表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕達の日常  作者: さきち
91/135

愁の決意

結局、私は彼に何も言えないまま、ずるずると怖い事を先延ばしにしていた。しっかりしているなんて言われるけれど、そんな事はない。本当は傷つく事を怖れる、ただの意気地無しなのに…。

いい加減、今日こそは言わないとと思いながら、出社する。いつもの様に掃除をしている結衣に挨拶をした。

「手伝う事ある?」

「観葉植物の水やりがまだだから、お願いして良い?」

うん、と返事をして、土の乾燥具合を確かめる。土に指で触れると、結構乾いていた。

「エアコンつけてると、乾燥しやすいのかな?」

ジョウロで水をやりながら、結衣に話しかける。

「そうかもね。過ごしやすくはなってきたけど、昼間は暑いから…。」

何でもない様なやり取り。それは、ある話題を避ける様に…。


「…ねぇ、言った?」

チラホラ出社してきた同僚が、近くにいない事を確認しながら、結衣が遠慮がちに口を開いた。何をかなんて、分かってる。

結衣は心配そうな視線を、チラチラ私に送っている。ああ、心配させている…。そう思うと自分が情けなかった。

「…まだ。」

思わず溜息が漏れた。

「…そう。」

それ以上は何も言わない結衣に、私は甘えている。本当は言いたい事があるはずなのに…。

馬鹿な私は、そうやって心配をかけているんだな…。問題を先送りにしても、事態が好転する訳でもないだろうに…。だけど、時間が過ぎて行くほど、言い出しにくくなってしまっている。本当に馬鹿だ…。

落ち込む気持ちを押さえ込む様に、PCを立ち上げる。仕事に集中しよう、そうすれば考えなくて済むから…。


「莉子。」

不意に掛けられた声に、驚く。振り返ると愁がいて…。会社では名前で呼ばれた事はないのに、どうしたのか。結衣も驚いた顔をしていた。

「ちょっといい?」

出勤して来た同僚の視線を気にながら、彼の背中を追いかける。迷い無く会議室のドアを開ける愁は、私を中へと誘う。

真剣な顔で私を見詰める彼から、目をそらす。何か、悪い事が起こりそうで、怖くて怖くて仕方なかった。腕に爪を立て、痛みで感情を誤魔化す。

「…莉子、ごめん。」

彼は私の手を取って、項垂れた。意味が分からず、混乱してしまう。

「…愁、どうしたの?」

「妊娠してるんだろ?俺の子。」

思わず息を飲む。何故、愁が知っているのか…。昨日までは、確かに知らなかった筈だ。だって、一緒に居たのだから…。

「…どうして、知ってるの?」

「…さっき、黒川から聞いたんだ。青木が、君と白石さんが産婦人科の病院から出て来る所を、見かけたらしい。」

「…そうだったんだ。」

見られていたとは思わなかったので、理由を聞いて納得してしまった。

「莉子、ごめん。不安にさせて。結婚相手が俺では不安?大した男じゃないけど、君の事を好きな事だけは、誰にも負けないって思ってる。」

彼は捨てられた子犬みたいな瞳で、私を見詰めていた。

「…結婚、考えてくれてたの?」

「当たり前だろ?初めて親に会ったのは偶然だけど、その後は俺の意志だよ。」

「だけど、ハッキリ言われた事は無かったから、不安だったの…。」

「…やっぱり、俺のせいだったんだな…。」

ごめんと愁は私を抱き締めた。ファンデーションが付かないだろうかと、ハラハラしてしまう。まだ、朝なのに…。

「…まだ、返事聞いてない。」

ポツリと彼が呟く。

「俺と、結婚してくれる?」

「うん。」

ほっとしたのか、私を抱き締めていた彼の腕の力が抜けたのが分かった。愁も不安だったのかな?

「本当は指輪もキチンと用意して、カッコ良く決めたかったのに…。」

苦笑いして、彼はカッコ悪いプロポーズになってしまったと言う。そんな様子が、可愛くて思わず笑ってしまった。

「私の前でまで、完璧じゃなくて良いんだよ。」

私は、あなたの全てを見たいし、知りたいのだから。



それぞれの部署に戻る道すがら、二人で並んで歩いていた。もう誰に見られても、気にしなくて良いのかなんて、そんな事をぼんやり考えていた。

「ファンデーション、シャツにちょっと付いちゃったね。」

「ん、気にしなくていい。勲章だから。」

「何それ。」

また、笑ってしまう。

「それよりも、お父さんって怖い?」

「…怖いかも。」

「…覚悟して行きます。」

まだ、二人で乗り越えなければならない事が、沢山ある。両親への挨拶もその一つだろう。

だけど、あなたと一緒なら、怖くない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ