相談とお弁当
「明日、帰って来るんだっけ?黒川さん。」
親友で同僚の赤城莉子が聞いてきた。彼女とは大学時代からの付き合いになるが、縁があるのか今もずっと親友だ。
今はお昼休憩中で、いつもの様に私達はお弁当を広げた。
「うん。緑川さんもでしょ?」
莉子のお弁当はカットされたフルーツとヨーグルトだけだった。料理が趣味の人なのにこんな事は初めてだ。ダイエット中だろうか?
「同じ場所だってね。」
「うん。新製品の展示会らしいね。明日の夕方くらいには帰ってくるんじゃないかな?」
気にしていない風を装うけれど、莉子にはバレバレだろう。
「良かったね。明日はデート?」
「うん。」
「いっぱい甘えておいでよ。」
「うん。」
「寂しかったってちゃんと言いなさいよ。」
「…言えない。恥ずかしくて言えない。」
莉子は呆れた顔をする。相変わらず結衣は意地っ張りだと、溜息をついた。
「私は莉子じゃないもん。可愛い女じゃないもん。」
気分が落ち込んでいく。性格が違うんだからしょうがないじゃないか。横を向いて唇を尖らせた私を、莉子はまじまじと見つめた。
「あら、もしかしてアレの日?」
「うん。そう。」
「何処と無くネガテイブだと思った。」
長い付き合いなので、分かるらしい。
「出来ないのは辛いねぇ。」
何をと言うのは愚問だ。
「そんな気分じゃないもん。」
私は唇を尖らせて莉子に言う。
「違うわ。相手の方よ。」
アッサリ否定する親友は、男目線の発言をする。
「やっぱりがっかりするかなぁ?」
「内心はするんじゃない?優しいから言わないと思うけど。」
「はう。ますます落ち込む。」
私は机に突っ伏した。
「だから、言葉で言うんでしょう?寂しかったとか、好きだとか、愛してるとかさ。言葉に出来ないなら態度で示してあげること!相手が不安になるよ。向こうにばっかり言わせてるんでしょう?」
「その通りです。だって、こっちが言う前に言ってくれるんだもん。」
付き合いだして分かったことだが、彼は結構甘い。スキンシップも好きだし、ちゃんと気持ちを言葉で伝えてくれる。
「向こうの態度に胡座をかいてたら、他の子に取られちゃうわよ。」
親友の助言は手厳しい。分かってる。分かってはいるのだが、素直になるのは難しい。
ただでさえ、職場では付き合ってる事を秘密にしているのだ。この前、風の噂で彼が社内の女の子からアプローチされていると聞いてしまった。
「周りに言っちゃえばいいのに。」
更に莉子は続ける。
余計な面倒ごとは減るだろうが、別れた時のことを考えると気まずい。それで前の職場は辞めたのに。浮気をされて、社内の後輩と付き合っていた元彼を思い出して、さらに嫌な気分になる。もう、終わった事だ。仲直りもしたのに…。やっぱり、生理のせいだな…。
「前のことがあるから気持ちは分かるけど、黒川さんは大丈夫だと思うよ。」
「…分かってる。」
「まぁ、生理が来ただけいいじゃない。」
莉子の言葉にハッとなる。
「来てないの?」
「…うん。」
「それって大事では?調べた?」
「今日、病院行こうかと思ってる。付いて来てくれる?一人だと不安なんだ。」
莉子がこんな事言うなんて…。瞳は揺れていて、不安そうな顔で私を見詰めていた。
「もちろん!」
彼女はホッとした顔をする。
「買い物の予定だったのに…。ごめんね…。」
「そんなの、いつでも行けるでしょ?それより、緑川さんには言った?」
「…まだ。」
莉子の表情が、少し曇る。
「…そっか。」
そう言えばコーヒーをいつも飲んでいるのに、最近飲んでる姿を見ていない。大好きなお酒もやめているのだろうか?フルーツとヨーグルトだけのお弁当を見て自分の事ばかり考えていた事に気付く。莉子はいつでも私の心配をしてくれていたのに…。
いつから悩んでいたのだろう?もっと早く気付いてあげたかった。
「きっと大丈夫だよ!どんな結果になっても。」
私は大丈夫だという気持ちを込めながら、彼女の背中を撫でた。少しでも、安心して欲しくて…。
「…うん。ありがとう。」
どうか、莉子の不安が、消えてなくなります様に…。