた☆あなたが楽しんでくれています様に…。雨降る夜に。

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