目撃者
仕事が終わって、緑川先輩達と一緒に食事を済ませ、僕はビジネスホテルに帰るところだった。緑川先輩と敷島さんと言う後輩の女の子も一緒に。
スマホを見ると、青木からメッセージが来ている。
「電話しても良いですか?って何の話だろう?仕事かな?」
「青木?黒川が居なくて寂しいんじゃないの?」
緑川先輩が、ニヤニヤ笑いながらそんなことを言う。全く、もう!そういう事言うから、誤解されるんだよ。
「え!あの噂って本当なんですか?」
敷島さんは、キラキラした目で僕を見る。噂って何!?待って!そんな期待に満ちた目で僕を見ないでくれ。
「どんな噂か知らないけど、誤解だから!何もないよ?青木は僕の姉さんの婚約者なんだ。」
「え!そうなんですか?うわぁ!ショックな子多いだろうな〜。」
「まぁ、青木はモテるからね。」
「そっちもですけど、いろいろ想像して楽しんでた人達ですよ。」
えっと、心当たりがあるけれど、出来るだけ考えないようにしてたんだけど…。
「…どんな想像されてたのか、知りたくもないんだけど?」
「まぁ、仲が良いから仕方ないですよね。かく言う自分も、その一人ですけど。」
敷島さん、ぶっちゃけ過ぎじゃないですか?
「…ここに腐女子が…。」
「絵になるんだから、仕方ないですよね。」
敷島さんは悪びれずに言ってのける。そうなの?主に青木の方だと思われるけれども。
青木の結婚の事は、まだ他の子には喋らないでと念押ししたら、彼女は了解ですと胸を叩いて言ってくれた。まぁ、想像で楽しむのは、自由ですよね♪なんていうものだから、曖昧に頷いておいた。実害がなければ、良しとしておこうと自分に言い聞かせる。
他人事の様に緑川先輩が僕を笑うので、悔しくなる。だけど、緑川さんと青木さんも良い感じですよね?と敷島さんに言われた緑川先輩は、固まっていた。ザマァ見ろと内心で思ったけれど、そこはいつものポーカーフェイスでスルーする。
人を指差して笑うからだ。
ホテルの部屋に戻って、荷物を置く。そして僕は青木に電話した。コール音に耳をすますと、すぐに青木は出た。
「何か用か?」
「用と言うか…報告しなきゃって思って…。」
何故だか歯切れの悪い言い方をする青木に、少し不安になる。
「姉さんと上手くいってないの?」
「まさか!らっぶらぶです!」
「ああ、そう…。惚気はいいから、報告って何?」
「あの、僕の勘違いの可能性もあるんですけど…。だけど、もしそうだった場合、居ても立っても居られないって言うか…。」
また、歯切れの悪い言い方をする。そんなに言いにくい事なんだろうか…。また不安になる。
「コラ。ハッキリ言え。」
「今日、白石さんと、赤城さんを見たんですよ。…産婦人科の病院から出て来るところ。」
「…え、本当?」
脳をフル回転して、可能性を考える。ちゃんとしてた筈だけど…。いや、失敗した可能性も、無いとは言えない…。
「緑川先輩には言ったのか?」
「いえ、さすがに言えないです。ただの健診の可能性もあるから、迂闊なことは言えないでしょう?」
だけど、ただの健診なら、二人で行くだろうか…。青木もそう思ったんだろうな…。
「…お前は、緑川先輩と僕なら、僕の方がやらかす可能性があると判断したんだな?」
「…間違ってても、黒川さんの方が怒らないと思って…。だけど黙ってるのも苦しいから…。さすがに緑川先輩は気を付けてるでしょう?立場を考えると。」
「僕も気を付けてるけど?」
「とにかく、黙ってるのが心苦しかっただけなんです。あー、スッキリした!」
お前はそうかも知れないけど、こっちは心配で心の中が渦巻いている。
「…僕はモヤモヤが残ってるんだけど?」
「…自業自得と言う事で。」
ボソリと青木は呟いた。最近、青木は遠慮がない。気を許してくれてる証拠だから、有り難いんだけど…。
「まだ、そうと決まってないだろ?」
ムッとして、そう言ったけど、本当の事が分からないから強くは言えない…。
「とにかく、知らせてくれてありがとう。」
僕はそう言って電話を切った。思わず溜息が漏れる。
結衣が黙っているのに、こっちから電話やメッセージも出来ないし…。違っている場合もあるし…。当たり障りのない文章しか書けない自分に、また溜息が出た。
いつもの様に、お疲れ様と早く会いたいとだけメッセージを送る。彼女からも、同じ様な内容が届いた。いつも通りなのに…。
もし、そうなら、僕はどうする?
もちろん答えは決まっている。
ねぇ、結衣、君はどう思ってる?
不安かな?怖いかな?もし、勇気を出して病院に行ったなら、僕はその不安の分だけ、安心させてあげたいと思った。
「早く会いたい…。」
どうやら、今夜は眠れそうにないみたいだ。